第18話 泣いているのは私じゃない
先に目を逸らしたのは真司だった。
「自分がいやな奴だったことを思い出した」
五月は話の展開が読めない。
「さっきのユーエンとの会話、変だったろ。何か芝居じみてる感じしなかった」
五月は頷く。確かに何か変だった。
台本があってそれに沿って真司とユーエンが下手な演技をしていたような感じ。
「さっきの会話、あれは表面的な言葉と暗黙下の了解とに塗れた素直じゃない会話だったわけだ。さっきまでのは昔の僕、言葉を武器に自分のしたいように物事を捻じ曲げる嫌な奴だ。久しぶりに思い出した。自分がそういう奴だって」
今度は本音らしい。五月はそう感じる。
「それは真司じゃなくてユーエンが嫌な奴だった、ってことじゃ」
「ユーエンの立場では仕方ない。それにあいつは嫌な奴じゃない。むしろ多分ナイーブな奴だ」
そう言って真司は説明が足りないことに気づいたようだ。
「さっきの会話はユーエンにとっては交渉と言うよりむしろ状況の
だから会話が芝居臭いのは仕方ない。相手応えられることを分かったうえでの質問と、相手が理解できると分かったうえでの説明。お互い想定済みの問答集を読んでいるだけだ。面倒くさくて嫌らしいことこの上ない」
「でもそれのどこがナイーブなの」
「今のは僕が嫌な奴であるという説明。ナイーブな理由はそんな中でユーエンが言わなくてもいいことをいくつか言っている事だ。自分の能力の説明なんてそうだし最後の結果がどうなろうともという説明もそう。あれはユーエンの立場だけなら言わなくてもいい事だ」
「何で」
「多分魔眼のせいで何かトラウマ持っているんだろ。その癖いざという時の責任は自分にあるし全ては自分のせいだから気にするな。断っても構わない。自分の能力の範囲は結界の範囲内だけだから本気で断って逃げる時も結界から出れば心配ない。逃げて結果がどうなろうとそれは僕の
「それを全部見抜いて、そうやって恩を着せて取り込もうとしているんじゃ……」
「それはない。あの会話の中でも肝心なところでいくつか奴は
真司はそう言って立ち止まる。
深呼吸をしているのが五月には解る。
更に真司は瞬きをゆっくり何回か繰り返して、それから口を開いた。
「昔、まだ大学生だった頃、僕が言葉を弄んだせいで一人の人生を狂わせてしまったことがあった。僕は騙していたんだけど、実際それなりに成果もついてきて本人もその気になっていた。全てうまくいくと思っていたんだ。
僕は何も分かっていなかった。出来るように思えたことが周りを期待させ色々なハードルをあげていたんだ。結果彼女は無理をして苦しんで結果人生を狂わせた。それは全てわかった気になって言葉を弄んでいたその実何も知らなかった僕の罪。
言葉を弄ぶのはやめると誓ったはずだった。そんな自分を捨てた筈だった。誰とも話さなかくなった。話すとまた昔の癖が出るから。
それなのにこのザマだ。メイを話の流れを調節するのに使ったりユーエンが魔眼にトラウマを持っていることを利用して試したり。気が付くと一番嫌な自分に戻っている。何年たっても本質なんぞ全く変わりゃあしない」
五月は目を瞑る。自分のこぶしをぎゅっと握る。
ちょっと間があって、そして。
五月が何かを決意したように小さく頷き、ちょっと視線を落として、口を開く。
「私を利用するのは構わない」
真司が五月の方を見る。
「さっきのように存在を利用しても、何なら私の一生分の貯金を使っても、何なら体を使っても襲ってくれても構わない」
真司は何かに気づく。何か言おうとする。
でも今の五月の出している雰囲気がそれを許さない。
「私が中学一年の冬、家族が死んだ。自動車で旅行中、高速道路で大型トラックに後ろから追突されて。父も母もお姉ちゃんもみんな死んだ。私だけ体が小さいから隙間にうまく入って無事だった」
