番外話② 古泉一樹の望月
正直に言おう。俺は超能力者というものにずっと、憧れていた。
いや、だってそれはそうだろう? 背を比べ合うことだって楽しみだった子供の頃も、俺にもあるんだ。そうするとちょっと足が速いだけで幼心には凄く感じたってのに、そんな通常能力を超えてる力なんてものはとんでもなく魅力的に映るに違いなかった。
それになにせ、俺の好きな漫画にもアニメにも大概は超能力的な何かを用いる少年少女ばかりが活躍しているんだ。ガキの時分はそいつらの真似して変な印を結んでみたり、傘を使ってポーズ決めてみたり、今思えば小っ恥ずかしいことすらしていたな。
だがまあ、どこ触れればいいのかも分からんくらいに小さな妹が生まれて、それに色々と構って行く内になんでか気づいちまったんだ。ああ、俺にはああはなれないな、と。
別に、比べ合いに飽きたって訳じゃない。ためしに色々な小説を漁ってみたが、当たりはジュブナイルに多かったし、何だかんだヒーローが勝つのは爽快だと思う。
だからただ、俺がそれよりも大切なものに気づいちまったって、それだけなんだ。まあ喧嘩とか、妹に見せられるわけがない。それに、たとえば力を得るためになにかを犠牲にするなんてテンプレをしてみろ、両親も泣く。
ま、そんなだけの力なんていらないわな。それに、俺が俺のために戦う、ってのはまあキャラ的にも違うとも思う。フォロー役とかも面白いかもしれないと妄想したこともあったが、結局それくらいでしかない。
だから超能力云々にはガキの夢だとあかんべえしてそっぽを向いて現実に生きる俺である。
だがしかし、中学の頃くらいまではあったらいいな、くらいに本当のところは思えていた。
それを思えばまあ、手から火を出すでもテレポテーションでも見せられたら、流石に今の俺も目を輝かせるに違いない。何しろ今回は対話だけで終わった長門と朝比奈さん【大】のときとは違って証拠を見せてくれるというのだ。
先日に毛量オーダーミスしていそうな人外少女と脳みそ設計ミスしてしそうな谷口との手によって味わった恐怖体験よりは、よっぽど楽しいだろう。
ヤロウの前で目を輝かせるのも何だが、きっと俺はこの笑顔をベースにして生まれてきたんじゃないかって伊達男の前で初めて嬉しそうにしてるんじゃないだろうか。
俺は、タクシーという狭っ苦しいの中にエンドレスで流される、古泉の般若心経地味た好む人間にはありがたいのだろう言葉の殆どを聞き流しながら、思わず呟いた。
「超能力、か……」
「おや、先程からどうも気が漫ろであるようにお見受けしましたが、実はこの日を楽しみにしていらっしゃったのでしょうか。それは、光栄ですね」
「いや、何も楽しみって訳じゃなかったが……まあ、お前と二人でするオセロよりは次の手が気になるには違いないか」
「素直じゃありませんね。ですが、それで丁度いいかもしれません」
「……どういうことだ?」
俺は、古泉の言に内心首を傾げる。期待感を隠すくらいでちょうどいい具合というのはどういうことだ。そりゃ、隠せる期待で助かったってことだろうか。
つまり、と思った途端になんと古泉がこっちに寄ってきた。
ええい、顔を近づけるな鬱陶しい。俺がそんな言葉の前に嫌気を面に出したところ、この賢しい男は俺のプライベートスペースまで熟知していたのか思わず殴りたくなる距離の僅か手前で口を動かして。
「いえ、スペクタクル、と言うには足りないショーを、期待に胸膨らませる子供にお見せするのは流石に心苦しいものですからね」
運転手には決して届かないだろう声量にて、そんなことを口にしたのだった。
明らかに古泉の言うところの超能力の組織、機関の人間なのだろうロマンスグレーが眩しい運転手の咳払いにより、古泉は座席に深く座り直す。
そして、先の言葉と困惑を隠しきれない俺を無視して、整った面に意味深な笑みのまま会話を続けるのだった。
「さて、仕切り直しますが、あなたは人間原理という言葉をご存知ですか?」
「そんなのご存知では……いや、知っているな」
