体育祭当日 8:30
「ライヤ様」
「確か、戦争の時にいた……?」
「ミランダと申します。どうぞお見知りおきを」
戦争の時に協力してくれた部隊にいた女性が同じ高さまで上がってきていた。
どういうことかと隊長に視線を飛ばすが、どうやら下の混雑を治めるので忙しいらしく、こちらに気づくことはない。
「あなたは下で仕事しなくていいのですか?」
「敬語などやめてください」
「いや、でも、あの時点で軍にいたという事は確実に私より年上ですし……」
「いえ、軍での立場に年は関係ありませんから」
「だから、軍には所属していないと……」
「しかし、学園の先生が戦争時に仕官する際には相応の地位を得るでしょう。その際にライヤ様が私より下の立場になることなどあり得ません。よって、上官です」
「えぇ……」
なんだこの融通の利かなさは。
「そして先ほどの質問ですが、隊長からライヤ様の補助を行うようにと命令を受けておりますので、ライヤ様の命令待ちになります」
「なぜこのタイミングで?」
「8時半からが命令された時間ですので」
あー、これあれだ。
有能なんだけど使いにくいタイプの人間だ。
あの部隊に組み込まれているし、その若さからしても相当に優秀なのだろう。
「ちなみに年を聞いても?」
「22歳です」
やはり若い。
B
それを大幅に前倒しているという事は持っている力の裏付けに他ならない。
が、性格的に部隊として扱うよりは柔軟に命令を変更できる個人としての利用価値が高いということだろう。
それで、その実験台にライヤが選ばれたのか。
「はぁ………」
ため息を一つ、気持ちを切り替える。
黒髪黒目でメガネをかけているミランダは図書館の司書であると言われた方が納得のいく姿をしているが軍服がそのイメージの邪魔をする。
美人は美人なのだが、その無表情さから冷たいイメージを抱かせる。
珍しく、ちょうど日本人のような姿だ。
「じゃあ、これから上官として接するぞ。これからここを離れられない俺の代わりに調査を頼みたい。だが、一般人の中に紛れるにはその恰好は不適切だ」
警官の制服を着ている奴がいる前で変なことをする奴はいない。
特殊なやつを除けば。
「だから、着替えてきてもらいたいんだが……。そうだな……。 !? 待て待て!」
何分後までに再集合と時間を決めようと少し言葉を切った間に目の前でぷちぷちと軍服のボタンをはずし始めたミランダに、「あ、なにか中に来てるんだ。それはラッキーだな」とか思っている間に下着が見えたのでボタンを外す手を押さえつける。
小ぶりだが形のいい胸が見えた気がするが、気のせいだろう。
「……?」
「? じゃねーよ! こんな大衆の前で脱ぎ始めるとかなに考えてるんだ!」
「ここにはあまり人もいませんし、命令を早く遂行するためにはこれが……」
「脱いだところで着替えはどこにあんだよ!」
「あ……」
しかもしっかりしているようん見えてポンコツときた。
てんこ盛りだな。
「とにかく、私服でいいから溶け込めるような服に着替えてきてくれ。20分で足りるか?」
「了解しました」
ピシッと敬礼するミランダだが、押さえている手が取れてまたはだけるのが何とも間抜けである。
「戻りました」
「お、早いな……」
戻ってきたミランダはまた綺麗な敬礼をしていたが、格好は小綺麗な落ち着いた色のワンピース。
一目でブランド物とわかる小さなバッグを肩にかけている。
「それ、私服?」
「はい」
これを私服として日常的に着ているとなるとちょっとミランダの身分に対する疑念が高まるが……。
これは知ってしまったら駄目なやつじゃないだろうか。
知らないままでいた方がいいこともあるだろう。
「ライヤ様?」
「……よし、あの辺りに人の流れがおかしいところがあるのわかるか?」
「……あぁ、人の流れが曲がっている部分がありますね」
「そこだ。あそこに店は開いてないはずなのにあそこで人の流れが止まるのはおかしくないか? 体育祭に直接関係することかはわからないが、多少調べていても損はないだろうと思うが、どうだ?」
「私には何とも。命令を遂行するだけですので」
徹底してんのな。
「じゃあ、あそこのあたりで人の流れがおかしい理由を調べてきてくれ。自分のみが危なくなりそうなら無理をするな。軍の兵が危険に晒されるような状況自体がおかしいからな。もっと人員を割くべきだということだ」
「了解です」
ヒールをかつかつと鳴らして歩いていくミランダを見送る。
歩き方に不自然なところはないし、明らかにヒールも履きなれている。
B
大きな商家の娘でぎりぎりどうかというところではないだろうか。
面倒ごとがまた一つ。
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