第13話 「あー、サイコーだったぜ。」

 ★『BEAT-LAND Live alive』


 桐生院華音



「あー、サイコーだったぜ。」


 DANGERのテーブルに戻ってふんぞり返ると。


「やり過ぎなぐらいだったもんね。そりゃあ楽しかったでしょうよ。」


 沙也伽が目を細めて言った。


「何とでも言え。俺は満足だ。」


 足を組んで言うと。


「やだね。無駄に何でも出来る男って。」


 沙也伽と紅美と沙都が『ねー』なんて言いながら。


「大舞台、お疲れ。」


 交互に…ハイタッチして来た。


 …ほんと…大舞台だった。

 誰にも言えねーけど…まだ足が震えてる。

 ジジイ集団なんて言いながらも…Deep Redはやっぱりすごい。

 マノンさんもだけど…

 高原さんの…あのハイトーン。

 声だけ聴いてたら、マジで親父ぐらいの歳って勘違いするぜ…



「あ、SHE'S-HE'S始まるね。」


 ドラムのミツグさんのサポートで叩いてた朝霧さんの休憩も含めて、少し長めのビデオメッセージやゲストで来てるアイドルグループの告知なんかがあって。

 ようやく…今日のトリ、SHE'S-HE'Sの出番だ。


 …俺の師匠としている早乙女さんのステージは、いつも穴が開くほど真面目に観る。

 あの人のプレイが大好きでたまらない。

 たぶんそれは俺だけじゃないはずだ。



 客席の明かりが落ちて…幕に…誰かのシルエット…

 そして、歌声が…


「え…これ、知花姉?」


 紅美が振り返って言った。


 かなり高いキーの、単独アカペラ。


「おふくろの声…だけど…今までと少し違う感じだな…」


 元々、おふくろはスローテンポの曲が苦手だ。

 バラードも、ついでにラヴソングも。


「こんなウィスパーボイス…初めて聴く…」


 沙都が少しウットリした目で聴き惚れてて…

 会場中が緩やかな空気に包まれた…と思った時。


「っ……」


 突然のシャウトと全パートの入った腹に響くような低音に、俺は肩を揺らせた。

 それと同時に…幕が落ちて…


「う…うわー…何…?知花姉…今までと全然…」


 紅美が丸い目をして首を横に振った。

 …紅美が本当に驚いてる時のクセだ。

 その驚いた内容と言うのは…

 …おふくろの髪の毛が。

 真っ黒。


 口紅は普段見る事ないぐらいの深紅で。

 衣装も、少し重い感じのする黒のドレス…



「…新曲?聴いた事ないね。」


 沙都が瞬きを忘れた顔で言う。

 確かに…聴いた事のない曲だし…


「…SHE'S-HE'Sが…全然違う…」


 俺は途方に暮れた。


 早乙女さんと陸兄の弾き方が…今までのそれと全く違う!!

 聖子さんもそうだし…まこさんも…

 朝霧さんはパワーが増してて…

 おふくろは…

 …さらに進化してる。



「…鳥肌が止まんないよ…」


 紅美が自分を抱きしめるみたいにして言った。

 …全くだ…

 会場中が、固唾を飲んで見守っている。

 …新しいSHE'S-HE'Sを…


 ギターソロに入ると少し曲調が変わって。

 今までにないその展開にも面食らってると…

 おふくろが胸元のボタンに手をかけて…


「えっ。」


 一枚、脱ぎ捨てた。


 おおっ!!と歓声が沸いて…おふくろの衣装は黒から白に変わった。


 …あの衣装…

 あの生地…どこかで見たぞ…?



