2-5(6)

〈ポン〉と肩を叩かれ振り向くと直属の上司に当たる島田課長から

笑顔で話し掛けられた。

「今晩空いてる?」

「えっ?」っと僕は戸惑った。

「夜、飯でもどう?」

「はっ、はい!」

信じられない課長の言葉に嬉しくなりもう一度聞き返した。  

「私ですか? 本当にいいんですか?」

「本当にいいよ」「仕事終わったらいっしょに帰ろう!」

「ハイ!」

 仕事中なので当然業務に集中しなければいけないが、あまりにも  

嬉しい状況についお得意の独り言が始まった。

 今日はなんていい日なんだ、まさか課長が誘ってくれるなんて……

しかも2人っきりで、ふふっ!

 何処に連れって下さるのかな?

 あっ! 当然お昼はセーブしなきゃ!

 ん? もしかすると大人特有の社交辞令的なフレーズなのか?

 いやいやそんなことはナイナイ、期待してもいいんだよねっ!

 なんて考えてるとあっという間に退社時刻の5時となったが暗黙の

了解の下、ひき続き業務を続けてると島田課長から声が掛かった。 

「よし、宮下君行くぞ!」

「残業いいんですか?」

「いいよ今日は!」の課長のお言葉に僕のテンションはMAXに! 

 僕はウキウキ気分で課長と2人夕方の東京を歩き始めた。

 そういえば上京してからまだ1度も繁華街を歩いたことがなく

夕方ゆえまだネオンがまばらだが、あまりの人の多さに驚きを

隠せなかった。

 そんな僕を尻目に課長の行きつけの居酒屋があるらしく細い路地を 

右に左に迷路のごとく突き進み、まるで映画に出てくるような   

赤いちょうちんがぶら下ったお店に到着した。

 居酒屋経験のない僕は課長に全てをお任せし、緊張で震える中

ビールで乾杯した。

「少しは慣れた?」との課長の問いかけに僕はさっそく困って 

しまった。

 一瞬の沈黙の後「はい……」と一言。

「そうか……」

 課長はそれ以上その話題には一切触れず話は別の方向へ

流れたが実のところその方が有難かった。

 なぜなら今日は特別に嬉しい日、もしかすると最後のお誘い

になるかもしれないのに僕のせいで湿っぽい雰囲気になる

のが嫌だったからだ。

 課長は話題が豊富でユーモアもあり1時間があっという間過ぎた頃

課長がスッとトイレに立った。

 気づくと周りはスーツを着たサラリーマンの方々で埋め尽くされ 

お酒が相当入っているのか上司や部下の愚痴や悪口があちらこちら 

から聞こえて来た事実に僕は驚愕した。

(え―― うそ~)

 てっきり大人の世界はお互い空気を読んでスマートな関係を 

築くもんだと思ってたし、実際僕の部署内でもそうだったのにココ

ではどうも様子が違うようだ。

 そんな中、背中に気配を感じ振り返るとなんと課長が笑いながら

「びっくりした?」と一言。

 僕は失礼ながら反射的にうんうんとまるで友達に対するように 

頷いてしまった。

 そんな流れから話題は「大人社会」に移り、課長は本音と建前、 

暗黙の了解、処世術など今一番興味のある話を理解力に乏しい

僕にでも分かる様丁寧に説明してくれた。

 そしてお開きの時間が迫る中、お酒がかなりまわり始めた僕がどうしても 

課長に尋ねたい事、言いたい事があった。


「どうして私を雇って下さったんですか?」

「どう考えても私は能力不足だと思うんです」

「皆さんと仲良くなるにはどうすればいいですか?」

「会社のお役に立てず本当に申し訳なく思っています……」

 

 でも結局僕は一言も発せなかった。

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