「おや? それは失礼ですが、意外ですね。僭越ながら、どんなところで見聞きしたのでしょうか」
「いや……それは確か、佐々木が先日ハルヒと初めて会った時に会話の流れで口にしていたな。確か、妖怪と青空の意味は人間原理で説明したほうが面白みがあるとかなんとか」
「あの方が、ですか……しかしどうにもそんな結論に逢着した話の流れというのも気になるところですね」
「なんでもない、ただの会話だったがなぁ……」
古泉が何故か佐々木、引いてはあいつとした会話内容に興味を示したが、そんなの普段の何時も……いいや、以前やっていた馬鹿話の延長でしかなかったが。
故に、枝葉末節なんて思い出せもしないし、結局あいつが言いたかったことなんて俺とハルヒの関係を囃し立てる意味でしかなかったのがまた忌々しくて、思い出したくもない。
だから知らんと一言。それで何とも言えない表情をする古泉に、そういえばこいつに佐々木のことを話しただろうかと考え、まあどうでもいいかと思い直す。この前佐々木が元気にしているところを見たばかりで、心配するのも疑うのも面倒だ。
知らぬ存ぜぬを貫く俺に、またにこりと何時もを取り戻してから、古泉は話を戻す。
「まあ、ご存知であるなら、話が早くて助かりますね。宇宙が観測によって存在するという意味合いの思索的な理論ですが……ふむ」
「なんだ」
「いえ、一つ意地の悪い質問を思いつきましてね。……あなたは、空ときいて夜空を想像しますか? それとも昼空を?」
「空だ?」
そして、古泉が澄ました顔で投げつけたのは唐突な問いだ。空、か。いや多分先の青空からの連想なのだろうが、意地が悪いという一言がどうにも気味が悪いな。
まあ、素直に返すとしたら、これか。
「こんな暗くなってからする質問じゃないな。現実に引っ張られたか知らんが、俺は普通にお月さんがまん丸展開した夜空を想像したぞ」
「ふふ。そうですね。どちらでもない、それこそ黄昏時でもなければ見上げれば認められるその印象に引っ張られてしまうのは道理ですが……しかし月、ですか」
「なんか問題でもあるのか? おいこりゃあフロイトだかなんだかみたいにスケベな方面にこじつけた診断だったりすんのか?」
「いえ、もっと簡単です。これは、ただの好みに関する質問なのです」
「はぁ?」
言い、古泉はこれから超能力を発するらしいのに、何とも気の抜けた表情を見せた。何を言ってるのか、と思い俺はついこんなことを返す。
「なんだ、恋愛診断だったりしたのか?」
「そのようなものです」
おもむろに俺に向けられる、細まった目。イケメンの意味深な言葉と微笑みに、うぇ、と隠さず正直に反応する俺だった。
「はぁ」
さてそんな気持ちの悪い診断を同性相手にぶち込んできた、何が謎なのか恐ろしくなってきた謎の転校生であるところの古泉一樹であるが、タクシーの中で更に続いたこいつの言。
仮説ですが、の前置きから続いたこいつの涼宮ハルヒ研究論、のようなものを俺は長々と聞かされた。ハルヒが自覚のない神だの、俺のせいでSOS団が出来て宇宙人未来人超能力者の三勢力の緊張状態が生まれただの、何だの。
正直なところ眉唾で、真面目に聞くのも面倒なそれに対する感想、というか興味を惹かれる点は一つだけである。
俺は、したり顔の古泉に向けて言った。
「お前はハルヒが神だの願望を実現できるとか言うが……まあそんな戯言は横に置くとしよう。で、だ」
「ふむ。僕としてはそろそろ理解していただきたいですが、なんでしょう?」
「今、ハルヒの精神が荒れている、っていうのはマジか?」
そう、そこが俺には気にかかるところである。俺の後ろの席でよく新作の観天望気をニコニコしながら諳んじてくれる、どれだけ能天気なのだろうハルヒが以前と比べて荒れている、と古泉は言ったのだ。
アレで腹に何か抱えているなんて、ちょっと信じられない話だ。まあ、中学以前がこれより更にぽやぽやしていたのであるならば、理解できないこともないが。
