第7話 ユージンという男(2)


 唯はおずおずと口を開き、語り始めた。

 知人に連れられ、この街を訪れたはいいが草原で離れ離れになったこと。希望を持って街まで歩いてきたが知人に会えなかったこと。生きるために金を稼ごうとするがどこも【職業】と【スキル】のせいで落とされ、さらに侮辱されたこと。(大幅に省略し、都合のいいように修正しているが)全てを。


「そうか、それは大変だったね」


 話も終盤に差し掛かる頃、ユージンは震える声を絞りだした。睫毛を伏せ、今にも泣き出しそうな顔をする。

 それを見て、唯は「なんて優しい人なんだろう」と思った。出会った当初は利点もないのになぜ優しくするのかと疑ったが話に一切茶々を入れず、真剣に話を聞いてくれる姿はとても好感が持てる。こんな身元不明な女の戯言に付き合い、泣きそうになる彼はきっといい人に違いない。


「けどね、一つだけ訂正させて欲しい」


 しかし、唯の心はユージンの言葉に粉々に打ち砕かれる。


「天性だよ!! それは最悪なスキルなんかじゃない!」


 拳を突き上げ、ユージンは叫んだ。


「十代で二つのスキル持ち、それも超レアスキル、なおかつ誘惑系!! なんで君のレベルと年齢で習得できたのかは謎だけど君は頂点をとれる!!」


 爛々らんらんと輝く瞳は真っ直ぐ、唯を射抜いた。


「ぜひとも私の娼館で働かないかい?!」


 上手い話には裏がある。その言葉を考えた人物に唯は心からの拍手を送りたい気持ちに駆られた。

 優しいと思ったが裏があった。蓋を開けたら娼婦としてのスカウトだった。悲しくなり唯は両手で顔を覆う。


「私なら君をナンバーワンにできるから!」


 ユージンの懇願を聞きながら唯は長嘆する。


「それは祝福ギフト。君がリタ神に愛された証拠さ!」


 ユージンが熱く語るほど対象的に唯の気分は沈んでいく。地底奥深くまで沈みかけた時、ふとある考えが過った。


(この人、利用できるんじゃない?)


 本当の悪人ならばきっと唯の言葉を待たずに拐って娼婦にするだろう。

 けれど、ユージンは唯の気持ちを尊重してくれた。恐らくだがここで嫌だと言えば潔く身を引く。なんとなくの勘だが。


「君が娼婦という職業に嫌悪感を抱いているのはなんとなく分かるよ。昔の私もそうだった」


 唯の心を知ってか知らずかユージンは先程よりも幾分か声を抑えて囁やいた。


「私の店は別に娼婦だけが働いているわけじゃない。料理人もいるし、給仕人もいる。最初の一ヶ月は君が望む職業で雇おう」


 今、とても魅力的な提案が聞こえた。


「……私の望む?」


 顔を覆う指の間からユージンの顔を覗き、その言葉の先を待つ。


「うん、そうだよ。料理が好きなら料理人。接客が好きなら給仕人でも構わない」

「とても、魅力的ですね」


 あまりにも好待遇ではないか。これはまた裏がありそうだ。指の間から胡乱うろんげな眼差しを向けるとユージンはにっこりと微笑みを浮かべた。


「その代わり」

「その代わり?」

「一ヶ月後は娼婦としてデビューして貰うよ」


 さらりと言われて唯は体を硬直させた。


「一ヶ月後、娼婦、デビュー」


 聞き取れた単語を口に出す。一文字一文字、丁寧に。

 噛み砕き、言葉にして、飲み込むと意味を理解できた。


「どうかな?」

「えっ」

「ああ、うん、ごめんね。急に言われると混乱するよね。君が料理系か接客系のスキルを持っていればずっと頼めるんだけど、持っていないと一ヶ月が限界なんだ」

「……一ヶ月」

「法律で決まっていてね。あ、うちは高級店だから他の店よりかは高待遇だよ! 私が言っても信じられないだろうけど、みんな素直な……素直過ぎるけど、優しいから。お客さんも優しい人が多いから、すぐに慣れるよ」

「……優しい」

「どうかしたのかい?」

「あの、違くて」


 唯は羞恥に頬を染めた。


「私、経験ないです」


 俯くと消え入りそうな声で呟いた。唯の年齢で未経験は珍しくないと知っていても、己の性経験を語ることに羞恥心が消えることはない。

 熱くなった顔から火が吹き出しそうになるのを我慢しつつ、唯は横目でちらりとユージンを見た。この【職業】と【スキル】で処女はおかしいといわれるかも、と。

 けれど、


「ああ、うん。なんとなくだけど分かってたよ」


 とさらりと爽やかに返された。


「雰囲気がうちの子達と正反対だから」

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