淡々と五月は続ける。
極力感情を殺して機械的な抑揚のない口調で。
ただ右手をぎゅっと真っ白になる位握りしめながら。
「一生働かなくてもいいだけの保険金が入った。にわか親戚が湧いた。嫌な言葉を巻き散らかし嫌な行動を見せつけた。人間の嫌な行動嫌な言動が心底嫌いになった。弁護士が何とか排除してくれてほっとしたのは憶えている。
学校は行きたくなかった。知った顔して色々聞いてくる奴が嫌だった。親切なふりして無責任な台詞吐いて自己満足する馬鹿が嫌だった。仲がいい友達がいつ死ぬかと思うと怖かった。学校に行けなくなった。私を見る周りの目が怖くて部屋から出れなくなった。お金だけはあるから生活だけは出来た」
小さな声で口調だけはあくまで淡々と五月は続ける。
「暇だからネットを徘徊した。暇だからオンラインゲームを始めた。最初のゲームは本名でアバター作って失敗した。ネットナンパが煩かった。しつこかった。嫌な奴の嫌な言動だった。そのアバターはすぐ捨てた。
次のアバターは男で作った。でもすぐに女とばれてナンパが煩くなった。下手に外見と設定を変えても口調や行動で性別が分かるらしい。そのアバターも捨てた。
3つめのアバター。これは典型的やキャラクターで典型的な行動パターンのキャラにした。
ゲーム上でも流血する死体を見るのが嫌だから燃えて残骸が残らない火炎放射器を使っていた。火炎放射器が似合う典型的な危ないキャラクターでアバターを作った。言動も極力それに合わせた。言動一致の一見してヤバい奴。仲間になろうとする奴は誰もいなかった。独りでいられた。それなのに」
五月はそこで小さく息をついた。
そして淡々と小さな声で続ける。
「それなのに何故か仲良くしようとする変な奴が現れた。目の前で死体を見るのが嫌で助けただけなのに。何故か会うごとに挨拶してくる馬鹿がいた。奴はこっちのプライバシーに踏み込んでは来なかった。その癖こっちが欲しい時に何となく嬉しい台詞をくれる奴だった。気が付くとゲーム内では一緒にいるのが当たり前になった。いない状態を想定できなくなった。
今でも思い出せる。事故直後はまだ家族もみんな生きていた。でも救助が終わる前にみんな死んだ。私はもう誰も目の前で失いたくはない。だから独りでいたつもりだった。なのに!」
五月はシンジの方を向く。
「私は奴をを許さない。孤独を奪った奴を許さない。言葉のうまさを許さない。言葉に本心がこもっていたと思うから許さない。いい奴だと今も本気で思っているから許さない。
言葉を弄んだのが罪ならば徹底して奴を罰してやる。最大限の感謝を込めて罰してやる。全身全霊私の全てをかけて罰してやる。
私は奴に幸あれと呪ってやる。心配だと思えばつきまとってやる。自分を楯にしてでも守ってみせる。奴に倒れるなんて安息は許さない。だから……」
そう言って、五月は不意に顔を赤らめる。
「ごめん、自分の言っている事が良くわからなくなった」
一気に雰囲気が変わる。
五月がスマホを取り出した。何か打ち込んでいる。
真司のスマホにメッセージが入る。
『むしゃくしゃしてやった。今は反省している』
なんだそりゃと真司は思わず思い、つい思い付きでスタンプを送る。
牛がかみかみしているスタンプを。
『それは
律儀にも五月からちゃんと返事が来る。
ならば、
『ぬるぽ』
『ガッ』
メッセージだけではない。
クマがウサギを叩きつけるスタンプも返信されてきた。
古いネタだが、少しは平常運転に近づけたようだ。
それでも会話を交わせる状態までは回復していない真っ赤になったままの五月に、真司は心の中でそっと頭を下げる。
ありがとう、メイ。
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