第十五話 願いはアンビバレンツ



 私の中にある力って、きっとスパゲッティコードのように複雑に入り固まったものだと思うの。

 きっかけがなかったので今までまるっと引き上げることはなかったのだけれど、さあやろうとしたら、世界が変わるくらいのレベルの力って中々引き出せない感じがするのよね。

 大部分が未知、というより神経が通りきっていないような。何かしらね。規制でも入っているのかしら。それとも、私が【あたし】じゃないから全力は出せないってこと?

 だとしたら、困ったわね。きっかけは不明だけれどそれが起こる時期。これから、私にとってきっとスペクタクルな大イベントが待っているというのに、主催できなくなっちゃうじゃない。思わず、私は唸ったわ。


「うーん、うーん」

「涼宮さん、どうかされました?」

「頭痛だったら、常備薬を持ってるぞ」

「キョン、お前も学校にまで持って来てるのか。……着々と涼宮のお守りらしくなって来たな」

「うーん、何よ私は頭の病原菌か何かなのー?」


 谷口ったら何だか失礼なことを言ってるけれど、まあそれも仕方ないことかもね。両のこめかみを押さえつけながら、騒いでいるのって、どうにも頭痛じゃなければ子供か電波さんチックだもの。

 それでも、私は頭の中で力の尻尾を追っかけるのを続けることで思わず力んで、言葉を漏らしてしまうのよ。右へ左へ暴れる力を御しきれず、掴まえきれずに。


「うむむ……」

「……悩みごとであるとするのならば、是非とも涼宮さんの助けになりたいところですが……いえ、これは僕だけではなく団員の総意ではないでしょうか。実際に皆さん、活動どころではなさそうで」

「それはもう、涼宮が悩んでる、っていうのは格別に気になるものだからな。……まあ次にどんな突飛が始まるのか不安っていう意味だが」

「同感だ。……にしても、こんなに分かり易く困っている涼宮は長い付き合いになるが初めて見たな。なんだ、黙ってイベント企画でもしてるのか? つれねえヤツだな」

「企画というか、創設というか何というか、って感じねー。まあイベントごとで悩んでいるのは間違いないかな。でも、今回ばかりは皆の手を借りるっていう訳にもいかないのよね」


 皆が各々の楽しみを止めて私に注視してくれるのはありがたいわ。有希もちらりと私を見つめてる。だけれど、こればっかりは他の人の手を借りるわけにもいかないし、そもそも邪な思いから出た身勝手で世界を振り回そうとしているばかりだし。

 こんなのもし叶わなくったって仕方ないとも思うのよね。だからちょっと自罰的にも私はただうむむと繰り返し続けるの。


「えっと。それってどういうことですか? ひょっとしたら、サプライズ企画だったりします?」

「そうね。私としては皆をうんとびっくりさせてあげたいところだけれど、中々難しそうかも。そもそも、私に出来るのかしらねー」

「涼宮さんに出来ないことならば、それは人の手に余るということでしょう。さしつかえなければ、挑まんとしている大業についての詳細を教えて頂けませんか?」


 小さな手を可愛い顔に持って行って疑問に首捻るみくるちゃんに私が照れる間合いの外から赤面ものの笑顔で気遣ってくれる古泉くん。

 大業、とまで言われちゃって、何だかどんどんと本当のことを言い難くなってきちゃったわ。私としては、小さな憧れを形にしたいっていうそれだけなのにね。

 答えを出来るだけ曖昧にしたくて、私は偶々目に入った黒白にたとえを持って行ったわ。


「そうね……たとえるなら、キョンくんと古泉くんがやっている、それね」

「オセロのことか?」

「うん。そうそう、今古泉くんの白が殆どひっくり返って行ったけれど、そんな感じのことをしたいのよね」

「どういうことだ? つうかキョン、お前盤上遊戯異常に上手いよな。最初は全然だった古泉も段々上達してきてるってのによ」

「そうか? 俺は別に定石すらうろ覚えでやってるんだが。……話が逸れたな。なんだ、涼宮。つまるところお前、現状をひっくり返すようなイベントでもしたいのか?」

「そんな感じー、うむむ……」


 そう、私的には大イベント。予定されているのは、キョンくんと二人きりでの閉鎖空間でのランデブー。それを、私は望んでいるの。

 全てをひっくり返してでも、好意を持つ人と二人っきりになりたい。一瞬だけでも、とそれを望んでしまうのは恋する女の子のありきたりだと思うの。

 目の中に耳の中にキョンくんの面影が入ってくる度、どうしてもどきどきしてしまうのよ。けれど、それにしては舞台のために新世界の種を用意してしまおうとするのは流石に大げさではあるのよね。

