海へ
「海よ!」
完璧なスタイルのその肢体を惜しげもなくさらし、白の光沢のあるビキニを身に纏ったアンは腰に手を置いて海を見渡す。
「テンション高っ……」
「ライヤ! ほら、遊ぶわよ!」
「へい……」
夏休み4日目にしてハイテンションなアンとローテンションなライヤ。
相反する2人が海でバカンスを楽しんでいる(?)のには理由があった。
話は夏休み1日目へと遡る……。
「ライヤ! 海に行くわよ!」
「ほんっとにお願いだから一日くらいは寝かせてくれ……!」
休みの日の使い方には2パターンある。
本当の意味で休むか、遊びに費やすかである。
個人によってこの選択は大きく分かれるだろうが、ライヤは前者でアンは後者である。
「夏休みは遊ぶものでしょ?」
「それは否定しない……! 否定しないから今日だけは寝かせてくれ……!」
テスト期間の激務+テスト作成における嫌がらせによって寝不足が続いていたライヤには休息が必要であった。
単純に生物として。
「今日出発しないと3日後に着けないじゃない」
「わかった。先に行っててくれ。後から追い付く……」
「ライヤがそれを言って来なかったの忘れないんだからね!?」
「いや、あの時はあんまり飛行も上手くなかったし……。今なら追い付けると思うから……」
「絶対にダメ!」
未練気に布団を掴んで離さないライヤを布団から引っぺがしながら無慈悲にもアンは言葉を続ける。
「そんなに寝たいなら馬車の中で寝ればいいじゃない」
「馬車での寝心地がこの布団に勝ると思っているのか!?」
迫真の叫びである。
布団というものを使用しているのはライヤのみであり、ベッド文化である王国の王女であるアンにもそのクオリティは認めざるを得ないものである。
ライヤが並々ならぬ情熱を注いでフィオナに特注し、フィオナもフィオナでライヤの衣食住を支配することを目標にしているのでかなりの心血を注いだ特注品である。
ベッドで最上級のものを使っているのが王様であれば、布団で最上級のものを使っているのはライヤである。
「わかったわ」
「そうか……!」
「布団を馬車に持ち込むのを許可するわ」
「そういうことじゃない!」
馬車に載せて行ったところでさしもの最高級布団も衝撃を和らげられるわけではない。
日本における車のようにサスペンションがしっかりしているわけもなく。
王城周りの城塞から出ていくことになるので街道が整備されているわけでもない。
基本的に移動中に睡眠をとるなど考えられない環境なのだ。
「夜に外にひけばいいじゃない」
「
「なら置いていきなさい! 行くわよ!」
「いやだぁー!!」
結局ライヤはアンに抱えられて家の前に用意されていた馬車に放り込まれることとなった。
「それで、誰の入れ知恵だ?」
「え?」
馬車に揺られて1時間ほど。
そろそろ城壁も見えなくなるほどに王都から離れた馬車の中でそれまで拗ねていたライヤが話し始める。
「海が苦手なアンがふと思いつくわけないだろ」
「苦手じゃないわよ!」
「泳げないじゃん」
「もう泳げるわよ!」
「波無しで25メートルだけ泳げるのを泳げるとは言わん」
何を隠そう、このアン。
ライヤに学園で泳げないのがバレて特訓されるまで全く泳げなかったのである。
もちろん水泳の授業もあるのだが、魔法を使ってさも泳いでいるかのように見せかけることで乗り切ってきていたのだ。
もちろん教師にはバレていたのだが、アンの無言の圧に負けて指摘することが出来なかったのだ。
そして特訓されてもプールで25メートルがやっと。
そんな人間が海に行こうだなんて考えるはずがない。
「いいじゃない! 泳げなくても海に行くくらい!」
「そりゃいいさ。代名詞だもんな。ただ、アン発案じゃないだろ?」
ぐぬぬ……、と謎に粘ってからアンは白状した。
「お母様が、『ライヤ君と海なんてどう?』って……」
そんな隠すもんじゃなかった。
「公務は?」
「終わらせるか投げてきたわ」
「どのくらいの割合で?」
「……」
絶対9割放ってきたなこいつ。
「それで王家がいいって言うならいいけどな。俺のせいにだけはするなよ?」
「……なによ! そんなに私と海に行くのが嫌なの!?」
遂に怒ってしまったアンに手のひらをくるりと返したライヤは優しく頭を撫でる。
「逆だよ。アンと一緒に心置きなく海を楽しみたいからこうやって聞いてるんだ」
「ライヤ……!」
ちょろいアンは感極まってトロンとした顔をライヤに向ける。
その淡い綺麗な唇にライヤはチョンと触れる。
「ここは人目があるから、また後でね?」
「きゅうぅ……」
小動物のような声を上げてアンが倒れる。
ライヤのアンへの扱いも板についたものだ。
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