とりあえず獣耳生やしとけばええんや

 僕は高校生、真田吾郎。

 目が覚めたらアンドロイドが部屋にいて、色々と理解が追い付いていない男だ。


「朝からどっと疲れた……とりあえず顔洗いたい」

「どうぞ、濡れタオルです」

「んむ」


 言われるがままにみーにゃに差し出された濡れタオルで顔を拭く。柔らかく、そして適度にひんやりしたタオルの感触が心地よく、存分に顔を拭くとタオルをみーにゃに返した。


「腹減った……朝と昼の中間に食べるのにベストな飯が食いたい」

「パンケーキのミックスベリーソースがけを一枚ご用意しています」

「んむ……って至れり尽くせりかッ!!」


 さらっと全て用意されている現状を一瞬受け入れかけたが、みーにゃは未来から送られてきた子孫根絶型アンドロイドなので言う通りにしてはいけないと自分に言い聞かせる。


「私の目的からすれば別段おかしなことではないでしょう? 人をダメにするソファの延長線上に私はいるのですっ!!」

「お前その分類で本当にいいの!?」


 謎のかっこいいポーズを決めて先祖はソファと言い切る高性能アンドロイド。しかしタオルは使ってしまったし、パンケーキは食べなければ勿体ない。結局食事にすることにした。


「……みーにゃはさぁ」

「はい?」

「アンドロイドなんだよな」

「その通りです。ほら、見てください」


 言うが早いか、みーにゃはこれが証拠だとばかりに手首をつかみ、かしゅん、と音を立てて外した。断面は勿論メカニック。外れた腕がテーブルに乗り、指でピースの形を作って立っている。どっかのゲームでボスキャラやってそうだ。ロボットにああいう事をさせるのは高度な技術が必要だとテレビで見たことがあるので、きっと凄い技術が使われているのだろう。


「遠隔操作可能、簡易センサ搭載、飛行機能もあります。所謂ロケットパンチ、或いはビット。この時代風に言えばドローン的なものです」

「みーにゃの動力源なんなの?」

「離元炉です。ざっくり言うと永久機関ですね」

「永久機関……サラっと言ったけど未来そんなもんあんのか」


 もはや疑うのが面倒になったので未来から来たのは信用する体でいくが、それにしたって永久機関である。人類の戦いはエネルギー問題との戦いゆえ、未来は相当に恵まれているのだろう。僕が結婚して子供がどうと言っていた以上、そう遠くない未来――最低でも僕に孫が出来るより前に、人類はそこに到達するらしい。


「……一般的なアンドロイドにはみんな積んであるものなの?」

「いいえ。みーにゃは元は対アリオート人型討伐兵器ですので、高出力で長期的に戦闘続行が可能な動力を組み込まれています」

「さっきから気になってたんだけどそのアリオートってなに……」

「しかし、人型討伐兵器故に搭載されたCPUの容量と処理速度が高く、これに目を付けた【発音を禁じます】によって改造され、今や我が身は悩殺ボディのスーパー家政婦なのです!」

「ねぇアリオートって何なの?」

「という訳で、みーにゃの本質は兵器なのですが今は汎用性を獲得しています。また、未来の為にユヅキさんからますたぁを奪うという点では泥棒猫! つまりますたぁが最初に言った通り、『コスプレした泥棒』というのは間違っていないのですっ!!」


 どや顔でダブルピースされた。

 可愛いけど殴りたい。

 あとアリオートって何なんだマジで。


「……にゃー!」


 どや顔のまま頭部から猫耳がぽむっと音を立てて生えた。

 機能をアピールしたかったらしい。手も猫の肉球手袋に変わっている。

 こいつは僕にどう反応して欲しいんだ。


「何はともあれますたぁ。今日からみーにゃはますたぁの為に毎日鍛冶宣託をして金属加工品を製造し、ますたぁをより甘々な未来に導いていきたいと思います」

「できれば家事洗濯にして欲しいなッ!! あとアンドロイドの助言は宣託じゃねえッ!!」

「む、それは聞き捨てなりませんよますたぁ! この時代にみーにゃに匹敵する個としての存在は地球上にいません! つまり、今はこのみーにゃこそが地球の頂点――イコール神と呼べなくもない存在なのですよっ!! ならばみーにゃのアドバイスは宣託なのですっ!!」