 でもそれはこれからの【涼宮ハルヒ】の規定事項でもあるから……と巡らせてからふと考えついたの。

 そういえば、皆は私みたいな力を持っていたら、どうするのかなって。力の果てに、どんな世界を求めるのかしら。

 世界平和に、酒池肉林、整理整頓ですらありがちかもしれないわ。このちょっと変わったSOS団員達の願わくばの行き着く先って、果たしてどこなのでしょうね。

 気になったので私は端的に、聞いてみたわ。


「ねえ、皆は新しい世界ってどんなのがいいと思う?」

「は?」


 そしたら、キョンくんを筆頭に、皆がびくり。一気に周囲に緊張が走ったような。あれ、私ったらそんなに変なこと言ったかしら?

 首を傾げる私を驚かせるように、扉がぱたり。ぎょっと向いたその先から出てきたのは、最近殊更仲良くなった私の新たな女友達。彼女、涼子は笑顔で言ったわ。


「私は、今と全く違う世界がいいかな。刺激的な方がきっと、楽しいわ」

「あら、涼子。聞いてたの?」

「扉が薄いというのもあるけれど、相変わらずの良く通る大きな声だったから。……ふふ。ハルヒが気になって見に来たら、正解ね。面白そうなこと、話しているじゃない」


 笑顔を向け合う私と涼子。私の前で揺れる長髪が柔らかで綺麗。面倒だからと私は長かった髪は早々にばっさり切っちゃったけれど、人のおしゃれってやっぱり素敵ね。

 ご覧の通りに私達たちの間でさん付けはもう卒業してるの。神様は嫌だからいっそ下の名前で呼んで貰って、それで正解だったわね。呼び捨てあいっていかにも友達らしくなっているような感じ。通じ合い方はそれぞれ。有希とは違う形で、これもいいわー。

 とか考えていたら、いつの間にか寄って来ていた有希が本を私の机に置きながら、私に短く問ってきたの。目と目が通じて、その奥に不安を覚えた私は、笑顔で応えるわ。


「貴女は?」

「私? ふふ。そうね……私はそもそも更新を望まないというか現状維持希望というか……多分、私の願いで新しい世界が出来たとしても、今と大して変わらないのが出来るんじゃないかしら」


 雪の少女に、本音をぽたり。果たして、有希はどう感じてくれるのかしら。

 そう、私は大体を余計と思わないタイプだけれど、死者の無念とかあるべき姿とか、そんなもしもはあまり大事にしたくないのよ。今の生きとし生けるものが大切。

 皆の幸せは望むわ。でも、自力こそ美しいのに、私の力なんて余計極まりないもの、邪魔だとも思ってしまうの。そして、見て見ぬ振りをせずに歯を食いしばって世界の不幸を耐える、きっとそれが私という【涼宮ハルヒ】がやるべきこと。

 ……嫌ね、私利にそれを頼りにしようとしているというのに、アンビバレンツな。でも、私はそんな自虐を面に出すことだけは、なかったわ。


「それなら、いい」

「そう? まあ今が一番大切よね!」


 有希の小さな頷きに、私は朗らかに返したわ。彼女の不安が少しでも溶けたのなら、私はそれでいい。だって、私は大事にしているのは、目の前の貴女達なんだから。

 そういうニュアンス、伝わったかしら。だったら、嬉しい。これでも私、そのまま伝えるのって恥ずかしく思っちゃうのよ?


「今が大切、か……」


 そうしてただ眼前に向き合って。だから、どうしてだかキョンくんが、私の言葉を反芻させていることを、私は見逃したの。


「涼宮さん……」


 そして、みくるちゃんの決意の瞳も、私は知らなかった。



――きゃー!


 灰色夢の中。私は青く輝く光の手の中で、ひゃっほーしていたわ。相変わらず、神人の手のひらに乗っかってぶるんぶるんされる疑似ジェットコースターには飽きないわね。

 次は、その大きな手を使って滑り台を形作ってもらおうかしら。それともフルーフォールな高い高いも悪くはないわね。後、神人の身体を透かして空を見上げるだけでも楽しくあって良いものよ。

 いや、三年一緒に遊んでも飽きが来ないっていうのも、これって奥が深いっていうのかしらね。自我薄弱なでっかい人型っていうのも、それはそれで望ましくはあるかもしれない、かな。


――まあ、それでも本当に神人を世界に出しちゃったら、一角のUMA扱いされちゃうのでしょうねー。


 ちょっと、残念に思いながら、私は私が生み出した大きな子をなでなで。無反応が寂しいけれど、それでもこの神人には愛着があるのよね。はじめに生み出した時からちょっと不格好で、それがいいの。

