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「えっ? まさかっ……ウソでしょ!」

 

 なんと今日が最終運行日及び権利失効日だった。

 まさに天国から地獄とはこの事で私は慌てふためきながらも

なんとかクローゼットからあの時のリュックを取り出し大急ぎで

施設の受付に向かった。


「あら、どうかされました? 宮下さん」とおっとり話すスタッフさん

に施設からの脱退を申し出た。

「えっ! 今出ていかれるの?」

「はい、色々お世話になりありがとうございました」

「でも退会手続きや保証金の返還も」と冷静に続けるスタッフさんに

「皆さんでどうぞ!」とだけ告げ大急ぎで施設を出た。

 とにかく時間がない私はスーパーで調味料と大量の薬を買い込み

例の改札に向かったが年のせいで思うように動かない老体にムチ打ち、

ようやくループラインに繋がるショッピングセンターにたどり着くも

時間は既にお昼を過ぎていた。

 発車時刻を知らない私は必死にピンクのカエルを頼りに奥へ奥へと

進むが私の体力は限界に近づきつつあり、改札に続く最後の

エスカレーターでは手すりに寄り掛かるほど憔悴しきっていた。

 だがその時無情にも微かに発車を知らせるベルらしき音が……!

 焦った私はこん身の力を振り絞り気力だけでもう一度走り出した。

 実際今の体力では相当厳しかったが最後まで諦めずやっとの思いで

改札を抜けた瞬間身体が急にフワッっと軽くなり、その後一気に

加速し始めた。


「うわ――――っ!」


 何がなんだか理解出来ない私は階段を自分でも信じられない

スピードで駆け下り、間一髪閉まろうとするドアの僅かな隙間を

すり抜けなんとか乗車に成功した。

 

 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…… なっ、なんとか間に合った。


 乗車と同時に列車は動き出し、窓から見える駅のホームが右から

左へとゆっくり移動し始めた。

 列車は徐々にスピードを上げ、やがて暗いトンネルに差し掛かった

瞬間、暗転した窓ガラスに若い男性の顔が映し出された。

「うわっ!」と私は反射的に後ろを振り返ったが、すぐに27歳の

自身の顔だと認識した。

 なるほどそういう事か…… と私は妙に納得してしまった。

 あの改札を通った瞬間74歳から27歳に戻ったんだ。

 だから急に走るスピードがアップし結果ギリギリ間に合うなんて

今日は本当にラッキーだな。

 私はポケットからL&Lからのお知らせ用紙を取り出し何度も何度も

最終運行日を確認し一人ニヤけていると用紙の最後に書かれたまるで

約款のような小さな文字列が気になりだした。

 私は少し不安ながら目を細めながら読み始めた。

 内容は最終列車に関する事項で特区発、内回りの急行であるという

事、停車駅は過去人気のあった駅がセレクトされてる事、そして

運営側のご好意で乗客が少しでも各町、村で楽しめるよう約30分間

駅のホームで停車するという内容だった。

 えっ…… 各駅停車じゃないの?

 瞬時に脇、背中から変な汗が流れるのを感じた。

 私はおもむろに停車駅が記されている箇所全体を手のひらで覆い

隠し、心臓の鼓動をバックにゆっくり手を下げ駅番号を確認していった。


 26番、やっぱ色んな意味でバランスいいかも。

 ドキッ!

 24番、あ~ 分かるな~ この辺もイイかもねっ!

 ドキッ!

 22番、あれ? もしかして1コ飛ばしなの?

 ドキッ!

 19番、19番って…… 1コ飛ばし違うんかい!

 ドキッ! ドキッ! 

 18番、え~っ 19番があるのにぃ―。

 ドキッ! ドキッ!

 15番、まぁ15番は納得だな。

 ドキ、ドキ、ドキ!

 12番、えぇ~ この駅いらんやん。

 ドックン! ドックン! ドックン!

 7番、あれ? 急に飛んだけど…… と、とにかくあった――!

 

 私は嬉しさのあまり飛び上がりそうになったが列車が早くも26番駅

に到着したようでホームから一人の若い女性が乗り込んで来るのが見えた。

 するとその女性は私と目が合うなり急に笑みを浮かべ近づいて来た。


「あら! ソラさん、お久しぶり」

「あの~ どちらさんですか?」

「私よ、覚えてないの? モエよ」

「モエって、どこかでお会いしましたでしょうか?」

「いつだったかこの列車でループラインの秘密教えてあげたじゃない」

「秘密? あっ! もしかしてあの時のおばあちゃん?」

「そうよ~ 若くなったから分からないのもムリないか、ふふっ」

 あまりの変わりようからにわかに信じられなかったがよく見ると

確かに面影があり、少し身長が伸びたようだがモエおばあちゃんに

間違いなかった。

 走って来たのかモエさんがコートを脱ぎ始めるとなんとも春らしい

ピンクの装いがよりいっそう彼女の若さを引き立てる。

 ところがよく見ると倹約家なのか彼女が着ている服が結構傷んでる

のに気づいた。


「ヤダっ! あんまりジロジロ見ないでよ~」

「す、すみません」

「あ~ この服ね、これ私にとってとっても思い出深い物なのよ」

「そ、そうなんですか」

 

 一瞬変な空気が流れ少し焦った私は話題を変えた。


「ところでモエさんも満期利用されて別の町で人生やり直すんですか?」

「当ったり――!」

(アッタリ――て、えらい軽いなっ)

「どこに行かれるんですか?」

「18番よ!」

(なんか分かるワ~)

「ソラさんは?」

「私は7番なんです」と答えるとモエさんは突如隣の車両から移って

来た若い男性を見つけるや否や急にテンションを上げハイタッチし、

互いにハグし合い私は完全にカヤの外状態となった。

 しかし私はひなやショ―ちゃんに再び会える嬉しさに加え、村社会

の未来について思慮すべき問題が山のようにあり、私にとってこの状況

はむしろ歓迎すべきものだった。

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