第50話:広志は平凡男子の希望の星
「これで八坂さんとも仲良くなったら、広志は三大美女制覇だな」
そう言って健太はニヤッと笑った。
「いや、制覇ってなんだよ。そんなの有り得ないし」
「あはは、そうだな。さすがにいくらなんでも、それは有り得ないな。でもさ、凜ちゃんに好きって言われて、投票で二票入るだけでも、広志は充分俺たち平凡男子の希望の星だよ」
「希望の星? 何それ?」
健太は再びニヤッと笑った。
「見た目が平凡でも、性格が良ければモテるんだな〜って希望だよ」
確かに健太も見た目は平凡。特に凄い才能があるわけでもない。だけど──
「何言ってるんだ健太。可愛い彼女がいるくせに」
そう。健太には二年生の時から付き合ってる彼女がいる。三年生では別のクラスになってしまって、広志の目の前で二人で手を取り合って悲しんでた、ラブラブな関係だ。
「あ、そうだ広志。
祐美ちゃんというのが健太の彼女。健太は祐美ちゃんの話になると長い。
「あっ、そうだ。食後のコーヒーを買って来よっと」
広志は弁当箱を片付けて、席から立ち上がった。
「あ、俺も行くよーっ」
健太もあたふたと立ち上がって、広志の後をついてくる。廊下に出て階段の踊り場の角で曲がり、踊り場に設置されてる自販機の前に立って、広志は何を買おうかと思案した。
「でさぁ、祐美ちゃんがね……」
後ろについてきた健太が、相変わらず祐美ちゃんの話を続けてる。広志は微糖の缶コーヒーを選んで、ボタンを押した。
「へぇ〜、相変わらず健太達は仲がいいなぁ」
健太の話に適当に相槌を打ちながら、ガッコンと音を立てて出てきた缶コーヒーを取り出した。
「じゃあお先に」
広志が先に教室に戻ろうとすると、健太は「俺もにすぐに買うから待ってくれよー」と、焦って自販機で飲み物を買ってる。
「いやいや、先に教室に戻っとくよ!」
広志は苦笑いしながら歩き出して、踊り場から廊下の角を曲がろうとした。その時、廊下を歩いてきた女の子と、ドンとぶつかった。
「きゃっ!」
「あイテっ!」
ぶつかった相手は態勢を崩して、ふらついた。そして踏ん張ろうと右足を出した時に、「痛いっ!」と叫んだ。
足元を見ると足首をひねったようで、しゃがみこんで右足首を押さえてる。
「大丈夫!?」
広志が焦って声をかけると、その女の子は痛みに歪んだ顔を上げた。
「あっ、八坂さん!?」
なんとまあ、また
「足首が痛い。捻挫したかも」
見音はしゃがみこんだまま整った顔を歪めて、痛そうに声を出した。
「ご、ごめん! ホントにごめん!」
「また、あなたっ? ホントにもう、信じらんない!」
見音は呆れたような声を出したが、表情は相変わらず苦痛に歪んでる。広志は少しかがんで、見音の顔を覗きこんだ。
「いつも不注意でごめん。大丈夫? 立てる?」
周りを見ると、今日は鈴木も佐藤もいない。見音はふらふらしながらも、廊下の壁に手をついて一人で立ち上がろうとする。
「くっ……」
見音は苦痛に顔を歪めて、呻き声を出した。なんとか立ち上がることはできたけど、かなり痛そうな素振りだ。
「だ、大丈夫かっ?」
「痛い……保健室……」
「え?」
「保健室に行かなきゃ」
「あっ、ああ。送って行くよ」
見音は広志の顔をじっと見た。しばらく何か考え込んでるような表情をした後に、彼女は「お願いするわ」と言った。何かまた反発するようなことを言われるかと思ってた広志は、少し意外に感じた。
「どうしたんだ?……あれっ?」
缶コーヒーを手にして歩み寄ってきた健太が、
「いや、ぶつかっちゃってさ……八坂さんが足を痛めたんだ。ちょっと保健室まで送ってくるよ」
「あ、ああそうか」
広志は見音の前に立って、背中を向けた。
「さあ、おぶさって」
「えっ?」
見音の表情がさっと固まった。ぶんぶんと首を横に振る。
「おんぶなんていいわ。ちょっと肩を貸してくれるだけでいいから」
「遠慮しなくていいよ!」
「いや、遠慮してるんじゃなくてね……」
横から健太が呆れ顔で口を出した。
「おいおい広志。お前におんぶされて保健室までなんて、八坂さんも恥ずかしいに決まってるじゃんか。お前が親切で一生懸命なのはわかるけど、そりゃないぜ」
「えっ?」
広志が振り返って見音を見ると、顔を強張らせて固まってる。確かに健太の言うとおりだ。
「なぁ、そうだよな、八坂さん」
「え、ええまあ、そうね」
苦笑いする見音に、健太は目一杯の爽やかな笑顔を向ける。まあ健太も平凡男子なんだけど、精一杯カッコよく見せようとしてるようだ。
「八坂さん。広志はこのとおり不器用でおっちょこちょいだけど、一生懸命なのは確かだから、許してやってくれよ」
健太はセリフと喋り方はイケメンっぽく決めて見せた。
(だいぶカッコよく見せようとがんばってるみたいだけど……健太って八坂さんみたいな整った美人タイプが好みだったっけ?)
「ああ、そうね。わかったわ」
せっかくカッコつけたのに、クールに返されて健太はちょっと悲しげな顔をしてる。友達づきあいの長い広志には、こんな些細なことで健太が凹んでるのがわかるから、おかしくて仕方ない。
「ありがと健太。とにかく保健室に行ってくるよ」
「あ、ああ。行ってらっしゃい」
がっくりと肩を落とす健太を残して、広志は見音に肩を貸して保健室に向かった。
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