統治者
「やあ、噂は聞いている。良い面構えだ」
ウォルフが治める西のマーケットシェルターに、客人があった
その客人は、部屋に迎え入れたウォルフの顔を見るなり、整った顔を喜悦に歪めてそう言った。
「そりゃどうも。北のシェルター総代〝イヴェノヴァ〟さんよ」
客人、北のシェルター総代〝イヴェノヴァ〟は、長い銀髪を手で払い、喜悦の表情を更に深くした。
「ふむ、私がイヴェノヴァだとは言ってなかった筈だが、どこからかな?」
「家の小飼いのバンディットだ」
「フィーリアか。奴も口が軽いな」
くつくつと笑うイヴェノヴァ。元強化骨格兵であった彼女は、今や北のシェルターと、コロニーを全て支配する総代として、君臨している。
彼女が北を統べる武器は、元強化骨格兵としての膂力でも、そこで培った戦闘技術でもない。
「さて、西のマーケットシェルター総代よ。私の縄張りを荒らした不届き者はどこに居る?」
「耳が早いな」
パイプを口の端に噛み、紫煙を燻らせる。
イヴェノヴァ最大の武器、それは情報収集能力。軍属時代からの部下や同僚、退役した後の仲間。
それらを利用し、東西南北各所に存在するシェルターや、コロニーに密偵を紛れ込ませ、シェルター、コロニーの人口、建築物の数に質、水路水源浄水施設の有無、マーケットの品揃えや品数に店数、出入りのバンディットやトレーダー。
果ては道端に転がる石ころの数まで、兎に角徹底的な情報収集を行い、それらを最大限に用いて、イヴェノヴァは北のシェルターとコロニーを、己の支配下に置いた。
「ふん、そろそろ東のコロニーを呑み込もうとしていた矢先、彼奴らがやらかしてくれたからな。腹も煮えるものだよ」
「北に続いて東までもか。強欲だな」
「くくく、欲とは活力だ。欲が無ければ、何も成せんよ」
「然りだな」
欲とは活力であり動力源である。何かを食べようと飲もうと、何かを欲するのも、生きようとするのも、何もかも全て欲があるから出来る。
それが二人の、シェルターに生きる者達の総意だ。
「しかし、欲も過ぎれば毒となる。まあ、教えてやろう」
「へぇ、何をだい?」
「とある東のコロニーの話だ。ああ、とあるトレーダーの弟子が居たコロニーの話だ」
「ほう、気前が良いな」
「なに、サービスだ。気にするな」
イヴェノヴァが紫煙を吐き、切れ長の目を細めてウォルフを見る。和やかな雰囲気を纏ってはいるが、ウォルフは北でも名を聞くバンディットだ。
最近では、バンディットとしては動いておらず、この小さな西のマーケットシェルターの統治者として動いている様だ。
だが、名の通るバンディットと問われれば、必ず名の挙がるバンディットである気配や眼光は期待通りだと、イヴェノヴァは内心で喜んでいた。
「そのコロニーでは、ある実験を行っていた。強化骨格兵と怪物を混ぜ、更に強い兵力を得ようとな」
ウォルフは何も言わず、目を細め葉巻に火を点ける。
それを見た後、イヴェノヴァは続けた。
「より強い兵力を得るという意味では、その実験は成功した」
「というと?」
「くくく、笑い物だぞ? 混ぜる割合によっては精神と肉体が、怪物側にやられるらしくてな。強化骨格兵が怪物となって、結局そのコロニーは滅んだよ」
パイプを片手に、イヴェノヴァはまたくつくつと笑う。
心底愉快で仕方がないと、イヴェノヴァは笑った。
――嗚呼、やっぱりこの男欲しいな――
内心に喜悦を刻んで、その上でウォルフを見た。
油断無く己を見る、ウォルフを得る事が出来れば、西のシェルター支配への足掛かりに出来るだけでなく、支配下の更なる発展に繋がる事が容易に想像出来る。
それだけの器量と実力、人脈がこの男には眠っている。
「で、その滅んだコロニーの生き残りが彼奴か?」
「ああ、そうだ。強化兵にも怪物にも成りきれず、挙げ句の果てには、黒い雨を浴びて更に成り果てた中途半端な存在。それが、厄ネタでな」
「それが、モルンの」
「そうだ。それが奴が唯一認識していた姉妹型の仇だ」
イヴェノヴァは欲に忠実だ。欲しいと思った相手は何としても手に入れる。
だが、例外もある。
「そうだな。サービス。サービスついでのサービスだ。怪物の簡単な殺し方を教えよう」
「ほう、そりゃなんでだ?」
「彼奴を仕留めようと、人を集めているだろう?」
「やはり、耳が早いな」
イヴェノヴァの例外は、単純に利益だ。
ウォルフは、己の手元に置くより、取り引き相手とした方が利益となる。そう判断した。
「さて、奴等は二種類の装甲を持つ生物だ。一つは先天的装甲である〝甲皮〟、二つは後天的装甲の〝外殻〟だ」
「ふむ」
「〝甲皮〟は私達の皮膚の様に、高い柔軟性を持った鋼板だ。〝外殻〟は貴様も知っている通りに、装甲であり武装でもある」
まあ、私達で言う爪か。イヴェノヴァは紫煙を眺め、ウォルフに言った。
「爪ねえ?」
「まあ、爪や皮膚云々は例えだ。あまり気にするな。本題の殺し方だが、〝甲皮〟に罅を入れて焼夷弾で焼けば、簡単に殺せる。奴等、中身の耐久性は人間とそう変わらんからな」
「焼夷弾、ねぇ。そんな上等なもの、このシェルターには無いな」
「良い、良い話だ。この付近には、〝黒い雨〟が貯まった浄水施設があるだろう?」
「〝甲皮〟に傷を付けて、沈めりゃ殺せるか」
「それだけでなく、沈めれば呼吸も止めれるから確実だ」
ウォルフは灰皿に葉巻を押し付け、正面で脚を組むイヴェノヴァを見る。
自分達の内情すらも手の内に収める北の総代、その彼女を信じるなら、この情報を今すぐ伝えるべきだ。
だがその前に、ウォルフには確認しておくべき事がある。
「一つ聞かせろ。イヴェノヴァ、お前何が目的だ? 支配下に置こうとしていたコロニーの一つが潰された程度で、お前が直に動く理由にはならない筈だ」
ウォルフの確認の問いに、イヴェノヴァは両手を一度打ち鳴らし、勢いをつけて両横に広げた。
「なに、言っただろう? サービス、サービスだよ。これから、長いか短いか判らぬが、良いビジネスパートナーとなるだろう相手に対する、心ばかりのサーヴィスだ」
イヴェノヴァがパイプを噛んで笑むと立ち上がり、部屋を後にする。ウォルフは呼び止めず、その背中を見ていた。
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