選ばれるかもしれない貴方へ

Not Any

【表示します】

題名:……………………




前書き:そうだな、あんまり書くことないかな。





本文:…………………………………………………………………………………


沈みかけ、激情の夕日と燃ゆる空。背後から徐々に暗色が迫る。汚染された水流、滲み出る汗に当たる風、自然を香わせる緑の一帯、聞こえる音はそれだけだ。

移りゆく闇の兆候に、奇怪な気配を感じ取る。思考がふらつく。体全体がどよめく。それは恐怖と呼ばれる感情だ。そんな私とは反対に、周りの緑は凛として動じない。迫る闇夜に対する明かりは無い。ここは、あまりにも広大な遺物の、ほんの片隅だ。人間の目は、到底辿り着くことのない太陽さえ視認できるのに、世界を一瞥することは叶わない。空しいことだ。本当に虚しいのは、今までこのことに気づけなかった、己の思考だ。安住に毒された、薄っぺらな頭脳だ。いや、たとえ気づいたとしても、程度の低い頭が考えるのでは、本当の意味には辿りつけなかっただろう。「時間は有限である。」といくら啓蒙されても、結局無駄な時間をすごすのが人間だ。


「無駄」といっても、多種多様、多岐にわたるが、ふと己を振り返った時に出る後悔の念。それも、一種の「無駄」だと思える。

過去は、あまり意味をなさない。少なくとも、単品で影響を及ぼすことは無い。経験も、努力も、「性質」「継続」「実力」のどれかだ。

過去が我々を助けてくれることは無い。それを期待するとしたら、未来の我々くらいだろうか。笑い話だ。限りなくあり得ない。

すでに我々は死んでいるに等しい。情報も言葉も意味が無くなってしまったこの世界に、誰が私たちの存在を証明してくれる?


文字通り、「誰も居ない」。



「…………見飽きたな。」



絶対的な黒は、「有」と「無」の感覚を狂わせる。だから最初こそ希望となった星夜も、今や単なる光の羅列にしか認識できない。見れるだけの一方的な光のみ広がる空に、今更何の価値を抱けばいいというのか。夜にも陽光があれば、この途方の無い寂しさと絶望を超えた虚無感にまみれた身体を、癒やしてくれたのだろうか。

ああ、無駄だ。根拠の無い希望、幻想的な願望を血に染み渡らせるほど愚かなことはないと、あれだけ知ったのに、私は、また過ちを犯そうとしている。


「そう言ってやるなよ。空が可哀想だ。」


横で、見知った男の声が聞こえた。この暗黒な世界では、音のみが存在を肯定する。

悲哀に満ちた声。悲観的な彼も私と同じ、取り残されてしまった被害者だ。


「さっ、そろそろ始めようか。」

「ああ。」


彼が立ち上がった雰囲気を感じ取り、私も妙に重い腰をあげる。

声だけを頼りに、彼の返事に答えた。昏い空気を飲み込み、ゆっくりと吐く。心に溜まったヘドロを、少しだけ吐き出すことができた気がした。すると、自然に身体が熱くなってくる。


「さっき言ったとおりだ。勝てば………」

「分かっている。覚えている。」


俺は急かすように言う。正直、なぜこんなにも気分が高揚しているのかが、俺にも分からない。早く思考停止して、無邪気にスリルを味わいたかったのか、こんな世界とは、早くおさらばしたかったのか。


「じゃあ、最後に聞きたいことがあるんだ。」

「なんだ?」

「君は……………どっちがいいんだい?」


運命の勝負、そこに釘を刺すような彼の一言に、俺は内心憤った。

もしこの二択が被らなければ、「やらなくていい」と誘致し、せっかくの豪華な遊戯を台無しにするつもりなのだろうか。


「それを聞いて、どうするんだ?」

「興味本位さ。」

「おまえはどうなんだ?」


数秒の後、彼は静かに答える。


「断然、勝ちだよ。」


勝敗なんざどうでもいい。ただ、勝負はする。だからこそ、俺は合わせる。


「残念ながら、俺も勝ちだよ。」


彼は、「そっか」と気の抜けた返事をする。

彼の表情は、分からない。


「よし、始めよう。」


その一言を皮切りに、俺の中で渦巻く感情の昂ぶりが、すっかり火照った体に爆発的な緊張感を与える。鳴り止まぬ鼓動が全身に響き渡る。今にも先走りそうな腕を理性で押し込めると、かつてない武者震いが俺を襲う。息が荒い。頭の中まで熱が浸食している。理性はすでに断崖絶壁に立たされている。


