第12話 "雷のサカズキ"

■9月14日 21時10分


 マルスは避難所を後にし、アマツの目撃情報をもとに後を追った。

 とにかくアマツに追いつき、隙をみて〝炎のサカズキ〟を奪うしかない。そう思い、飛行するアマツを見たというヒトの話や、襲われた集落の噂のある方角へバイクを走らせ向かった。


 砂漠へ向かう途中、森の入口でバイクを下り、暗がりの森の中を進むことになった。魔獣や野生動物に襲われることも考えると自殺にも等しい行為であったが、そうは言っていられない。

 それに、これまでの道中で不思議と魔獣に狙われることがなかったこともマルスに根拠のない自信を持たせていた。


 そうして意を決して森に踏み込んでしばらくすると、奇妙な声が聞こえた。


「こちらだ。」


 と繰り返す声が聞こえる。年老いた男性の声だ。

 しかし、どうも耳に届いているようではない。大気中のマナを取り込むときに、全身に直接届いているような感覚だった。マナを通じた通話……というより伝言だ。一方的に声だけがきこえる。これもまた不思議な体験であったが、明らかにホシタミにしか感知できない、つまりホシタミに向かって残した伝言であることはわかった。


 アマツに会う前に、できるだけホシタミの情報は得ておきたい。この声の主が何者かはわからないが、アマツの弱点に繋がる情報を持っている可能性もある。

 声のする方向へただただ歩いた。徐々に声が大きくなっていく。最終的に、一本の細い樹の前にたどり着いた。辺りをぐるぐると回ってみたが、やはり声は目の前の樹から聞こえてくるようだ。しかし、人影などどこにも見えない。もしやと思いつつ、樹に手をあて、つぶやいてみる。

 アマツを復活させてしまったときの嫌な思い出がフラッシュバックしたが、藁をもすがるような思いもあった。ホシタミについて少しでもわかるのであれば、何でも試しておかなければいけない気がしていた。


「ignite」


 そう唱えると、樹全体が突然光り出した。まぶしさに思わず目を閉じ、しばらくしてゆっくりと目を開ける。

 すると、目の前に白い部屋が広がっていた。

 さっきまでの森の中に、突如、真っ白な四角い空間が現れていた。


 部屋の中央に、茶色い皮製の長椅子がぽつりと置いてある。そしてそこには、白骨化した遺体が横たわっていた。


 マルスがゆっくりと部屋の中に入ると、どこからか声が聞こえてきた。


「ホシタミよ、よくぞここに来てくれた。ここは、私の最期の魔力で作った遺言の間だ。」


 森の中で聞こえてきた、あの声だ。


「私はもう長くない。持病の悪化が進み、私では友を助けることができない。

 そこで、我々以外にもホシタミが生き残っている可能性に賭けて、ここを用意した。辿り着いたホシタミよ、君に全てを託したい。まずは私の手記を読んでほしい。最後まで読んでもらえたならば、私がスサノオから奪った力を譲ろう。

 〝雷のサカズキ〟だ。」


 マルスの鼓動が跳ね上がる。


(〝雷のサカズキ〟……だと……?)


 伝説によれば、八人の英雄は〝草薙剣〟の力を八つに分割したという。その一つが〝炎のサカズキ〟であるが、残る七つは破壊されたというのが女神教の教えである。


 だが、それは果たして本当なのだろうか? ただでさえ怪しい女神教団のことだ。本当は他の〝サカズキ〟も現存するのではないか? そうマルスも考えていた。

 そもそも、〝炎のサカズキ〟を持つアマツに丸腰で立ち向かい、隙をみて倒すなんて非現実的ではある。

 自分も〝サカズキ〟を手に入れることができれば、あの女神ともまともに渡り合うことができるかもしれない。


 とにかく、今はこの場に集中しなければならない。

 もし本当に〝雷のサカズキ〟が手に入るのであれば、これは逃すことのできないチャンスだ。呼吸を整えながら、声の続きを注意深く聞く。


「この手記に、我々の身に起こった全てを書いている。多くのものを失った。しかし、せめて生きている者だけでも救って欲しい。彼女をヒトの手から救い出して欲しい。頼む。」


 そういい残すと、声はぱったりと止んだ。椅子の上の人骨に目をやると、そばに日記帳のようなものがあった。



 表紙には、『ギャレット』とだけ書かれていた。


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