スキマのべる

伊月香乃

クレイジーな客

「おい」


 店で片付けをしていると、突然若い男が横柄な態度で話しかけて来た。


「なんだ? 悪いがもう閉店だよ」


「いやオレだよ。約束通り来てやったぞ」


 オレオレ詐欺かよ。それより約束とはなんのことだ。


「あ? 人違いじゃないか? あんたの顔見覚えないがな」


「んなわけあるか! 言われた通り今日来たんじゃねぇか! これで文句ないだろ!」


 なぜかキレられた。


「よく分からないが帰ってくれ。なんのことかも分からないし片付けたいんだ」


「は? 自分から言っておいてそれ? もういいわ」


 ビシャン、と力任せに引き戸を閉めて男は帰っていった。


 本当になんだったのだろう。突然知らない人に激昂するなんて頭でもおかしいのか。自分もかなりの短気だと自覚しているが、あまりに意味が分からなくてキレ返すこともなく呆然としてしまった。


 ◆◇


 その奇妙な出来事はもう一旦忘れることにして、翌日からまた仕事に励んだ。


 そしてさらに翌々日。


「らっしゃい──っ」


 あの男が入ってきた。偶然だろうがあの日と同じ服装で。またおかしなことを言い出すつもりだろうか。少し身構えながらもとりあえず注文を聞く。


「──塩ラーメン1つ」


 男は何事もなかったかのように注文する。なんて神経の図太い。一昨日のように突然怒りださなければいいが。


「お待ちどうさま! はい、塩ラーメン」


「ども」


 男はスマホを弄りながら顔も上げずにボソリと言った。一昨日の様子からして礼を言うようなやつだと思わなかったから少し驚いた。


 店内はそれほど混みあっておらず、ちらちらと男を観察しながら他の客へ対応する。


 男は数分経ってもまだ食べ始めようとしない。スマホゲームか何かをしているようだ。


 ようやく箸を持った。もう麺は伸びてしまっただろう。──と、男はカウンターにある醤油を手に取ってラーメンに入れ始めた。


 まだ一口も食べてないぞ? 醤油ラーメンを頼めば良かったじゃないか……。こういう非常識な客はいないわけではないが、この男には意味の分からないこともされたしイラッとする。


 ズルズルと麺を啜りながらも男はスマホから目を話さない。あれじゃあ味なんか分かるものか。しばらくするとスマホで動画を見始めた。あろうことかイヤホンをするでもなく、周囲に音を響かせる。


 徐々に客も増えてきた。


 男はようやく食べ終わったが、席から動かず画面を見てケラケラ笑っている。店内は満席になり、待っている客もいるというのに。ああ、もう我慢ならない。


「お客さん」


 男の席へ詰め寄る。


「あ? 俺? なんスか」


「すまねぇがお客が待ってるからそろそろ出てもらっても良いかな?」


 気持ち的には何もすまないとは思わないが仮にも客を追い立てるのだから一応謝っておく。


「はあ? なんでそんなことしなきゃいけないんだ。俺は客だぞ? もっと丁重にもてなせよ」


 なんだこいつ……。


 男はその後もしばらく居座った。


 ◆◇


「おい、ジジイ。会計」


 ようやくクレイジーな客がお帰りのようだ。


「──680円です」


「は? 高ぇな。クソ不味かったのによ」


 高い? 不味い? そんなわけがない! あれだけ寛いでおいて何を言う。許せない。


「二度と来るな! おととい来やがれ!」






 一昨日か……めんどくせぇな、と男は呟いた。


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