 解消のために創るちっちゃな閉鎖空間制作では足りないくらいに現実が大変で、そのため夢の中でストレス発散に遊ぶ時には、毎回この子を生み出すくらいに、この手足不揃いの全身が好き。


――まあ、これも一人遊びなんだろうけれど、ままごと道具に拘ちゃうのだって、結構アリよね。


 そう、原始なレムだろうが、大脳皮質の活躍イマイチなノンレムだろうが、総じて意外と夢見てるらしいという小耳に挟んだお話なんか無視して、私は目を瞑ってからずっと私の中の夢空間で遊ぶことをよくしているの。

 舞台は色々。今は、学校ね。現実の写し、形骸でしかない広い校庭と神人を使って、私は大いに楽しませて貰っているわ。

 別段、この中では自由に振るえる神様パワーで現実離れした光景を楽しんでも良いかもしれない。でも、ちょっと今はそんな気分じゃないかな。


――うーん、どうやったら、この力もうちょっと自由に現実で使うことが出来るのかしら?


 私は悩むわ。三年くらい前に起きたあの確信はどこへやら。私は使わなさすぎていつの間にか不自由になっていた力の扱いを、考えざるを得ないの。

 それは圧でない、重みでもない情報ですら届かない、変幻自在。それに、知らずに進化していたりもするのよね。故に、以前掴んだと感じた私ですら、一定量を過ぎると勝手に出来なくなってた。

 こんな内面世界的な夢の中でだったら、行使は簡単なのだけれど。そう思いながら、私は手の中で星の記憶を紡ぎ、彼方の明日を映したわ。


――ま、幾らそれが【涼宮ハルヒ】の日程だからって、私の欲望のために世界を危険に晒すのは良くないし、これで良かったのかもね?


 その全てを抱いて散らしてから、私はそう独りごちたの。あわやの世界改変、その中でのロマンス。そんな、望ましい全てから私は手を引こうと、ここでようやく決意できたわ。

 無理に舞台だけ整えても、心が追いつかなければ意味ないことだし。


――まあ、でも。


 それでも、ただ願うだけ、はいいでしょう。叶うかどうかは分からないのが普通。ホントはそれがいいのよね。

 この世界に星はないわ。作ってもいいけれど、それは止めておく。私は、私の中だけで決して表出さず、普通の人のように手を組み合わせて願ったの。


 ああ、頭の未来予想図の中にあるみたいに好きな男の子と世界に二人っきり、ロマンチックにキ、キス……とかしてみたいわー。




――――――その願い、叶えてあげましょうか?



 Magic mirror on the wall, who is the ■■■est one of all ?




「ふわぁ」


 ん。何か起き抜けに、聞こえたような気がした。けれどもまあ夢の中の雑音なんて忘却で処理してしまうのが当然よね。目を開けて、首を左右に。そして何時ものふわりとどどめ色が混じったかのような自室と違うことにようやく気づいたわ。

 見上げた先に、見慣れた校舎が。それに何となく位置エネルギーの高さも感じる。

 あれ。ここ。夢の中でも居た北高じゃない? 手の下の石畳、ひんやりね、とか現実逃避。そうして、私は隣に倒れ伏すキョンくんに気づいたの。あら、寝顔も格好良い。


 やがて、気恥ずかしさから見上げ、灰色の空の下、私は見渡す限りひっそりとした一体全体を把握して、理解したわ。あらあらあら。夢にまで見たシチュエーション、じゃない。でも、これは夢じゃなくって。


「あ。私、やっちゃった?」


 知らぬ合間、というか寝ている間に私は全力を賭してしまっていたみたい。まさか、気づけば世界を裏返してしまっていたとはね。ええ……私、そんなに寝相悪かったかしら。

 私が力の使い方を忘れたままに、知らずに進んだ世界改変。えっと、これ……果たしてどう始末を付けたら良いのかしら?

 閉鎖空間と入れ替わった現実世界、それを再びひっくり返してもとに戻すだけの力って、私は何時になったら意識的に使えるようになるの? うん、先からずっとやってみてるけれど、ここまで傾いだ世界を変えるパワー、全然出せないわね。


「……うわぁ」


 口癖の前に、強い悲観が言葉になって。そして、ねぼすけさんな彼の規則的な寝息の隣で、にゃあ、と猫のような誰かさんの啼き声が孤独に響いたわ。



 毒のりんごは、鏡の向こうは……そして、白雪姫って誰のこと?



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