クラブの真意

「なにそれ!? 私も久しぶりにお二人に会いたいわよ!?」

「なら、アンネ先生として来るんだな。ウィルに見破られるリスクも覚悟の上で」

「むぅ……」


時折非常勤講師として学園に顔を出しているアンネ先生だが、Sクラスにくる度にウィルの視線が気になるらしいのだ。

確証はまだないだろうが、明らかに疑っているというのがアンの所感である。


「ウィルのことだからばれても騒ぎにはしないだろうけどな。そもそも学園長も承知済みだし」

「負けた気がするじゃない!」

「それは知らん」


なんのプライドだ。


「そもそも、この頃忙しいんだろ? こうやって抜け出してくるのが難しいくらいには」

「それは、そうね」


諸国連合の人間が忍び寄っていた、それもライヤにという情報は王国の上層部にも影響を及ぼした。

前までは戦争になるかもくらいだったのが既に敵国は準備段階に入っているであろうことがわかったのだ。

いかに国力で勝っているとはいえそう悠長にしていられない。

ただ第一王女というだけでなく、1人で戦況を左右する戦力になるアンの負担は計り知れない。


「たまには抜け出してくるくらいいいじゃない。前よりは我慢してるわ」

「あぁ、わかってる。だからアンが俺が寝てる深夜にこうして訪ねてきてもちゃんと対応してるんじゃないか」

「お、起こしたのは悪かったわよ……」


明日も学校がある身で、睡眠をこよなく愛するライヤにとってはあまり歓迎のできない訪問だったのは言うまでもない。

だが、アンも頑張っているからと無理して起きているのだ。


普段は透き通って櫛が通らない箇所などないその長い髪も少しパサついており、キリッとした瞳の下にはうっすらとだが隈も見える。


「あんまり無理をしてくれるなよ?」

「じゃあ、手伝ってくれる?」

「それは嫌だ。国の機密を握る身にはなりたくない」

「それこそ今更じゃない?」

「知らない努力をしない理由にはならないな」

「絶妙にかっこよくないわね……」



「……ほら」


少し体の前で両腕を広げるライヤ。


「?」

「ハグくらいは、いいんじゃないか?」

「!」


ライヤに飛びつくアン。

座った姿勢で互いに相手の背中に手を回す。

頬ずりをしながらアンは笑う。


「ご褒美のつもり?」

「まぁ、半分はな」

「もう半分は?」

「俺がしたかったからだ」

「もう……!」


互いの顔は見えないはずだが、頬から伝わる体温が2人が今赤面していることを如実に示していた。


「でも、ライヤにとってもご褒美よね?」

「?」

「ほら、柔らかいものが当たってさ?」


ライヤとて意識していないわけがない。


「そういうのやめろって……」

「なんで? ライヤにならめちゃくちゃにされてもいいのに」


よりギュッと近づくアンの双丘がライヤの胸板でふんにゅりと形を変える。


「……深夜に訪ねてきてそれは完全に痴女のそれだぞ」

「何よ! ハグしようっていったのはライヤじゃない!」

「そんな意味で言ってないわ! やってみてからそりゃ意識したけど……」


悲しいかな、意識していないわけがないのが男の性。

その負い目で言葉尻がしぼむライヤ。

完全にイニシアティブはアンにある。


「ちょっとでも悪いと思ってるなら、今度いう事を一つ聞きなさい?」

「やだ」

「!?」


まさか断られると思っていなかったアンは驚きのあまりバッと離れる。


「付き合ってるんだからそういう取引みたいなのは、なんか嫌だ」

「~~……! そういうところは可愛いわね!」


深夜ながら、密度の濃い時間を過ごした2人であった。





「先生、寝不足ですか?」

「ちょっとな……」

「なら、危ないので帰ってください。フィオナ先輩だけで十分です」

「いや、このくらいなら何の問題もないんだが……」


ライヤは久しぶりにクラブに顔を出したが、当然のようにフィオナもいた。

そしてイリーナにいらない子扱いされる。

というか、実はライヤが顔を出す時しかフィオナは来ていないらしい。

ほぼ気まぐれで顔を出しているライヤの行動をどう把握しているのかについては、背筋が凍る。

考えをよまれているのか、尾行されているのか。

なんにせよ碌なものじゃない。


「先生」

「はいはい、何でしょうライヤ先生?」

「対人戦は練習しないのですか?」


遂にライヤは思っていたことを顧問にぶつけた。


「魔術クラブといえば、一対一の対人戦を磨くクラブであったと記憶しています」

「昔はそうだったらしいですがね。僕はこう思うわけです。『何もみながそれを練習する必要はないのでは』と」

「……」

「学園を出たものがみな戦争に出るわけでもありません。それなら、日常の範囲で用いる魔法を練習しても良いのでは、と思うのですよ」

「……なるほど」





「先輩、どう思いました?」

「あれはやってますね」


寮への帰り道。

仕事モードのフィオナと言葉を交わす。


「皆が練習しないでいいという理屈はわかりますけど、それなら最初から魔術クラブになんて入らないでしょう」

「ライヤに言われて意識していましたから弾けましたけど、あの人の言葉、魔力がこもっていました。どこまでの効果があるのかはわかりませんが……」


世の中には特殊な魔法を用いることのできる人間もいる。

顧問はそれに当てはまるのだろう。

声に魔力を乗せることが出来るのか。


「それにしても、目的はなんだろうな……?」

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