 みんながステージ上に目を奪われている中…


「…ん?」


「え…?」


「……ええっ?」


 不意に客席からステージに上がる二人の後姿…


「………」


 俺と紅美は顔を見合わせて。


「…ばーちゃん!?」


 同時に叫んだ。




 ★『BEAT-LAND Live alive』


 桐生院咲華



「お…おばあちゃま!?」


 あたしと華月は同時に叫んでた。

 聖は無言で立ち上がって…口を開けてステージを見てる。

 か…華音は知ってたの…?って思って探すと…

 やっぱり、口を開けて見てる…


 …みんな知らなかったんだ…



「だから!?だから最近よく出かけてたの!?」


 華月があたしの腕を持って言った。


「そ…そうなのかな…」


 おばあちゃま、瞳さんの隣で…真顔で歌ってる…

 何だか、それを観たら…


「う…ふっ…」


 涙が出てしまった。



 以前、大おばあちゃまに聞いた。

 おばあちゃまは昔シンガーだった…って。

 だけど色んな事情や事故に遭った事で…その記憶も曖昧で。


『出来れば一度だけでも…さくらの歌を聴いてみたいんだけどね…』


 大おばあちゃま…

 歌ってるよ。

 おばあちゃま、歌ってる。



 あたしの隣では、華月も真っ赤な目になってて。


「お姉ちゃん…」


 その続きの言葉は出て来なかったけど…

 あたし達は、ギュッと手を握り合った。


 口を開けたままの聖は…やっとドサリとイスに座ったけど…

 唇を噛みしめて…


「…んだよ、このサプライズはよ…」


 前髪をかきあげて…やっぱり涙目になった。



 …おじいちゃま…大おばあちゃま…

 見える?

 きっと、観に来てるよね?

 おばあちゃま、歌ってるよ?

 母さんの後で…すごく堂々と。


 女性陣の衣装、形は違うけど似たような感じだから…

 おばあちゃまのお手製かな。



 母さんの歌は…すごく…今までよりもすごく…力強くなってて。

 ステージの前に出てる人達もいるけど…

 もう…圧倒されて、呆然って感じに見える。

 アカペラで入ったから、バラードなのかと思ったけど…

 幕が落ちた途端にすごくハードな曲になって。


 本当…

 凄すぎて…みんな、息を飲んじゃってるよ…



「どうしよう…おばあちゃまが歌ってるのも嬉しいけど…母さん…母さんも凄すぎて…涙と鳥肌…止まんない…」


 華月が空いた方の手で何度も涙を拭う。


「うん…あたしも…」


 普段は…おっとりしてて、可愛い母さん。

 だけど今日に懸ける熱意は…今までで見た事ないほどだった。


 自動車学校に通い始めた頃から…いつもより走り込むようになったし…

 あたし達の前ではめったに仕事の話なんてしなかったけど、大部屋で譜面を開いてるお母さんを見るようになったのは…先月末ぐらいからだったかな…。


 …いつも家族の事を第一に考えてくれる母さん。

 あたし…母さんは天才なんだ…って、小さな頃から勝手にそう思ってて…

 だから、何でも出来て当たり前って…


 でも…そんな事、ないよね。

 母さんは、陰ながら努力してたんだよね…?



 二曲目は、オープニングと正反対の…明るい曲。

 それでやっと、みんな息が出来始めたのか…ステージ前に居る人達の動きも柔らかくなった。

 華音が紅美ちゃん達と前の方に向かってるのが見える。



 …もう。

 今日のイベント…

 最高過ぎる!!