「じゃんけん、」


彼から放たれた言葉が、非常に緩やかに感じられた。




「ぽん!」




はて、私は何を出したのだろうか。感覚を頼りに手先を確認する。


その時、やっと気づいた。


「そういや、見えないじゃん。」

「あっ。」


まさに馬鹿だ。自分の腕さえ見えない闇の中、どうやって相手の出した手を見るというのだろう。


「まあ、口頭でいいか。」


気づけば、私の高揚と緊張は嘘のように無くなり、冷静さを取り戻してしまった。

今思うと、なぜあそこまで熱中したのか、不思議だった。


「俺が出したのは、」


彼は、淡々とした口調で話す。


ここで、私はふと、考えてしまった。思い出してしまった。

彼が少し前に放った言葉。「勝ち」がいいと。

それに対する私の言葉は適当だった。口から出任せだ。「勝ち」も「負け」も、当然何も考えてなかった。あの時の私はただのスリルジャンキーだった。


「グーだよ。」


その言葉が、嫌に強く聞こえた。

私は、自分の出した手の形を、もう一度確かめた。

同時に、ある疑問が生じる。それは、寒気となって私を支配する。


私に、勝負する資格はあったのだろうか。


出した手の震えが止まらなくなった。冷や汗が首に垂れて、呼吸が速くなる。異常な量の背徳感が、胸中を締め付ける。意味の無い反芻を繰り返すたび、あるはずのない冷ややかな視線を受け、体がこわばる。あまりの絶望感が、肌につく闇の冷たさを確然と感じ取る。


私は、スリルジャンキーだった。

そして、この勝負を軽視した。彼の願う運命を、いとも容易く嘲った。

救世主でもある盟友の思いを、私は侮辱した。

一時の感情に流され、彼を無視し、勝負を我が物顔で楽しんだ。


そんな非道が、「正義」になるのは

こんな醜悪が、「許容」されるのは


「おーい、どうした?」


彼の呼びかけにも声が出なかった。過去の私を殺そうとするのに精一杯だった。

私の体は硬直した。じゃんけんをした、あのままだ。

私は、見えない自分の手の方向を凝視する。ある考えが、脳裏に浮かぶ。

そして、その決断をするのに時間はかからなかった。


「俺は、チョキだよ。」

「あー、そっかー。君なら「パー」を出すと思ったのにな。」

「え?」


私は唖然とした。素っ頓狂な声は、すぐ闇に紛れる。


「勝ちたかったんでしょ?だからさ、君の性格を読んでみたんだけどね。自信、あったのになぁ。」


胸に鈍い痛みが走る。そこから溢れ出てくる何かが止まらない。

彼の温和な声が脳内で反響する。自然と、涙がこぼれる。


「ねえ、」


彼は残念そうにしていたが、すぐに持ち直し、明るく振る舞う。


「最後に、手を繋ごうよ。」


私の心はぐちゃぐちゃに潰されていた。脳が現実感を失い、胸が持続的な激痛に苛まれ、腕はこれでもかというほど振動していた。息も上手くできず、流したままの涙腺が、私を後悔と懺悔の地獄に叩き落とす。

それでも、なんとしてでも、彼に応えなければならなかった。


「ああ、」


残っていた絞りかすは、それだった。


私はそのままにしていた手の方に力を込め、震えを抑えた。その差し出された手を、そっと彼の方へと差し出す。

彼は、すぐさま応えてくれる。そして、握りしめる。冷たかった掌が、溶けるかのように暖かく感じた。


「ちょっと、痛いよ。」


彼は、きっと笑顔で、そう言った。


「そろそろ、かな。」


私たちは手を離した。それは、別れを意味する。


「悠木!!俺は!!」

「……………。雅也。」


私は張り裂かれる。彼の言葉が、温情に溢れていたことに、ただ感動を覚えるしかできなかった。

彼は、全て、気づいていたのだろうか。

全てを知っていて、尚私を咎めず、叱らず、笑顔で終わろうとしたのか。


憶測に過ぎないことだ。だが、


「ああ……………悠木。」


せめてもの報いとして、あとは私に任せてほしい。




後書き:この作品が、紛れもなく「最後の作品」だよ。


これを読んでくれてる貴方は、今の人生、幸せかな?いや、幸せであってほしい。


万物には「終わり」がある。

多くの「物語」が、無くなった。

延命するには、犠牲が必要だった。


……………………………………


一生、できれば一生のうちに一回、私のことを思い出してくれるだけでいい。「物語の記憶」が、ライターにとって、いや、全ての人にとって、最高の幸せだから。

そうだと、今の私には言えるから。

大丈夫。「過去」は貴方に干渉しない。


お別れだね。


さようなら。私の世界よ。

ごきげんよう。貴方の知る世界へ。


そして最後に……………。








【データに欠落がありました。】


【欠落部分は、…に変換しました。】





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