だが、そうだとしたら、今度は谷口の苦労が偲ばれることとなる。あんなに抜けてるやつが、更にふわふわしてたら、そりゃ子守もキツかっただろう。
俺が、そんな想像と今のハルヒの精神状態に関する一匙分の心配をしながら真面目な顔をしていると、古泉はこれまでになく笑みを深めて。
「なるほど、そこを気にされましたか。そうですね……では論より証拠、と行きましょうか」
まるで指し示したかのように、止まる車。次いで雑踏の元に開かれたドアに、俺を招くのだった。
そして、それからは驚きの連続だった。
いや、これは異世界人ホラーショーに、宇宙人マジックショーの後でなかったとしたら、俺は口を開けたまましばらく動けなくなっていたかもしれない。
まあ、それくらいにはハルヒの不機嫌が創っているらしい閉鎖空間、そしてその中で活躍している青いヒトガタの宇宙のような神人とやら、そしてそれと対決している光と化すことが可能な超能力者に度肝を抜かれていた。
そして、この閉鎖空間とやらは古泉曰く。
「これが、ハルヒの倦み、か」
「その言い方は、あまり好きではありませんが……まあ、僕らは治療薬といったところです」
「……想像と違ったな」
閉鎖空間と聞いたが、ハルヒ関連と続けられたためもっと俺は、ぴかぴか頭悪そうななんか変な場所を想像していた。
だが現実は、灰色。そして暗い。まるでこんな空間があのハルヒの心象とは思えない。全くこれっぽっちも似合わないもんだがなあと俺は思う。
そのまま黙って俺は、この半径一キロメートルらしい現実から離れた膜の中にて、緩慢な巨人と赤く戦う古泉の仲間を見つめる。
戦局は、明らかに優勢だ。どう考えても、あの神人の巨体ではちょこまか動き回る超能力者たちを捉えることなんて出来ず、またノロノロとした動きはそもそも彼らを敵としていない様子だ。
このままでも、機関の戦士達が勝つには違いない。しかし、と俺は思う。笑みも浮かべずに、隣で灰色を見上げる古泉に、俺は水を向けた。
「どうした古泉、お前は参戦しないのか? 俺はまだお前の超能力って奴を全部見せてもらってはいないぞ?」
「僕に出来ることは、この空間を理解して入ること、そして彼らのように赤い光に成って戦うこと、それだけですよ。なら、あなたは殆ど全てを目撃したということになります」
ふむ。なるほどそれは確かにそうかもしれない。こうして黙っていても、超能力を見せるというこいつの約束は守られているのだろう。
だが、何か変だと俺は思う。それは。何となく、よく見た漫画とこいつの性格を見るに、勝手に想像していた流れ。それを俺は言葉にする。
「心配にならないか? 急に、あの神人とやらがパワーアップしたりする可能性とか……は、ハルヒの性格上なさそうだが、そうでなくても、あの人らは戦ってるんだろ?」
「まあ、そうですね」
「そして、知り合いなんだろ?」
「はい」
「なら、俺のことを気にせず、助けに行った方が良いんじゃないか?」
そう。俺は古泉一樹という奴が良いやつであることを、何だかんだ理解している。
この自分の面倒を嫌うことなんてなく、また普通に人を思いやることも出来る性質を思えば、俺が問うずっと前に、こいつも赤い光になって参戦して神人を射抜く仲間になっていても不思議じゃない。
そもそも、閉鎖空間ってのは放っておいたらヤバいらしいしな。だがしかし、こいつは平気な様子で俺の隣に並んでいる。
そのことがどうしても、気になった。
「はぁ」
はじめて、そいつは俺を驚いたように見る。そして、【古泉一樹】は、一つため息を吐いた。
「ダメですね。あなた達といると、本音を口から出したくなる」
まあだから、今日この時この場所を選んだのですが、と微笑んで。
「これから続けるのは、仮説ではありませんからね?」
そう言い、この場に【俺以外の誰からも見えない聞こえない】ことを良いことに、はじめてこいつはそれらしく笑んだのだった。
「彼らは、安全ですよ」
遠く、戦う仲間を観ながら、古泉ははっきりとそう言った。俺がどうしてか問う前に、半ばまくしたてるように指を立てて説明は続く。
