第14話 伝承の真実

■9月16日 04時30分


「スサノオを倒したあと、ザップは叫んだんよ。『〝草薙剣〟は分解され、スサノオは打倒された! 我々は自由だ!!』って」


洞窟の中、リーは二人に語りはじめた。シンも知らない、スサノオ討伐のその後の話である。


「ヒトの大歓声が巻き起こって、うちらは祝福された。ヒトも、スサノオが倒されることをずっと望んでた。

 ……でもな、ヒトはそれを喜びながら、他のことを考えててん。八つに分かれた〝サカズキ〟を、自分達のものにしたいって。」


「自分達の……?」


シンが怪訝な顔で聞く。


「そう。そのあと、ギャレットがスサノオの死体を確認しに行って、間違いなく死んだってみんなに報告した。あとは、シンのこともちゃんと葬りたいってマイヤやザップが探し回ったんやけど、シンは見つからんかった。まさか寝てただけやったってのはびっくりやけど。」


リーはふふん、と声を崩した。


「まぁ、それでうちらは暴君を打ち倒した英雄としてヒトに迎えられてん。その一週間後やったな、遅ればせながら、盛大な祝宴の席を設けるって話になって。

 その時、クァイは政治の指導で、ギャレットは転移ゲートの整備で忙しいから遅れて来るっていうから、会場に先に5人で向かってご馳走をいただいてた。それで宴会がしばらく進んだとき、急に眩暈がしてさ。」


「まさか……」


ナヤが肩の傷を抑えながら、嫌な予感を口にする。


「毒が盛られてた。それに気づいたザップが剣に手をかけようとした途端、天井中の窓が開いて、弓矢が降り注いできたわ。祝宴に参加してた民衆も、全員がテーブルの下に隠してた武器を取り出した。市民として参加したのは全員、実は兵士やったんや。まさに集団リンチやな。うちらは矢を受けて、傷だらけになってもてさ。その間、ヒトの司令官の叫び声が何度も聞こえたわ。『〝サカズキ〟は我が王都を守る神聖な宝物である! やつらから奪い返せ!』とかなんとか。

 必死で抵抗したけど、怪我と眩暈で力も入らんくて。〝サカズキ〟の起動もうまくできひんかったし、抵抗むなしくってやつやな。唯一、やっぱザップはすごかったわ。両足に矢が刺さったまま、剣を振り回して軍勢をなぎ倒していった。

 でも、うちはあかんかった……。捕まった挙句、両手両足を切り落とされた。」


しばらく沈黙が続いた。

シンは拳に力を入れ、歯を食いしばっている。

ナヤは、ただ呆然と話を聞いている。


「そのとき、電撃が走って、ギャレットが会場に飛び込んできた。あんなに怒ったギャレットを見たのは初めてやったな。『よくもクァイを! そして皆を! 許さんぞー!!』って叫んで、〝雷のサカズキ〟であっという間に場を制圧していったんやけど、あと一歩のところで血を吐いて倒れてもた。ほら、ギャレットって持病があったやん? 間が悪いことに、それが悪化したみたいで……。

 そのタイミングで、ヒトのうちの一人が叫びながら杖を掲げてん。そっちを見ると、ミスワが串刺しにされて掲げられてた。その杖は〝水のサカズキ〟やった。その将官らしいヒトが、そのときに言った言葉は忘れられへん。『〝草薙剣〟は我々では起動することもできなかった! だが、八つに分かれたこの〝サカズキ〟であれば、我々でも使える!』やで。笑わせるわ。」


リーは、淡々と言葉をつないだ。

その将官がその後どうなるのかは、ナヤにも想像ができた。


「……そのあと、そのアホは『見よ、この力を!』とか何とか言いながら〝水のサカズキ〟を起動した。その瞬間、マナの代わりに命を吸い尽くされてミイラみたいになって死んだわ。〝サカズキ〟の起動はぎりぎりできたみたいやけど、〝サカズキ〟は暴走した。杖から激流が流れ出して、場はめちゃくちゃになった。王宮も崩れるぐらいの大洪水でさ。

 ギャレットは、血を吐いて歯を食いしばりながら、なんとか近くにおったザップとジールを連れてその場を去ってった。そんで、瓦礫の中で残されたのは、ミスワの死体と、両手足を切り落とされて半殺しにされたうちとマイヤやった。ギャレットの口ぶりからして、クァイも殺されたんやろうなってのはわかった。

 とにかく悔しかった。悲しかった。八つに分かれたサカズキなら、ホシタミやなくてヒトでも使える? そんなアホみたいな勘違いで、そんな目に合わされてさ……。」


ドカッ! という音が響いた。シンが壁を殴った音だった。

シンは、怒りで今にも目から血でも噴き出しかねないような形相をしている。


「なんだよそれっ……!!」


「それで終わりやないよ。ヒトは、自分達では〝サカズキ〟を使いこなせないとわかって、うちらを利用することにしたんや。

 具体的には、星のマナと繋がっているうちらを、〝サカズキ〟へのマナ供給装置として利用するってことや。うちは全身を裂かれて、体中に針や管を接続されて、死にたいと思っても死ねない、最悪の時間やった。マナを汲み上げる組織だけ生きたまま取り出して、〝風のサカズキ〟に移殖しようと思ってたみたいやった。その組織を体から取り外すために、色々な実験をされたわ。

