第28話 注意事項
夕食は精進料理てんこ盛りだった。
とにかく点数が多い。
○ がんもどきと野菜の煮物
○ 焼き茄子に味噌だれ
○ 冷奴に大豆そぼろあんかけ
○ とろろ汁
○ 野菜各種と納豆の天ぷら
○ 湯葉とこんにゃくと筍の刺身
真司が素材と料理法が分かったのがこれくらいで、まだ他にも何点もある。
もちろん味も悪くない。
精進料理だから鰹節や鶏出汁は使えない筈だが、そこは干し椎茸や昆布だし等でうまく補っているのだろう。
おまけに何かマヨネーズっぽいものまである。
微妙に味が違うような気がするので卵を使わない精進料理用のものだろう。
でも意識しなければわからないレベルだ。
五月が色々材料やレシピを玉川夫人に聞いて、それを玉川夫人が嬉しそうに答えているのが何か仲のいい老人と孫みたいでほほえましい。
ちなみに全部玉川夫人の手作りだそうだが、玉川によると、
「今日料理に使った時間は一時間程度かな。半分以上は作り置きだ。精進料理は保存食由来のものも多いからな」
とのことである。
それでも見た目以上の大食漢のユーエンや大食漢にして肉食教信者の五月も満足したし、それに値する料理だった。
ちなみにこの中で一番小食な真司が満足しているのは言うまでもない。
その後片付けの後女性陣が風呂に入っている間の事である。
真司が割り当てられた部屋でスマホで明日からの話し合いに使えそうな資料を色々検索していた時。
「おーい、いいか」
廊下から玉川の声がした。
「どうぞ」
玉川が入ってくる。
「悪いな、くつろいでいる最中に」
「いいえ。どうせ暇でしたから」
玉川は部屋に置いてあるテレビを付け、それからちゃぶ台の真司の向かいに座る。
「実はな、ひとつお願いと言うか注意事項言いに来た」
『それはユーエン又は五月に聞かせたくない内容ですか』
と真司はあえて聞かない。
このタイミングで来た事と見るつもりもないテレビをつけた事だけで充分だ。
代わりに真司はこう答える。
「出来る事でしたら何なりと」
玉川は口を開く。
「悪いな、俺はこれでも約40年教師やってるから、お前のような不器用で頭のいい奴がここへ来る前どんな事をするか大体わかるんでな」
「どういう事でしょうか」
「例えば持ってきた土産物。
「お寺さんなので酒と肉類は一応止めておきました」
「それだけじゃないだろう」
「ええ、元教え子さんのブログに甘党と書いてありましたので」
玉川は頷く。
「なら当然他の事もきっちり下調べしてあるだろうと俺は思う。だから先回りできるうちに注意事項を言いに来た訳だ」
「何でしょうか」
玉川はにやりと笑う。
「明日、お前はきっと気づく筈だ。既に薄々とは気付いているかもしれない。だが気づいても何も言うな」
あえて何に、という言葉を玉川は口にしない。
「何が何だかわかりませんが」
だから真司はこう答える。
実際には真司は全く分からない訳ではないが、今はまだ肯定すべき時ではない。
玉川が立場的にこっちの味方なのか、実際はまだ不明なのだから。
「そうかな。ただ明日、今の意味が分かったら気づかないふりをしててくれ。誰に対しても」
「それがこっちの目的と合致しないなら、申し訳ありませんがお約束は出来ません」
「正しい判断だ。ならこの場で保証しよう。黙っていた方がうまくいくと俺は確信している」
真司はユーエンの魔眼の事を思い出す。
「僕が何も言わなくてもユーエンが気付くかもしれませんよ」
「それはそれでかまわない。自分で気づいたならどう対応すべきかも分かる筈だ」
「分かりました。もし今の注意事項が何であるか気づいても、その事は言いません」
玉川は納得したというように頷いた。
「それにユーエン嬢に依頼されたのは、親書を渡したり面会の場を設ける手伝いをすることじゃないのかおそらく。交渉そのものは彼女の仕事だ、違うか」
「という事は、明日いらっしゃるのは交渉できる立場の方なんですね」
「それなんだ、問題は」
玉川はそこで言葉を一度切って、再び話し始める。
「お前は確かに頭が回る。今のようにこっちが1のヒント出しただけで即座に10を感づく程にはな。でも多分そのせいで廻りの人間を信じ切れていない。人間を信用していない訳じゃない。他人がやっている事が全てうまくいくと信じ切れないんだ。
だがそれが他人の仕事でも、ちょっとでもうまくやれそうな隙があったらつい手をだしてしまう。その癖ちょっとでもうまくいかないと全部自分のせいにして抱え込んでしまいがちだ、違うか。
だから今回は極力手を出さずに見守ることを覚えろ。自分から見える最短距離以外にも道はある。いろんな人間がそれぞれの方法色々考え努力する。それを感じて信じろ。例えばな」
玉川の今回にやりとした顔はある意味悪そうな顔だ。
「某北大学の生田準教授が心配してたぞ」
やられた、と真司は思う。
生田準教授とは大学3年から4年の頃真司がいた研究室の担当教官だ。
まさかこの場で名前が出るとは思わなかった。
そして玉川が真司の事をそこまで把握済みであるとも。
「……参考までに、どこでどうやればその名前に行きつくのか、御教授願えますか」
「種明かしをすれば簡単だ。雑誌の全文検索をやったら大学合格者発表の欄でお前の名前が出ていた。年齢的に本人だろうと判断して、念のため某北大学で准教授やっている元教え子に聞いた。そうしたら本人が担当教官だったという落ちだな」
世間は真司が想像している以上に狭かったようだ。
「完敗です。白旗上げます」
「まあ人名を探すのはプロの
いずれにせよ完敗だと真司は思う。
「すみません、ユーエンの件、よろしくお願いします」
「大丈夫じゃよ。明日来る奴とユーエン嬢にまかせておけ。それにな、自分の事も心配した方がいいと思うぞ」
「どういう事でしょうか」
今度は真司にも全く心当たりがない。
「お前、女難の相が出とるぞ」
「……って怪しい占い師ですか。五月ともユーエンともそんな関係じゃないですよ」
「あの2人についても言いたいことは色々あるが、他には心当たりは本当に無いか」
「他にも何も無いです。世の中の
「大田南畝か」
「さすが一発で分かりますね」
「その句はここの講習会でもよく使うからな。それはとにかくまあ頑張れ」
玉川老人が立ち上がる。
真司も訳が分からないので質問しようと思ったが、どうもこれまでのようだ。
しかし頑張れという言葉がずいぶんと不吉に聞こえたのは真司の気のせいか。
気のせいであってくれ、と真司は切に思った。
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