第02話 ぶった斬りパラノーマル
少女の名前はアルキスといった。
幸いなことにそれだけは聞き出せた――というのはもちろん語弊がある。話をするのはこれからだ。
幸運だったのは、俺がいるここがとんでもないファンタジー世界で、彼女がまるっきりファンタジー世界の住人だったこと。
ほんの数十秒前。
ひとしきり意思疎通がままならないことを確認した後、彼女は俯いて独り言を言った。
そこまでは何を言っているのか分からなかった。
いや本当に。
しかしその後、「ごめん、やっぱり分かんねえわ」という俺の言葉に対して、「仕方ないわ……ですわね。でも今、私が喋ってるのは分かるますでしょう?」と返ってきたのだ。
「私の名前はアルキス。神に仕える敬虔なる淑女よ……ですわよ。
「……葉桜刃太郎。畏まった口調が苦手なんだったら普通に喋ってくれていいぞ。俺もそうするから」
「そう? じゃあ遠慮なく。話しやすい奴は嫌いじゃないわ」
アルキスがにやりと笑う。にこりと、ではなくにやりと、だ。気が強そうだからそう見えるだけだろうか?
「ついでにいいかな。なんで急に、話せるようになったんだ?」
実は、ちょっとだけ予想はできている。魔法ってやつだろう。地球のほうにいた、腐れ縁の友人が言っていた。
「ただの奇跡よ。
違った。
……奇跡ぃ?
友人の与太話は参考にならない。ファンタジー好きなんじゃなかったのか。
いや、まだだ。
今の俺には頼るあてが腐れ縁の友人の知識と、この少女しかいない。奇跡というのは魔法の隠語で、彼女が妙に横へ伸びた耳をフードの下に隠しているのと、何か関係があるのかもしれないし……。
アルキスという少女は多分、エルフだ。
偏った又聞きの情報に照らし合わせればの話だけど。
友人の話によれば、耳が長くて金髪の可愛い女の子のことをファンタジー世界ではエルフというらしい。長生きらしいので、そもそも少女という年齢じゃないかもしれないが、見た目に合わせて少女だと思っておく。
そういえば彼女の外見について。
金髪で、瞳は青い。肌は白い。
そんな美少女だ。
いやもうそうとしか言いようがない。くすんでもいない、汚れても見えない。
こんな森の中で、だ。
強いていうなら髪は、さっき怪物をぶち抜いた光の槍と似た色をしている。「エルフは美人だ可愛いんだ」と聞いていたけど、想像を絶する美しさだった。
こんなのが種族として存在しているのか、彼女が特別可愛いのかは分からないが、とにかく絶世の美少女である。
身長は多分百五十センチくらい。厚底のブーツとかを履いている可能性があるので――こんな森の中で、それは考えにくいが――正確には分からない。
なにせ彼女、フル装備なのだ。はっきり外から見えるのは、前髪が少しと顔と、それから耳の付け根だけ。
フードの形が変わるほど長い耳だ。さぞかしよく聞こえるだろう。
彼女の外見についてはさておき、とりあえず疑問点を述べてみる。
「奇跡って、魔法とは違うのか」
「一緒にしないで」
違うのかよ。
だが存在はするらしい。反応がアレなあたり、魔法ってやつは嫌われているのかもしれない。
まあ元の世界でも魔女は狩られて司祭は崇められてたし、そういうもんなんだろう。
「私は
……んん?
またなんか聞き慣れない言葉が……。
「……
気になった言葉をオウム返しに口に出す。
「そうよ」
どうやら本当にそれで合っているらしい。
俺が顔をしかめていると、
「貴方は? 変な剣を使ってるみたいだけど――」
アルキスは折れた日本刀を引き抜いた後、何事か呟いてからこちらを見た。
「ただの剣ね、片刃の……
アルキスの顔が間近に迫る。
ち、近っ……。
「あ、ちょっとなんで逃げるのよ」
なんでもかんでもあるか! 顔が近いんだよ!