 そんで結局、どうやら意識ごと組織を取り出したら、組織は死なないってことに行き着いた。ホシタミってな、脳を破壊されても、意識は丹田にある組織に少し残るらしいねん。普通はそれでもすぐ死んでまうんやけど、八つの〝サカズキ〟は特別でな。はじめに脳を破壊して、意識を丹田の組織に残した上で移殖すれば、組織は生き続けた状態で〝サカズキ〟にマナを供給し続けるみたいやねん。

 ---そんで、うちは首をはねられて、意識と一緒に〝風のサカズキ〟に移殖された。その後、仕上げに鉄扇に電気を流されて、電気ショックで気絶させられた。これで、自動でマナをまかなう理想の〝サカズキ〟の完成やとヒトの研究者らは思ったんやろうな。

 でも、ヒトはそこでも誤算をしてたんや。〝サカズキ〟を起動させてマナが流れるときに、強制的にうちの意識は叩き起こされるみたいやねん。あいつら、ほんまアホよな。」


悲惨で、残酷で、非人道的な話だったが、あえてなのか、リーは少し無邪気な様子で話を続けた。

しかし、本当はこれから話す内容が辛すぎて、そうでもしないと話し出せないのだと、ナヤは感じ取っていた。少しの間があったが、ナヤもシンも、一言も発さず、リーの言葉の続きを待った。


「……ほんで、誰かが〝風のサカズキ〟を起動させて、うちを目覚めさせた。

 そう、目覚めてん。そしたら……目が、覚めたら……そこには、ジール、ジールの死体が……あった。」


リーにはすでに体はない。それでも、話すときには感情が湧き出てくるのだろう。さっきもそうだったように、声が震えている。


「ジールはな、ジールは……うちを助けに来てくれたみたいやねん。

 でも、もううちは体もなくなって、意識もなくなってさ。ジールは、うちを助けるために研究所に乗り込んで、ヒトをかなり追い詰めたんやろうな。慌てたヒトが、うちを起動したみたいやねん。それで……あの時の〝水のサカズキ〟みたいに、暴走、してもたんかな? ……うちは、起動されて、〝風〟の力を撒き散らして。それと同時に意識が戻ったんやけど、すぐ、状況は理解できた。目は見えんくても……わかった。

 ジールの全身には、風の切り傷が無数についてた。間違いなく、〝風のサカズキ〟でつけられた傷やった。ヒトが、うちを使って、ジールを殺した……!!

 ……うちが、ジールを殺した!!」


悲痛な沈黙が洞窟を覆った。シンはリーに手をのばし、扇面をゆっくりとなでた。


「リー、辛いことも話してくれてありがとう。

 ……今、俺は怒りでおかしくなりそうだ。話で聞いただけでも、俺たちを裏切ったヒトを許せないと思う。」


ナヤは、じっと地面を見つめている。

シンやリーの方を向くこともできず、腕の痛みだけがじんじんと伝わってくる。


「だけど……だけど、それでも俺はマイヤを止めないといけないと思う。ナヤみたいに、本当に心から俺たちに感謝してくれるヒトもいる。伝承そのものが誰かに捻じ曲げられた虚構だったとしても、それでも、ナヤはいいやつだ。全てのヒトが悪いわけじゃない。

 それに……」


そう言いながら、シンはある光景を思い出していた。

体が重くて、助からないと思っていた。

あの時、目の前に現れたヒトのことを。

---でも、彼のことは誰にも言ってはいけない。彼とそう約束をしたから。


シンは、短く深呼吸をして、息を整えた。


「……それにさ、ナヤの妹が生まれたとき、ヒトの命の尊さを感じたんだ。俺たちは裏切られた。でもそれは決して、新しい命に非があるってわけじゃない。」


そう言いながら、シンの中で、意志が固まる。頭の中で、またあの声が聞こえる。


起きて。起きて。

彼女(わたし)を止めて。

あの剣がまた形を成す前に。


「何より、マイヤ自身が自分を止めて欲しいと願っている。不思議と、その確信はあるんだ。」


シンはリーを見つめる。リーは、言葉を探しているようだった。

しばし重い沈黙が訪れる。


「ごめんなさい。」


そこで口を開いたのは、ナヤだった。


「僕たちヒトが、そんなことをしてしまったなんて。そして、それを自分達の都合のいい話にすり替えて、謝りもせずにいたなんて……」


目から大粒の涙が零れ落ちる。鼻をすするわけでもなく、泣きじゃくる訳でもない。

ただ感情が自己の容量を超えて、涙としてあふれ出しているのであろう。じっとリーを見つめながら、「ごめんなさい」ともう一言つぶやくように言った。


「別に、今さら謝られてもどうしようもないわ。」


リーがやっと話し出した。


「それに、シンが言ってるように、うちらを裏切ったヒトとあんたは別人や。ヒトを信じることはできひんし、許すつもりもないけど、あんたに謝ってもらおうなんとも思わへん。