「アナタハカミヲシンジマスカー?」

「アイ・アム・ゴッド♪」


 萌え萌えキュンみたいなノリであらロボがみ宣言された。アンドロイドが新人類を自称するみたいな話は知ってるが、まさか神を名乗るとは恐れ入る。バチ当たれ。


「ふっふっふっ。みーにゃの溢れ出る魅力を使えば数多の信者を獲得し、人々を先導して美味しい味の限定ポテトスナックを品薄にすることも容易なのです!」

「どっかの人気ユーチューバーかよ! あと生々しから信者じゃなくてファンと言いなさい!!」

「冗談はさておき、それくらいの可能性を秘めたみーにゃが一生ついていくのですから、ますたぁはもう将来のことは何も心配しなくてよいのですよ?」


 慈愛に満ちた甘い声でみーにゃが囁く。露骨に堕落を狙っているが、今の僕には通じない。その程度の甘さは最近無理して飲み始めたブラックコーヒーの苦みで消し去ってくれる。


「という訳でコーヒー淹れて。ホット、薄め、砂糖とミルクはなしで」

「え……お砂糖とミルク、入れないので?」

「なんで自分の両乳を掴みながら言う!? いらないからね!? 念のためにもう一回言うけどいらないからね!? いや何する気か知らんけどッ!!」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 そう言うと、みーにゃはどこからともなく一握りのコーヒー豆を取り出し、口に放り込んでぼりぼりごりごりと咀嚼したのち、マグカップを手にした。

 もう嫌な予感しかしない。


「ま゛ーーー……」

「ほらねっ、やっぱり口から出すパターンだよねっ!! 分かってた、俺は数秒前には既に真実に辿り着いてたんだよチキショーッ!!」


 だばー、と口からホッカホカのコーヒーを出すみーにゃの姿に、僕は頭を抱えた。特殊性癖の人はこういうのがいいらしいが、普通に考えて他人の口から出したものを自分の口に入れるのは相手が美少女だろうと生理的に嫌だ。


「ご心配なく。みーにゃのボディには非常に高度な浄水機能が付いております故、綺麗で安全な水を使用しています。お望みとあらば右の鼻からミルクを、左の鼻から砂糖を出すこともできますが?」

「ちゃらりー、鼻から牛乳ー……ってやかましいわッ!! そういう問題じゃなくてっ、絵面が最悪すぎてヨダレかオイル飲まされてるみたいなのが嫌なんだよッ!!」

「みーにゃはアンドロイドですよ? 衛生上の問題など起きる筈もありません……かーっ、ぺっ!」


 ゴミ箱に向けてみーにゃの口から茶色いタブレットのようなものが発射された。スコン、と美しくゴミ箱にホールインワン。十点、と言いたい所だが待てやこら。


「今なに出したッ!?」

「コーヒー滓ですが……もしやご利用されますか? コーヒー滓には消臭効果、堆肥としての効果、猫避けの効果などが一般的に知られていますが実のところ猫避けは短期的にしか効果がなく――」

「いや、そんなこたぁいい!! それよりコーヒー豆の滓を吐き出すのにそんなおっさんみたいな音出す必要あったか!?」

「失礼、【発音を禁じます】によりデフォルトでこの音が設定されていました。次回からはアヴェ・マリアの音声と共にシート型でゆっくり放出されます」

「それも嫌だよッ!! サイレント設定にしろ、サイレント設定に!! 全く女の子がなんてことしてんだッ!!」


 顔は可愛いのに色々と酷すぎるぞ、みーにゃ。

 呆れた顔でみーにゃを見ると、何故かみーにゃは衝撃を受けたような顔をしていた。まさかサイレント設定だから喋れなくなったのだろうか。


「……みーにゃは、女の子ですか?」

「他に何だっていうんだよ」

「……そうですか。ますたぁにとってみーにゃは女の子なのですね?」

「あ、ああ……」

「……♪」


 みーにゃは、とても嬉しそうに微笑んだ。


「な、なんだよぉ」

「なんでもありませんよ? ますたぁ♪」


 何がそんなに嬉しいのか、今の僕には察する事が出来なかった。しかしその笑顔は本当に女の子のように、最初に会った頃の無機質さを感じさせない柔らかな微笑みであったのは、僕の考え過ぎなのだろうか。


 ――後になって、異性として見られる=みーにゃの計画一歩前進であったことに気付いて冷や汗を流すのは、割と近い未来の話である。

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