入学編第六話 相談

 三人がミリアの父の部屋に着いてから、すでに数分がたっている。

 その間、ラノハとミリアは何も話していない。ミリアの父も何も喋らないので、ミリアの父の部屋は静寂に包まれていた。

 その静寂の中に、ドアの広く音が響き、静寂を切り裂いた。そのドアから入ってきたのは、ある一人の執事であった。

 執事は部屋に入ってくると同時にドアを締めて、ミリアの父に話しかけた。


「おまたせしました。ご主人様。こちら、ウィーンズ商会から取り寄せました、最高級の茶葉を使った紅茶になります」


「ありがとう。下がってくれ」


「はい。では、ごゆっくり」


 ミリアの父が執事にそう告げると、執事は頭を下げて部屋から退出した。

 ミリアの父は執事が持ってきた紅茶を一口飲み、息を吐くとラノハとミリアに対して声をかける。


「……美味いな。流石はウィーンズ商会だ。いい商品を扱っている。二人も飲むといい」


 ラノハとミリアはミリアの父の言う通り、少し戸惑いながらも紅茶を口に含む。

 その味は、今まで飲んできた紅茶よりも一段上の品質の一品であった。

 ラノハとミリアが共に紅茶をテーブルの上に置くと、ミリアの父が口を開いた。


「ウィーンズ商会で思い出したが、あそこの双子の娘さんたちも、今年お前たちと同じ竜機操縦士育成学校に入学を果たしたそうだが……。もう話したか?」


「あ、うん。シルアともシルンとも話したよ。いい友達になれそう。ちゃんと『いつもお世話になってます。ありがとう』って言えたしね」


 ウィーンズ商会とは、スミーナ国内にある商会の中で圧倒的トップに君臨する商会である。品質、品揃え、配送、実績。これらのどれをとってもこのウィーンズ商会に敵う商会はスミーナ国内に存在しない。

 ウィーンズ商会の商品は、食品から機械に至るまで、ありとあらゆる物を販売している。

 契約している職人たちも名人揃いで、国王や宰相ともパイプがある。

 故にこのウィーンズ商会は、創業は聖邪戦争以前なのにも関わらず、今の今まで変わらずトップに君臨し続けているのである。

 そこの現当主の双子の娘が、シルア・ウィーンズとシルン・ウィーンズだというわけだ。


「そうか。それは良かった。私からも感謝していると伝えておいてくれ」


「う、うん。分かった……」


 ミリアの父の部屋が、再び静寂に支配された。

 音が聞こえても、ミリアの父が紅茶を飲む音ぐらいだ。

 この空気に耐えきれなかったミリアは、意を決して自らの父に話しかける。


「お父さん。あのね?ラノハのことなんだけど……」


「……聖装竜機を動かせなかったのか?」


「っ!」


 ミリアの父は、ミリアが言う前にその言葉を言った。

 その事実に、ラノハは驚く。

 なぜなら、ラノハが聖装竜機を動かせないことを知っているのは、その場にいた竜機操縦士育成学校の四期生の生徒達とセフィター、そして学校の教師たちだけのはずなのだ。

 故にラノハは、なぜミリアの父がこのことを知っていったのか分からなかった。


「……なんで、分かったんですか……?俺もこいつも、何も言ってませんよね……?」


「……そうなるだろうとは、思っていた。お前は、復讐に囚われているからな……」


「……それが、なにかいけないんですか……!?」


「……いけない、というわけではない。お前の気持ちもよく分かる。私も、現にその場にいたわけだからな……。だが、復讐心では、聖装竜機は動かせない。なぜなら、ホーリーエネルギーが放出されていないからだ」


「……え?」


 ラノハはミリアの父のこの言葉を聞いて、驚愕した表情を浮かべた。

 スミーナ国人にとって、ホーリーエネルギーの放出はもはや常識となりつつある。

 ホーリーエネルギーがスミーナ国内で発見されてから約八十年、世代の交代が進み、今現在、ホーリーエネルギーが扱える第二世代がスミーナ国の人口の九割を占めている。残りの一割は、エネルギー製造器官が存在しない第一世代と、エネルギー製造器官が規格外の大きさである第三世代である。