 ……それより、マイヤを止めるってどういうことや? シンが生きてることといい、訳わからんことが多すぎるわ。そこらへん教えて。」


リーは話を切り替えた。シンは、リーにこれまでに起こったことを話しながら、あることに気づいた。


「……誰かが〝炎のサカズキ〟を起動させたってことか。」


リーとシンが考え込む。


「話を聞く限り、マイヤはうちとは違う形でマナを搾り取る装置にされたみたいやな。体だけ残して、〝サカズキ〟にマナだけ供給して、意識は飛ばされて。

 で、うちと同じなら、誰かがサカズキを起動させたせいで、目が覚めたってところやろ。」


一体誰が? 何のために? 大きな疑問だが、ここでいくら考えても答えは出ない。


「とりあえず、そういう状況なんだ。リー、一緒に来てくれないか?」


シンは、リーを手に持ち言う。


「……嫌や。勝手にうちを持たんといて。」


「え!?なんで!?」


「うち、まだ死にたくはないもん。」


リーはゆるやかに風を起こし、シンの手から逃れてふわりと地面に落ちた。


「うちの意識は、完全にこの〝風のサカズキ〟と一体化しとるねん。で、あんたの力になるってことは、うちの意識と〝風〟の力を引っぺがして、〝渦のサカズキ〟に取り込むってことやろ?

 それはつまり、純粋な〝風のサカズキ〟がこの世から消えるってことやん。うちの意識も消えうせる。要するに死ぬ。やから行かん!」


「あっ……!」


痛恨の顔で納得するシン。横からナヤが顔を出す。


「でも、アマツ様が〝草薙剣〟を手に入れようとしているってことは、リーさんも手に入れるってことですよね? ならむしろ、洞窟に一人でいる方が危険なんじゃ……」


「あっ……!」


顔はないから表情はうかがえないが、痛恨の顔をしているであろうリー。


「うーん、確かに。話を聞く感じじゃ、今のあの子は躊躇なくうちを殺してでも〝草薙剣〟を復活させそうやなぁ。やっぱ、シンに味方した方がええんかな? でもなぁ……」


煮え切らないリーを前に、ナヤがシンに目配せする。シンがもう一押しする。


「じゃあ、俺はリーを絶対に使わない。その約束でどうだ?

 リーは、〝サカズキ〟を扱えないナヤに持ち運んでもらう。それなら安心だろ?」


「むむむ。ちょっと時間ちょうだい。」


そう言って考え込むリーだったが、数分の後にようやく結論を出した。


「まぁしゃあない! それでいこか!」


その返事を聞いて、シンは待ってましたと膝を叩いた。


「よし、じゃあ行こう! ナヤ、リーを丁寧に持って!」


シンがリーを拾い上げ、ナヤに手渡す。


「そうと決まったら、急がなあかんな。先を越されてるで。」


「え? 何がだ?」


リーの言葉に、シンが問いかける。


「マイヤが2つ目の〝サカズキ〟を手に入れたみたいや。」


シンの顔に緊張と驚きが走る。


「わかるのか?」


「この状態になって、体があったときよりもかなり身近にマナを感じんねん。で、星のマナと繋がってたら、この星のどこでマナが吸い上げられているのかがなんとなくわかる。特に、強い怨念を持って吸い上げてるところとかはな。」


「怨念・・・?」


「そう、きっとヒトへの強い恨みを残しながら発動中に死んだホシタミの〝サカズキ〟は、怨念でもってマナを汚染しながら吸い上げるみたいや。それがずっと二ヶ所あったんやけど、昨日一つ消えたんや。」


「マイヤが、その〝サカズキ〟の力を吸収したってことか。」


「たぶんな。マイヤがうちと同じようにヒトに改造されていたとしたら、もう1ヶ所、吸い上げられている場所がわかるはずや。早く行かんと、そっちも先を越されるかもしれん。」


ナヤが急いで地図を広げ、懐中電灯で照らす。


「その場所ってどこですか?」


「そんな遠くはないな。ここから北に少し行ったところや。ただ、かなり厳しい戦いになると思う。」


「厳しい戦い……?」


リーがナヤの掌の上でくるりと身を回し、シンの方に扇頂を向けた。


「あの怨念の凄まじさ、そして吸い上げるマナの量、どう考えてもまともじゃない。きっと、魔獣を世に放ってるのはあの〝サカズキ〟や。魔獣を生み出す、〝呪のサカズキ〟。」


それを聞いて、シンは短く深呼吸をした。


「〝呪のサカズキ〟……ザップか。」

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