2分の1
「あれか、あれか……?」
ライヤは上空から2つの馬車に目をつける。
貴族街だけあって馬車は通っているが、そもそも貴族は外に出る生き物ではないのでその数は少ない。
そして、貴族の乗る馬車がスピードを出すこともない。
なぜなら、その必要がないからだ。
間に合わないようなスケジュール作りを使用人たちがするわけがない。
仮に主人の意向でそうなっているのであれば、それこそ急ぐ理由もない。
よって快適さを最優先した速度での移動となっているのだ。
そして、その例に漏れている馬車が2つあった。
恐らくだが、異常に速いこの2つのどちらかに乗っているのではないか。
もちろん、それ以上に速く去られていたらどうしようもなくなるのだが。
「さて」
普段なら迷わずどちらかに向かうのだが、今までその通りに選んできて外した試ししかないので少し逡巡する。
「いや、早くしなきゃ」
少なくとも見失わないうちにどちらかを追う必要があるのは確かなのだから。
「じゃあ、こっち。と思った逆にいくか」
直感でこっちだと思った方の逆へと向かう。
馬車の前に降り立ち、無礼を承知で止める。
「どうかされました?」
「失礼します。アジャイブ魔術学校のものです。現在、学園で事件が発生しておりまして、少しだけ馬車の中を改めてもよろしいでしょうか」
「しかし、急いでおりまして……」
「いいわ。その人は学園の先生よ。見たことがあるもの」
「しかし、お嬢様……」
馬車の中から女の子の声が聞こえてきた時点でこの馬車がほぼ白なのがわかった。
だがここで勘違いでしたと帰るわけにもいかない。
「さぁ、先生? 馬車の中の方を確認なさっては?」
馬車の扉を開けてくれたのはパッと見15,6歳の黒ローブの少女だった。
黒ローブという事は学校の生徒なのだろうが、15,6歳だと5年か6年だ。
関わりなんてない。
「……失礼します」
中に入り、風魔法で不自然な風の流れがないかを確認する。
どうやらこの少女1人のためだけの馬車だったらしく、学園の鞄がのっているだけだ。
「満足されました?」
「大変失礼を……」
「いえいえ、何か急がれていたのでしょう?」
そう言って黒髪の少女はふわりと笑う。
「また今度先生とお話しする機会を戴けませんか?」
「そんなことでよければよろこんで」
「では、早く行かれた方が良いのでは?」
「恩に着ます……」
ライヤは明らかに後々面倒なことになるとわかっていながらも一礼して飛び去るほかないのであった。
「ふふ、こんなことで
「そ、そうでした! お嬢様、早く馬車に!」
慌てる御者とは対照的に穏やかに笑う少女の姿がそこにはあったという。
「いつもこうだ! くそがっ!」
いつも2分の1を外すから今回は直感の逆だと思ったらそっちが間違いだ。
やってられん。
絶望的に択一のセンスがないのだろう。
「見失った、が」
最後に件の馬車を見た場所に降りて轍を確認する。
普段通りに穏やかに走っている馬車と違い、土煙を上げるほどに急いでいた馬車は車輪の跡も残りやすいはずだ。
予想通り、轍がずれているものを見つける。
整備されていると言っても小石程度はどうしても存在するので特定の速さ以上で走ると車輪がはねて轍がずれるのだ。
つまり、この跡を追っていけばウィルに追い付ける可能性が高い。
「よし」
「ちょっと待ったぁー!」
また飛ぼうとライヤが足に力を込めた瞬間、後ろから腰のあたりに誰かが飛びついてきた。
「今日こそは追い付いたわよ!」
もちろん(?)、アンだったが。
「アン?」
「今回攫われてるのはウィルよ!? 私だけ手をこまねいているわけがないでしょう!」
今回一番大切なのはライヤの生徒が攫われたという事ではなく、王族であるウィルが攫われたという事実である。
如何に出遅れていたとはいえ、最大限、どれだけの人員を使ってでも捜査を進める必要があった。
そのおかげで多少のタイムロスがあったライヤに追い付くことが出来たのだ。
「それで! ウィルは!?」
「アンは待機してろ。俺が行くから」
「怒るわよ?」
アンの紅い瞳には強い意志が宿っていた。
ライヤにばかり無理はさせられないということか、妹であるウィルを大事に思う気持ちか、もしくはその両方か。
どれにせよ説得は無理だと判断したライヤはウィルの捜索を優先する。
「こっち側に来たってことは」
「えぇ、どこかの貴族が関係してるのでしょうね。想定内よ。そういうこともあるわ」
いかに安定している国家だからと言えども、不届きなことを考える輩は一定数はいる。
今回はその輩が学園からウィルを誘拐できるほどの力を持っていたというだけの話だ。
「行くぞ」
「えぇ」
ライヤはその魔力制御の緻密さ・静謐さで、アンは圧倒的な魔力とそれを抑え込む魔力制御でそれぞれ飛行する。
アンの後ろについてきていた軍の最精鋭でさえもついていくのがやっとである。
「時間的にはもうどこかの屋敷に入られていてもおかしくはない。となると、どうしても令状が必要になる。最悪の場合は俺だけでも……」
「私もよ」
「でも、立場が」
「あら、その時は一緒に亡命してくれるでしょ?」
いい笑顔でそんなことを言う第一王女にライヤは苦笑いを返す。
「全くもって、いい女だな、アンは」
「あら、今さら気づいたの?」
そんな話をしながらも、2人は轍を追っていくのだった。
「ぅ……」
ウィルが目を覚ますと、どこか知らない部屋であった。
気を失う前のことは覚えている。
覆面の部隊がF
自分を昏倒させたのだ。
その手際の良さから素人ではないことがわかるし、起きたこの部屋の調度品を見ても生半可な立場の人間の家でないことがわかる。
「お目覚めかね」
部屋を観察していたウィルはその声に振り返る。
「……お久しぶりですね」
「ほう、立場を理解して、なおその落ち着き。成長すればさぞ優秀であったに違いない」
そこに立っていたのは国の軍務を預かる大臣。
タット・ヘラルドであった。
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