「実は神人の動作の程度、そして閉鎖空間の広がり方すらおおよそ限られていましてね。我々が簡単な計算で弾き出せるくらいには、パターン化されているのです」
パターン、よく似る言葉にアルゴリズムもあるか。それらは、規定のようなものであり、感情とは程遠いものである筈だ。
しかし、ハルヒの倦み、いいや憂みにはリズムのようなパターンがあるのだと古泉は語る。そして何を思ったのだろう、これ以上ないくらいの曇り空を見上げて、続けた。
「まるで、これ以上はやりすぎないと、線で決められているかのようにね」
それは理性だろうか、いやしかし。悩む俺に、古泉は問う。
「あなたは、感情の振れ幅を、それも自分から漏れ出す部分をきっかり同等にすることなんて、可能だと思いますか?」
「出来ないだろうな」
「その通りです。一流運動選手どころか感情のプロですら困難なことを、涼宮さんが知らずに行えているとは、考えにくいところがあります」
等分。心は二つに区切れるものではないだろう。いや、神様のような心なら、或いはどうなのだろうか。
だが、その神様は涼宮ハルヒだ。あの天真爛漫が、そんな計算が出来るとは確かに思えない。これには、問わずにはいられない。
「……どういうことだ?」
「簡単ですよ。僕個人の見解ですが、前提が間違っているのでしょう。彼女が抱えた怒りをいたずらに発散しているのではなく、同程度澱が溜まる度に余計な部分を切り離しているのだ、と考えると、腑に落ちる部分が多々あるのですよ」
なるほど、世界崩壊レベルに全部爆発させるんじゃなくて、苛立ちをダムの放流みたいに少しずつ流していくってわけか。理性的でいいな。
しかし、それだとおかしいぞ。そんな繊細な感情コントロールなんて、手元を見もせずにあの雑な涼宮ハルヒが出来るとは思えない。
もしかしたら、意識しているのではないだろうか。何しろ、あいつは超能力者の存在をそしてそれが古泉であることを長門経由で知っている。もしそれを本気にしていたならば、感知していても不思議はないだろう。
「……ひょっとしたらあいつ、全部分かってやってるんじゃないか? 意外と常識的な涼宮のことだ。迷惑の程度を弁えてお前らに配慮している、とか考えると俺には腑に落ちたりするぞ」
「それはあまり考えたくない、事態ですね……」
もし涼宮さんが全てを知っているとしたら、前提が全て覆ってしまいます、と古泉はようやく何時もの微笑みを見せた。
どすんと、遠く神人が膝をつく。戦いの終わりは、ほど近いのだろう。
「果たして閉鎖空間のルーチンはこの世界を愛する涼宮さんのやりすぎたくないという無意識から来ているのか……あなたのおっしゃる通りに意識的なものによるのか。どちらにせよ、彼女は、酷く優しいのでしょう」
言い切り、古泉は空を見上げた。そこには果たして、何もない。が、この灰色の空の向こうには確かに存在するのだ。
俺が選んだ満月が。
「それはそこにあればとても美しいと感じられるものですし、なにより目に優しくて幾らだって見ていられる」
僕も、好きですよと古泉はこぼす。
「けれども、やはり、月は太陽とは違うのですよ」
それはそうだろう。そう思う俺を置いてきぼりにして、語りは続く。
「我々には見上げるべき太陽が、月に変わってしまったような、そんな不自然な感が拭えないのです」
それは驚天動地、どころじゃないなと俺も苦笑い。けれども、どうしてだか古泉は今回笑わなかった。笑えないようである。
「以上のことを含めて所感を持って結論付けるのならば。……恐らく、彼女にとって我々超能力者なんて、本当はこの世に必要ないのでしょう」
ならば、我々を必要とした神とは誰なのでしょうかね、あの彼女はどこに行ったのでしょう、と無音でぱりんと割れた空のもと満月の陽光を浴びながら、古泉は独り言のように呟くのだった。
青く寒々とした月光は、少年を冷たく照らしている。
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