第56話:空野君のお父様はどんなお仕事?

「ところで空野そらの君」


 急に見音みおんに呼ばれて、広志は彼女のほうを振り向いた。


「空野君のお父様は、どんなお仕事をしてらっしゃるの?」


 突然の質問。


「えっと……会社経営をしてる」


 会社経営という言葉に反応したように、鈴木と佐藤がまたひそひそと話す。


「おお、やっぱり親が社長さんか」

「だからブランドとか詳しいんだな」


 広志の父は数年前にサラリーマンから独立して、インターネット関係のベンチャー企業を立ち上げた。


 またまだ数名の社員で小さな会社だし、広志の家庭も決して裕福というわけではない。


 私立の高校に子供を通わせるのだから父も頑張って稼いでくれてはいるものの、お金持ちという生活ではない。鈴木と佐藤の想像は、まったく的外れだ。


「へぇ〜 ウチと同じね」

「八坂さんのお父さんも、会社経営してるの?」

「ええ、そうよ」

「空野は知らないのか?」


 横から鈴木が呆れたような声を出した。


「えっ? 知らないって何を?」


 すると今度は佐藤が、同じく呆れた口調で口を出す。


「見音様のお父様は、あの有名な八坂電機の社長様だぞ」

「えぇっ!? そうなの?」

「ええ、そうよ」


 八坂電機と言えば、日本でも一、二を争う家電メーカーだ。それは凄い。凄すぎる。まさに見音はホンモノのお嬢様だ。


 そんな大企業の経営者と同じと言われても、全然違う。これはさすがに、ちゃんと正さなきゃいけないと広志は思った。


「いや、八坂さん。ウチは会社って言っても零細だし、八坂さんとは全然違うよ」


「おい、佐藤よ。零細企業とか言ってるぞ」

「なんだ。大したことなさそうだな鈴木」


 横から鈴木と佐藤のぼそぼそ声が聞こえる。ちょっと失礼なヤツらだ。


「謙遜しなくていいわよ、空野君」

「謙遜なんかじゃないよ。父親は会社を立ち上げたばっかりだし、ホントにまだまだ零細企業なんだ」

「でも空野君のおウチはお金持ちなんでしょ?」

「だから違うって。親父はちょっと前までサラリーマンだったし、ごく普通の家庭だよ」

「ああ、じゃあ元々不動産とか資産をたくさんお持ちなのかな?」


(うーん、八坂さんは、どうしても僕の家をお金持ちにしたいようだ。なんで?)


「いや、全然。家も賃貸だし」

「ち、賃貸?」


 見音は目を丸くしてる。家が賃貸って、そんなに驚くことなのかと、広志は逆に驚いた。


「そうだよ。だから普通の家庭だって言ってるでしょ」

「なぜ空野君は、そこまでしてお金持ちだってことを隠すの?」

「いやいや、逆に八坂さんは、なぜそこまでして僕をお金持ちにしたいの?」


 見音は黙って凜の顔を見た。『ホントなの?』と問いかけてるような、懐疑的な目つきだ。


「私はヒロ君と小学校から一緒だし、家にも行ったことがあるけど、ヒロ君の言うことはホントだよ。至って普通のおうち」


 凜が横から助け舟を出してくれた。それを聞いて見音は目を見開いたけど、ようやく納得したような表情を浮かべた。


「そうなの。涼海すずみさんが言うなら信じるわ」


(僕は信用されてないってこと?)


 広志は思わず、あははと苦笑いを浮かべる。見音は少し顔を伏せて、ぼそっと呟いた。


「じゃあ、お金持ちって線はナシね」

「えっ? なに?」

「モテモテの空野君のお父様だから、きっと凄い人なのかと思ったけど、大したことないのね」


 嫌味ったらしく言う見音の言葉に、広志はカチンときた。普段は温厚で、相手の言うことをほとんど否定することなんかない。だけど自分のことならともかく、父親をバカにするような発言はさすがに許せなかった。


「八坂さん。悪いけど、父親のことを悪く言うのはやめてほしい」

「えっ?」


 急に広志が怒った声を出したものだから、見音は動きが固まった。その顔は引きつってる。


(あ、しまった。雰囲気を悪くしちゃったな)


「あ、ごめん。とにかくさ。僕のことをどう言われても気にならないけど、家族とか僕の周りの人を悪く言うのはやめてほしいんだ」

「あ……私の方こそごめんなさい」


 見音はハッと気づいた表情で、思いもよらず素直に謝った。それだけで広志は見音に対する怒りはすっと収まる。彼女も別に悪い人間ではないと思える。


 しかし見音は、なぜこんなに親のことを根掘り葉掘り聞こうとするんだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る