 ★『BEAT-LAND Live alive』


 二階堂 麗



「……」


 あたしはステージ上を見て、一度涙を拭った。

 だけど拭いても拭いても…それは出て来てしまって。

 我慢しようとすると、唇が震えて…噛みしめたけどダメだった。



 母さんが…歌ってる。


 昔シンガーだった…って聞いて、だけどあたし達の前では一度も歌った事なんてない母さんが…

 歌ってる。


 自分が歌ってた事、よく覚えてないって言ってた母さん。


 …大丈夫。

 歌えてるよ。



 うちの地下スタジオで、何度もリハを繰り返したSHE'S-HE'Sは…

 音楽素人のあたしが観ても分かる。

 生まれ変わった…って。


 それは、瞳さんと母さんが入ってるからじゃなくて…

 メンバー全員が、あの短期間で自分を捨てさせられたって言うか…

 義兄さんよりサドっ気の強そうな里中さんって男の人のおかげで…

 本当に、新しくなった。



「あ~…もう…グッタリなのに座っていたくない感じ…」


 瑠歌ちゃんがそう言ってうずうずしてる。


「分かる…座っていたくないって言うか…座ってる場合じゃないって感じ?」


 世貴子さんも、ステージを観たまま言った。


「…前、行っちゃう?」


 あたしがそう言うと、二人はパッとあたしを見て。


「行っちゃう!!」


 立ち上がった。



 うずうずしたのはあたし達だけじゃないようで…

 まるで何かに誘われるかのように…ステージ前に出てくるお客さん達。


 …高原さん、どこで観てるんだろ…


 あたしは少しだけ周りを見渡した。

 だけど、こんな大勢の中…見付けられるはずもない。

 それに、さっきまでステージで…あんなカッコいい姿を見せてくれたんだもんね…

 疲れてどこかで寝てたりしたら残念…



 …って、ステージの近くまで来たのに…

 あたしはわざとステージじゃない方向を見てしまう。

 …だって…

 陸さん、いつもよりずっと…ずっとカッコいいんだもん…

 やだな…

 夕べ、あの人と抱き合ったんだよ…なんて考えると、赤くなっちゃう。


 もう、何年も夫婦してるのに。

 あたし、義兄さんの事言えないんだよね。

 口に出さないだけで…

 陸さんの事、好きでたまらないんだもん。



 あたしがうつむいたり周りをチラチラ見たりしてると…


「…言ってもいいかな。うちの夫…なんであんなにカッコいいんだろ…」


 瑠歌ちゃんが、指を組んでウットリした顔で言った。


「あら…奇遇ね。あたしも今、うちの夫は世界一だなあなんて思ってたわ…」


 世貴子さんも…。


「…あたしも…そう思ってた。」


 あたしもそこに参加すると…


「SHE'S-HE'S、最高よね!!」


 瑠歌ちゃんが、あたしと世貴子さんの肩に手を回して。


「さあ!!盛り上がるわよ!!」


 飛び跳ねた。





 ★『BEAT-LAND Live alive』


 相川多香子(BackPack ベース担当)



「…う…嘘でしょ…」


 つい、口に出して言ってしまった。


 F'sの後、涙涙の映像があって…

 もう、お腹いっぱい…って状態の時に会長のDeep Redが…これまた凄いステージで…

 この後のバンド、大変じゃない?なんて噂してたら…



 カッコ良過ぎる。



 ボーカルの美佳は度胆を抜かれて、椅子に座ったまま立てない状態。

 …そりゃあそうだよね…

 いつだったか見かけたオバサンと同一人物と思えない…

 神さんの奥さん。

 この…音域の広さ!!

 何っ!?


「…世界に出てるって…嘘じゃないよね…きっと…」


 誰にも聞こえなくても、つぶやいた。

 しかも、シャウトのたびに鳥肌立つし…



 …ベースが女の人なのも驚き。

 姿勢が良くて、もう…存在感たっぷり。

 先輩達のステージを見て勉強します…なんて言ったものの。

 これ、勉強になんないよ…

 次元が違い過ぎる…!!



 まずはボーカルに度胆を抜かれるバンドなんだけど…

 他のパートの人達も、全員レベルが高過ぎる!!

 スリリングで…ドキドキしっぱなし!!

 あたしらの親世代だよね?

 でも…全然年齢を感じさせない。


 サビになると、後ろで歌ってる二人とボーカルのハーモニーが…


「う…上手過ぎるー!!」


 もう、自分達のステージを思い出せないほど。

 同じステージに立ったなんて、人に言いたくないほど。

 楽しくやって来いって神さんは言ってくれたけど…

 ただ楽しくやっただけの自分が恥ずかしい!!


 …上手くなりたい!!



「ねえ、あたし達、もっともっと練習しようよ!!」


 あたしがテーブルを振り向いて言うと、みんな目がギラギラしてて…


「もちろんよ。こんなステージ見せられて…感化されないバンドマンなんていないわ!!」


 いきなり…麻衣子は強気発言。

 だけどその隣の絢は…


「感化はされるけど…違い過ぎて…頑張るだけじゃ無理な気が…」


 美佳と共に、腰を抜かしてる一人。


「でもさ…あたし達はあたし達の出来る所まで、頑張ってみたっていいんじゃないの?」


 春香がそう言うと、腰を抜かしてる美佳と絢は顔を見合わせて。


「…そうだよね…」


 ゆっくりと立ち上がった。


「…SHE'S-HE'S…ほんと…すごい…」


 あたし達、気が付いたら五人で手を繋いでた。


 あまりにも圧巻のステージを見せ付けられて…怖い。

 怖いけど…嬉しい。

 だって、憧れが生まれた。

 目指したいって思えるバンドが出来た。

 その高みに近付けなくても…

 あたし達はあたし達のできる所まで…って目標が出来た。


「神さんの奥さん、サイコー!!」


 曲が終わってそう叫ぶと。


『…桐生院知花と言います。よろしくね。』


 ボーカルの『桐生院知花』さんは…


 妖艶な目で、あたし達に向かって言ってくれて。


「…惚れたわ…。」


 美佳が…落ちた。




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