日常に戻ろう
「先生、アン王女の専属教師になったってことは学園をやめるのか!?」
「いや、そのつもりはないよ。アンも公務やらなんやかんやあるし、いつでも教えられるってわけでもないし」
そもそも俺がアンに教えられることなんてもう限られてるし。
ライヤの胸中は複雑であった。
学園再開からゲイルに自分の進退を気にしてもらえたことは嬉しかったのだが、それだけその話が知れ渡っているというわけである。
ライヤとアンの関係はそれまで散々邪推されてきたものだったが、遂に公に関係性が周知されたのである。
一国の王女が、異性である平民を専属教師にする。
どこをとっても話題に事欠かない。
「おはようございます」
「おはようございます!」
「……」
ウィルがティムとエウレアを連れて教室に入ってきた。
ん?
そういえば……。
「エウレア、お前どこ行ってたんだ?」
確か、事件の時にアンを追っていったはずだったんだけど……。
それを聞くとエウレアは桜色の唇に人差し指を立て、シーという仕草をする。
危ない。
男子にときめいてしまった。
俺にその趣味はないはずだ。
だが、何をしていたのかは気になる。
あとで聞かなきゃな。
「先生、お姉さまの専属教師になられたとか。おめでとうございます」
「あぁ、めでたいかどうかは知らんが」
俺の意図するところではないが、これだけ話が広まるという事は話題性に富んでいるという事だろう。
俺が有名であればあるほど、貴族たちは簡単に手を出せなくなる。
理屈はわかってるんだけどなぁ……。
「何かご不満でも? 良ければアン姉さまの専属教師から私の専属教師になってみては?」
「王女を乗り換えたクソ野郎だって事態が悪化するだけだよ」
どんな汚名だよ。
「うふふ、残念です」
艶やかに笑うウィル。
本当にこいつ9歳か……?
「先生、この度は……」
「あぁ、気にするなティム」
「しかし、僕は護衛として」
「そう、そこだ。護衛として失格だとか言ってるんだろうが、お前の主のウィルはどう言ってるよ」
「気にしていませんよ。彼らはかなりの手練れでした。むしろティムとエウレアに大事が無くて良かったです」
「な? 主に怒られたんだったらまぁ気にしなきゃかもしれんが、先生に気を遣う必要はない。なぜなら、先生なんだから」
生徒を守るのも職務の一環だ。
「……無事で、良かったです……」
「俺はほとんど何もしてないけどな」
主犯格と戦ったのはアンだし、脱出もウィルが自力で行ってた。
つくづく、力のある姉妹だ。
「それでは、今日の授業を始めるか」
平凡な一日が、始まる。
「ごきげんよう」
「……また来たのか
「えぇ、何度でも来ますよ。勝ちたいですから」
「あんなことがあったのに、ご苦労なことだな」
今日も今日とてF
攫われたのがF
もちろん、ここに来ているところを狙われたのであろうが、それと生徒たちは何の関係もないのだ。
「何度来たって協力はしない。他を当たるんだな」
「では他の方の説得から始めるとしましょうか」
「……! 他の奴がどうなったって、俺は協力しないからな!」
そう言ってF
どうやら貴族や王族に対するマイナスな感情があるようだが、ウィルにはその内容を推し量ることは出来ない。
「あいつ、ウィル様に何度も何度も……!」
「良いのです。公の場では別ですが、学園にいる間はどちらも一生徒なのですから。彼にも彼の考えがあるのです。私たちはあくまで協力を頼んでいるのですから、命令ではないのです」
「あ、あの、ウィル王女様……」
「はい、なんでしょう?」
おや、あのやたら反抗的な彼とよく一緒にいる女の子ではないですか。
「あの、この前は、すみませんでした……!」
「? 何のことです?」
「だって、この前、何も出来なかったから……」
「あの状況で動ける1年生なんていませんよ。むしろ、無理をしなくて良かったです」
ウィルは王女スマイルで返す。
「あ、あの、彼は悪い人じゃないんです。ちょっと、貴族とかに良い思い出がないというか……」
「えぇ、わかっています。良からぬことをしている貴族がいるのも承知しています。悪いイメージを持っていてもおかしくありません。願わくば、学園でそのイメージが払しょくされることを願っていますが、まだ1年生ですから。特別急ぐことはありません」
ウィルの大人な対応に目を輝かせる女の子。
「私、マオと申します!」
「はい、マオさんですね。体育祭、頑張りましょうね?」
「あの……?」
「?」
もじもじするマオに怪訝な顔をするウィル。
「お、お姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか!?」
「はい!?」
末っ子であるウィルに妹(?)が出来た謎の瞬間であった。
ちなみに、誕生日はマオの方が先である。
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