第35話:凜と伊田さん、一緒に帰る

 部活が終わって、グランドを出たところで凛が待ってると、着替えを済ませた制服姿の伊田さんが、あたふたとグランドの出入口から出てきた。


「お待たせしてごめんなさい!」


 伊田さんは大きなカバンを肩にかけて、わちゃわちゃした感じで駆け寄ってくる。


 部活の時の華麗なフォームとギャップがありすぎて、凛は思わずぷっと吹き出した。


「ど、どうしたの?」


 凛の目の前まで来た伊田さんは、あせあせした様子で尋ねた。


「いえ。そんなに慌てなくってもいいのに」

「だってぇ。私からお願いしたのに、涼海すずみさんを待たせて悪いなって思ったんだぁー」

「別に大丈夫よ。気にしないで」

「おおっ、涼海すずみさんって、やっぱいい人だー」


(あ、伊田さんこそ、ホントにいい子だ。ヒロ君が言ってたとおりだ。それに、可愛いなぁ)


 にっこりとした伊田さんの笑顔を見て、凛は納得した。


「だって伊田さん。友達なんだから、ちょっと待つくらい当たり前でしょ? だから気にしない気にしない!」

「でも私と涼海さんは、ほとんど喋ったこともないし、友達だなんて……」

「なに言ってるの。同じクラスなんだから、もう友達でしょ。それに前から部活でよく顔を合わせてたし」


 そんな凛の言葉を聞いて、伊田さんはにっこりと笑顔を見せる。


「ありがと! いやぁ、ほんっとに涼海さんっていい人だねっ!」

「そんなことないって」


 あまりに伊田さんが褒めてくれるから、凜は背中がくすぐったくて仕方がない。思わずもじもじと背中を動かす。


「まあとにかく、帰りましょうか」

「うん。そだね!」


 二人並んで下校路を歩き出してしばらくすると、伊田さんが凜の顔を見ながら話しかけてきた。


「あのね、涼海すずみさん」

「凛でいいよ」

「えっ?」

「私も天美あまみちゃんって呼んでいい?」


 伊田さんはちょっと驚いた顔を見せた後、またにっこりと微笑んだ。


「うん、もちろん! もちろんいいよ、凛ちゃん」

「うん、よろしくねっ、天美ちゃん。──で、なにかな?」

「あのね、私凜ちゃんに謝りたいことと、お願いしたいことがあるんだ」

「えっ? 謝りたいこと……と、お願いしたいこと?」

「うん……」


 伊田さんは、ちょっと言い淀んだ。がんばって勇気を振り絞ろうとしてるみたい。凜は、伊田さんが何を言おうとしてるのかをわかってるだけに、思わず心の中で『がんばれー!』と叫んだ。


「あのさ、凜ちゃん。謝りたいのはね……私、空野君のことが好きになっちゃった」


 真っ赤に染まった頬で、凄く照れて言う伊田さんが可愛い。女の子同士だけど、凜は思わずきゅんとしてしまう。


「天美ちゃん。どうして謝るの? 私に謝るようなことじゃないよ」

「えっ? だって凜ちゃんは、空野君のことが好きなんでしょ?」

「うん。好きだよ」

「だったら自分以外の女の子が彼を好きだなんて言ったら、誰だって嫌に思うでしょ?」

「思わない」

「えーっ? なんで?」

「なんでって言われても……」


 伊田さんは口をぽかんと開けて、凜の顔を見てる。真剣に驚いてるみたい。でもホントなんだから仕方がない。


「別にヒロ君は私の独占物じゃないし、誰が好きになっても自由でしょ? それに自分が好きな人が、他の誰かに好きって言われるのって、ちょっと嬉しくない?」

「嬉しい?」

「だって自分が大好きな人が、他の人からも素敵だって認められてるんだから。ましてや天美ちゃんみたいに、可愛くて、カッコよくて、素敵な人に好かれるなんて」

「そ、それ、本気で言ってる?」

「うん、本気っ!」

「す……凄いね、凜ちゃん」

「凄い? 何が?」


 伊田さんは「恐れ入りました!」って言いながら、ぺこんと頭を下げてる。凜にはなんのことかわからない。


「私だったら、好きな人が取られるんじゃないかって不安に思うよ。凜ちゃんは空野君が絶対他の人にはなびかないって、自信があるんだね」


(ああ、そういうことか。天美ちゃんは、そういうふうに思ったんだ)


「いえ、全然自信なんかないよ」

「嘘でしょ?」


 伊田さんは、また口をぽかんと開けて、凜の顔を不思議そうに眺めた。

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