戦争Ⅴ

「ついに……」

「来ちまったな……」


どうか遅くついてくれとどれだけ思ったことか。

しかし、王女という大将首を護衛する部隊が遅れを出すようなへっぽこなわけはなく。

それも相手国に進軍しているわけでもない、勝手知ったる自国の領土である。


勝手に戦争が終わってくれないかとも思ったが、どうやら相手さんも王女が前線に出てくるという情報をどこからか聞きつけたようで、大人しくしていたようである。

アンが行くのは士気上昇のためにかなり大々的に喧伝されてたし、それがなくとも国家の中枢の全てがクリーンなわけがないからどうせ漏れてただろうが。


しかし、ここで相手が待ったということは、こちらにとっては少し不都合だ。

来るタイミングがわかっているのであれば、アンが到着する前にそこを攻めて、自らの陣地とすることも考えられたはずだ。

それをすればその時点で講和したとしてもその部分の領土は手に入る。

それをしなかったという事はアンを殺害するなり、人質にとるなりして徹底的にやりますと。

戦略的勝利じゃ落ち着きませんよと宣言しているようなものだ。


到着は混乱を避けるために夜間。

国家間の最低限の取り決めとして夜間は戦闘をしないようにとなっているため、一番安全だからだ。

昔は火魔法や光魔法で戦場を煌々と照らし、戦闘することもあったようだが、あまりにもその魔法を使っている者を酷使しているという事で廃止された。

とはいえ、不意打ちも警戒せねばならないが。


「こんなところで戦ってるのね」

「こんなところだからこそだな」


この国境地点は山間部であり、連なる山々の尾根の部分が国境とされている。

実際にはそれぞれ山の麓までを管理しているらしいが、戦争となれば話は別だ。

山頂部、つまり上をとった方が有利なのはどんな戦いでも揺るがない。

基本的に重力ってもんが働いているし、魔法もその影響からは逃れられないからだ。

よって、山頂を争う戦いが起こるのは当然とも言える。


「夜間に仕掛けを作っとくことに関しては何の取り決めもない、でよかったですよね」

「そうね、でないと壊された自陣の守りも直せないことになっちゃうもの」


フィオナに確認を取ってからライヤはアンに向き直る。


「アン王女」

「な、なによ、改まって……」


いつもの適当な物言いのライヤとのギャップに困惑するアン。


「魔力制御に優れた兵を数名借りたい。この一晩でいいから」

「……わかったわ。見繕わせる」


責任者に話をつけようと天幕を出ようとするアン。

その入り口で振り返る。


「……死なないわよね?」

「悪いが、死ぬくらいなら地の果てまで逃げるね」

「ふふ、そうね。その時はちゃんと連れて行ってね?」


笑顔を見せて出ていったアンを尻目に、ライヤは呟く。


「あぁ、どこまででも逃げてやるよ」





「それで、なぜ集められたのですかね」


集められたのはBクラス以下の魔力制御に秀でた者たち。

ライヤの意見が少しでも通りやすいようにとのアンの配慮である。

しかし、ライヤよりは全員が年上であり、戦場での経験もある。

そう簡単に若造の意見を鵜呑みにするはずがない。


「まず、確認したいんですけど。ここ一帯では以前から原因不明の死がありましたよね?」

流石のライヤも敬語にはなる程度に熟練の隊長に話しかける。

話を聞いてくれる程度には温和だが、一つ芯が通っている。

そんな人を説得しなければならない。


「その通り」

「そして、その悉くが盆地地形ですよね」

「……そんな気もしますね」


原因不明なものをそういうものとして放っておくから進歩しない。

ある程度カテゴリで分けていけば原因を特定できずとも対処は出来るようになる。


「これは活火山部特有の有毒ガスによるものだと推測されます。根拠は、今までの亡くなった方の死体に外傷がなかったことと、ある程度の時間を盆地部分で過ごしていたこと。死因の第一候補に挙がっていた毒殺ですが、あまりにもその方々の生い立ちや職業、出身地、侵入経路などに一貫性がないため排除します」


ここまで言い切り、考える時間を与える。

活火山部で原因不明の死、となればまず疑うのは中毒死だ。

日本で2000年代になってからも度々中毒死する人がいるのだから、この世界ではそれ以上にいておかしくない。

特に、窪地に集中しているのがその何よりの証拠である。

しかし、この世界の人たちにそんな知識はない。


「ガスによる死であるならば、なぜ今我々は死なないのかですか。死んでもおかしくないような状況だと思いますけど?」

「この有毒ガスを俺の知識に基づいて硫化水素と呼ぶことにします。あくまで硫化水素による中毒死なので一定量吸わなければ体には影響ありません。しかし、この硫化水素は空気よりも重いという性質を持っているので盆地のような窪地に溜まりやすいのです。よって、その日の風が弱ければ窪地から外に拡散されることもなく、中毒死するのに十分な量を吸ってしまうことになります。断言までは出来ませんが、十中八九、亡くなった方たちがいた時の風は弱かったはずです」


この情報を信じてもらえなければ、計画の大幅な変更が必要になる。

だが、こんな眉唾話聞いてもらえてるだけでもかなり凄い。


「なるほど。それで、私たちには一体何が求められてるんですかね」

「! 信じてくれるのですか!」

「まぁ、半分は。ある程度筋も通ってますしね。ちなみにもう半分は王女からのお願いだからです。『口下手だから面倒だと思うけど、ちゃんと話を聞いてあげてから判断してあげて』とのね」


口下手は余計だ。


「それで、何を?」

「あ、そうです。皆さんには明日この地図の各地点でごく小規模で構わないので空気を対流させていて欲しいんです」


各班にそれぞれ対応する場所に目印がついた地図を配る。


「この地図は君が?」

「そうです。それでですね……」


細かく指示をしていくライヤの言葉を聞きながら、その場における隊長はライヤを信じてもいいだろうと感じていた。

なにせ各班に渡された地図は全てライヤの手書きだったのだ。

地形の特徴が事細かに書かれており、作戦中の潜伏場所の目星や、相手軍の進軍ルートの予想。

そして、万が一の際の撤退ルートが予備の分まで用意されていたのだ。

ここまでのことをして裏切るような真似をするリスクは低い。


なにより、あのアン王女が「最も信を置いている」とさえ発言した人物なのだ。

作戦会議が終わり、それぞれの天幕に帰っていく頃には集まっていた面々の不安は消えていた。

上官がしっかりしているなら、あとはその指示に従うのみである。

彼らは、れっきとした軍人であった。

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