 しばらく驚愕で言葉を発することができなくなっていたラノハだったが、ようやくミリアの父に対して口を開く。


「……それは、俺が第一世代だからじゃないですよね……?竜機操縦士育成学校の試験には合格してるんだから……」


「ああ。お前にエネルギー製造器官が存在しないわけではない。竜機操縦士育成学校に入学している時点で、第三世代であることは確定だからな」


「じゃあなんで!」


 ラノハがミリアの父に対して、そう叫ぶ。

 ミリアの父は左手を挙げてラノハを宥め、紅茶を一口飲んだ。

 そして、はぁ、と息を一つ吐いて、ラノハに語りかける。


「ラノハ。お前は、どうやってホーリーエネルギーがエネルギー製造器官で製造され、放出されているか知っているか?」


「……知りません」


「……竜機操縦士育成学校に行く前の学び舎にて学んだことだと思うが……、覚えてないのか?」


「……そもそも、学校にほぼほぼ行ってないんで……」


「はぁ……。ならミリア。分かるよな?」


 ミリアの父はミリアにラノハにした問を問いかけた。

 ミリアは急に話が振られたことに驚きつつも、しっかりとこの問に答える。


「うん。……正義の心、だよね?」


「学び舎ではそう習うが……。正確には、何かを守りたいと思う感情だ。ラノハ、お前にこれがあるか?心の底から守りたいと断言できる大切な人は、いるか?」


 大切な人。そう聞いてラノハが思い浮かべるのは、幼き頃の記憶。

 農業で生計を立てていた家族。そこで働く両親と姉の姿が、ラノハの脳内に鮮明に流れ出す。

 何事にも熱心に取り組んでいた父、そんな父を支えていた優しい母、家族思いで自分を溺愛してくれていた姉、一緒に遊んだ仲のいい友達、優しく接してくれた村の人たち、小さいながらも優しく、温かいところだったエリス村……。

 今、ラノハの脳内で思い出されたものが、ラノハにとっての大切なものたちである。

 だが、ラノハにとってそれは、もうすでに失われたものでしかない。もう、守ることができないものたちだ。

 結論としては、今のラノハは大切なものたちを全て失っており、守りたいもの、守るべきものなど、ありはしなかった。


「……いませんし、ありません。俺はもう、全てを失いました」


「……それが、お前がホーリーエネルギーを生成、放出できない、聖装竜機を動かせない理由だ」


 ラノハはその事実に唖然とした。

 なぜ自分が聖装竜機を動かすことができなかったのか。その理由は理解したのだ。

 しかし、それが分かったところで、一体どうしろというのか、ラノハには分からなかった。

 そんなラノハの様子を見たミリアの父は、少し間を空けてからラノハにこう告げた。


「……すでに失ったものを、取り戻すことはできない。だが、また新しいものをつくることはできる。……これはお前の気持ちの問題だ。私はこの件で、これ以上できることはない。すまない」


「……いえ、話を聞いてくれてありがとうございました。ジークさん」


 ラノハはミリアの父、改めジークに感謝の言葉を述べた。

 ジークは、この感謝の言葉を受け止めた上で、ラノハに提案を持ちかける。


「……代わりと言ってはなんだが、この後稽古をつけてやろうか?」


「……すいません。今日は遠慮させてもらいます。ちょっと、一人で考えたいので……」


「……そうか。分かった」


「……失礼します」


 ラノハはそう言って頭を下げると、おぼつかない足取りでジークの部屋から出ていった。

 そんなラノハを見送った後、ジークがラノハが飲んでいた紅茶を見ると、まだ多くの量の紅茶がカップの中に残っていた。


「……もったいないな。せっかくの最高級の茶葉を使った紅茶だというのに。後でラノハの部屋に運ばせるか……」


 ジークはそう言った後で、自分の分の紅茶を口に含んだ。

 そして、カップを元の位置に戻した後にミリアに話しかけた。


「……ミリア。お前はまだ、ラノハと家族になりたいと思っているか?」


「っ!うん。もちろんだよ」


 ミリアはジークの言葉に少し驚きはしたものの、はっきりとそう返した。

 そんなミリアを見て、ジークはフッ、と笑うとすぐに真剣な顔になり、ミリアに語りかける。


「……ラノハの心は復讐の炎で満ちている。だが、その中に氷があるんだ。炎では、溶かすことができない氷がな。溶かすことができないならどうするか。壊すしかない。……できるか?お前に」


「……やってみせるよ。絶対に。私は、もう決めたから」


「……そうか。なら、やってみせろ」


「……うん!」


 ミリアはジークのその言葉に、満面の笑みで頷いてみせた。

 その笑顔はとても可愛く、親であるジークでさえも、少し見惚れてしまうようなものであった。


「じゃあ、お父さん。また後でね!」


「ああ」


 ミリアはジークの部屋を出て、自分の部屋に戻っていった。

 ミリアが出た後にミリアの紅茶のカップを確認する。

 そのカップの中には、紅茶はもう入っていなかった。

 ジークはそれを確認したら、自分の紅茶を口に含む。

 そして、紅茶のカップから口を離して、それをテーブルの上にカチャリと置いてから、ひとりでに呟いた。


「……先程のミリアの笑顔……あいつにそっくりだったな……」


 ジークは今この場にはいない自らの妻の笑顔を思い浮かべる。

 ジークは、自分が惚れた笑顔と遜色ないミリアの笑顔を思い浮かべ、ひとりでに口を開いた。


「……そうか。子供というのは知らぬ間に、成長しているものなのだな……」


 ジークはこう呟いた後、また紅茶の入った自分のカップを手に取り、残っていた分を全て飲み干した。

 ジークがカップをテーブルの上に置いた時、そのテーブルの上には、すでに空になったカップ二つと、まだ多くの紅茶が入っているカップがあった。

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