……とは言えなかったので、じりじりと後退する。
アルキスは半端に身を乗り出した姿勢。いや、俺が後退したことで四つん這いのような姿勢になっている。
獲物を追い詰める猫、といえば聞こえはいいだろうか。
そんなことより自重で地面に近づこうとする服の隙間から、白い柔肌の
「近いっ、近い近い近い! 離れて!!」
忍耐が限界に達しそうだったので、俺は慌てて制止した。いきなり突き出した手も、御鈴の鍛錬で完璧に間合いを把握できる俺にかかれば決して、決して彼女に触れることはない。
神の奇跡がどうとか言ってたから、巫女さんのような存在なのかもしれない、男の俺が不用意に触るのは避けたほうがいいだろう、そう考えただけだ。
決して美少女に免疫がないわけではなく。
アルキスが元の位置に戻ったことを確認して、俺は元の位置より少しだけ距離を取って座り込んだ。
「折れた剣であの頭を一突き、っていうのも気になるけど……話を戻しましょうか。あなた、何者?」
逡巡する。
伝えてもいいのかどうか。いや……ここで隠す意味はないか。
「――多分、異世界人だと思う」
「なるほどね」
流された。怪訝そうな眼差しで、アルキスはさらに質問をぶつけてくる。
「それでこの剣は? 魔法剣か何かなの?」
アルキスが指差したのはもちろん、俺が地球から持ち込んだ半分サイズの刀だ。
「いや、魔法とかは使えなくて。でもそれ一本で戦ってるんだ」
「ただの剣士? にしては貧相な装備だけど?」
少女の視線に篭もる猜疑が、さらに深く沈んでいく。
とはいえそれだけでは、何を疑われているのか分からない。だから素直に訊ねることにした。
「おかしいのか?」
「はぁ?当たり前でしょう」
……呆れられてしまった。
「神に選ばれる器もない、魔法を修める能もない、だったらお金で祝福された装備を買って、
そう言って、怪物の頭を指差した。
なるほど。そいつは頭がたくさんあるのか。
……なぜかさっきから時々、『意味不明な発音』と、『「ディヴァイン」という発音』と、『「神の奇跡」という意味』が重なって伝わってくるだとか、『現地語はもちろん分からないし、「ヒュドラ」って言葉もよく知らなかったのに、「頭の数が多い蛇」という意味はきちんと伝わってくる』みたいな現象が頻発しているんだが、これも
後者はほとんど確定的、前者も『現地語』と『既知の発音』と『正しい意味』の三つを並列させていると考えれば、おそらく奇跡の仕業だろう。
単に意味だけを伝達できないのは、奇跡に共通する仕様なのかもしれない。まさか神様が中二病ということはあるまいし――
「それともあんた、死にたいの?」
思考の沼に入りそうになった途端、アルキスの澄み渡る声に意識が引き戻される。
死にたいなんて、そんなわけがない。
俺は首を横に振る。
するとアルキスは満足したように頷いて、刀を俺の目の前に置いた。立ち上がって、俺に背を向ける。
「だったら今すぐ
「だけど、言葉が分からないじゃないか」
その言葉に、多頭蛇の死体へと向かっていた彼女の足が止まる。
振り向いたアルキスは、また怪訝な表情を浮かべていた。
「生まれ故郷に帰ればいいじゃない。ここまでは来られたんでしょう?」
「この世界の生まれじゃないんだよ。だから帰れない」
さっき言っただろう? と俺が肩をすくめると、彼女の表情は一層険しくなる。やっぱり信じてはもらえないらしい。
失言だったかもしれないと目を逸らそうとして――視界の端で、何かが
三つ目の頭だ。
既に動き出している。
狙いは俺。――ではなく、アルキス!
危ない――そう叫ぶより早く、手は動いていた。
跳ね起きるようにしてその場に立ち、同時にアルキスから刀を奪う。
投げた日本刀は回転して、三本目の
そして狙い
折れた無銘の刀は、
……うまくいって良かったぜ。
外れたらどうしようかと。
力を失い傾く首と、泉へ落ちていく刀を見送る。
ぼちゃん、と音を立てて、刀は水の中に呑まれていった。泉が光り輝いて精霊が現れる、なんてこともない。
とうとう、武士の魂ってやつを放り捨ててしまった。まあ武士じゃなくて武術家だけど。
古流武術の最後の継承者が急転直下、言葉も怪しい村人Aか――なんてことを考えていると、視線が突き刺さっていることに気付く。
視線の主はアルキスだった。
当然だ。彼女以外はここにいない。
ぽかーん、という感じで口を開けて俺を見ている。そんな表情でも様になるのは、元が狂ったように整い過ぎているからだろう。
「い……」
い?
「いまのなにっ!?」
突然の大声に、思わず一歩引いてしまった。
アルキスの視線は依然、信じられないものでも見るようなもののままだ。
けれどその意味が、まるで違う。
いや、俺はお宝でもなければ……狂人と思われていたわけでもないが。多分。いや絶対。
「驚いたのは仕方ないけどさ。さっきの、最初の頭にも同じことしてたからな?」
それを聞いてアルキスは変な顔のままで、一番最初に俺が殺した頭の検分をしに行った。
「……本当だ、一撃で仕留めてる。え、これなんなのよ……泥の中にでも突き立てたみたいに」
「そもそもどうやって殺したと思ってたんだ」
振り返った彼女に……真剣な目をした彼女に、問われる。
「回収しに行かなくていいの? あの剣」
「あん? ……まあ、いいんじゃないかな。潜って四つ目の頭に出くわしたらどうしようもないし」
「いないわよ。この泉の大きさで
「ああ」
俺が頷くと、アルキスはおもむろに泉の中に足を踏み入れた。
「ちょっ!? 何してんだ!?」
「何って、あんなレアアイテム逃しておく手はないでしょうもったいない!
そう言って、ずんずんと進んでいく。
「待て待て待て! 意味ないって!」
水の中を進む彼女と、地面の上を走る俺。追いつくのはすぐだった。
「離して!」
「だから話を聞いてくれ!」
細腕を掴む。
服の下の肌は、思わず声を上げそうになるほど柔らかい。ごつごつとした筋肉の感じがしない。
魔法とか奇跡とか以前に、到底こんな森を踏破できるはずがないと思ってしまうような感触だった。
――おっと。
意識が桃色に染まりかけていた。
「あれは魔法も何もかかってない、ただ出来が悪くないってだけの刀――剣なんだよ!」
言って、彼女の腕をぐいと引っ張る。
アルキスの身体は、想像以上に軽かった。
軽かったせいで勢い余って後ろに倒れ込んだ俺は、空中でもがく彼女を抱え切れずに手放してしまう。
そしてふわりとした浮遊感と一緒に、アルキスの尻餅が俺の腹へ直撃した。
「ぐふぅっ!?」
この程度で気絶するような鍛え方はしていない――していないが、これ以上は取り逃がしてしまうだろう。どうにか彼女が諦めてくれることを祈りながら、仰向けで脱力する。
幸いにして、彼女はそれ以上、刀を追おうとはしなかった。
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