先生側の準備

「まずいことになった」

「あら、先生が弱音を吐くなんて珍しいですね」


 ゲイルが学校に来るようになってから2週間弱。

 日本の暦で言えば5月中旬のことだ。


「授業参観がある」


 例年、一応形式上存在するだけのものだったのだ。

 なぜなら、Sクラスの親ともなれば貴族もしくは王族くらいしか存在せず、授業参観などに割く時間がなかったから。

 だが、今回は俺が注目を浴びてしまっている。

 前回のゲイルとの決闘で姿を見せたのはゲイルの親と、ウィルの親である国王夫妻だけ。

 そして、その決闘がかなり話題になったことで他の親御さんも今回は授業参観に来ようとしているらしいのだ。


「先生がしっかりしていると示すチャンスではないですか。何をそんなに嘆くことが?」

「じゃあウィル。聞くが、この授業を見て親御さんは納得するだろうか」


 手元に目を落とすウィル。

 この会話を聞きながらそれぞれ練習していた皆も、少し手を止めて考えているようだ。

 やっていることと言えば、縄をいかに効率悪く燃やせるかという授業。

 それも俺が説明することはもうないため、それぞれ質問された際にアドバイスしに行くというスタイルになっている。

 それ以外の時間は俺が色々な魔力制御した火を出していて、それの質問を受ける感じだ。


「まぁ、納得はしないでしょうね。うちは先生のことを知っているので別でしょうが……」


 そう、俺がサボっているようにしか見えないのである!

 今回は子供の様子を見に来るというよりも、子供に対する俺の様子を確かめにくる意味合いの方が大きいだろう。

 それに魔術学校の授業参観である以上、他の算数などの授業ではいけない。


「だろ? 何かしら成果が見えやすいような形にしなくてはならん」

「だけど、これが一番の近道なんだろ?」

「あぁ、俺はそう考えてる」


 この頃素直になったゲイルからもっともな意見がくるが、そういうわけにもいかない。

 何か、これ以外でためになりつつも親御さんへのアピールになるものを探さなくてはならない。


「先生はそういうことはしてこなかったのですか?」

「どういうことだ?」

「ほら、先生はBクラスだったわけじゃないですか。しかしお姉さまからSクラスにも一目置かれるどころか、編入すら話題に上がったほど認められていたと聞きました。そこまでとなると、何か先生の方でもアピールがあったんじゃないですか?」

「いやー、それがしてないんだよ。アンに絡まれた結果、そうなったというか……」

「なら、それを今回もすればいいのでは?」

「それだけはダメだ」


 ガッシリとウィルの肩を掴み、訴えるライヤに流石のウィルも動揺する。


「そ、そこまでですか?」

「なら、話してやろう。あれは俺が2年生の頃の話だ……」





「ライヤ・カサンですね?」

「……そうですが……」


 2年生も中盤に差しかかろうかという頃。

 図書館で自分の知らない魔法の知識を得ようと勉強していた俺はアンに声をかけられた。

 唯一の救いは、アンが周りに子分どもを引き連れるようなタイプではなかったという事か。

 したがって、1対1での初邂逅となった。


「君、いつもテストで満点ですね。何か、コツなどがあるのですか?」


 一国の王女であるアンが他人に興味を示すなど、普通であれば考えられないことであった。

 特に、アンは長子として責任感が強く、同じSクラスとですらあまり話していなかったらしいから、どれだけ異常な事なのかがわかるだろう。

 後から本人に聞いたことではあるが。


「いえ、俺はただ自分がこうすれば覚えられるという方法を知っているだけで、特別なことなどは……」


 こう言っている間にもライヤは考える。

 一体目の前のこいつは誰なのだろうと。

 この学校では他のクラスとの関わりがないため知り合いは増えない。

 厳密に言えば、唯一学年が集まる入学式で新入生代表としてアンは前に立っていたので姿は見ているのだが、1年以上も前の事なので覚えていなかったのだ。


 ただ、なんとなく偉そうな態度と、順位を気にしているような素振りからライヤは目の前の少女がSクラスなのだろうと推測する。


 そこまでは正解だったのだが、この後の選択をライヤは間違えたのだ。


「興味を持っていただいて恐縮ですが、俺にはあなたに有益な情報を提供することが出来ないと思います。失礼します」


 自分より身分が高い人間と関わると碌なことがないと感じていたライヤは、その場を去るという動きをしてしまった。

 そしてそれはアンにとって人生で初めて、邪険にされたという印象を与えたのだ。


「お待ちなさい」


 その声の圧に、ライヤは自らが失態を犯したと察する。

 ライヤが本当に10歳の子供であればそうはならなかったのであろうが、なにせ転生者。

 年を取っているので面倒だという意識が勝ってしまったのだ。


「……なんでしょう」


 恐る恐る振り返ったライヤに、アンは王女スマイルでこう言うのだった。


「決闘を申し込みます」





 カーン。

 ここまで話したところで授業終了の鐘が鳴る。


「お、ちょうどいいな。ここまでにしとくか」

「「えぇー!!」」


 もはや練習など放り出して聞き入っていた皆は今までにない大きな声をあげる。

 いつもそれくらい元気でいろよ。


「先生! 続きは!?」

「ま、当分先だな」


 結局授業参観をどうするかは解決しなかったし。

 残り1週間くらいしかないのにこれはかなりまずい。


「何か解決策を持ってきてくれたら話せるようになるだろうな」


 当分は頭を悩ませることになるだろう。





「Sクラスの授業参観はどんな感じだったんだ? 誰かの親が来た時とかなかったのか?」

「あったはあった気はするけれど……。私との婚約を目論む親の1回きりだった気がするわ」

「これ以上に役に立たない話ないな……」


 そいつも長子であるアンとの結婚を目論むとか、かなり肝が据わってんな。

 女性だから後継者問題に絡みにくいとはいえ、凄いな。


「逆に、Bクラスはどうだったの?」

「うちは商人がメインだったから、かなり人は来てたぞ。魔法を学ぶというのが珍しいから、基礎的な部分の話でも十分だったしな」


 今のライヤ達の親世代はまだ魔法が浸透していない。

 Aクラス以上ならともかく、魔法というものを学問として学ぶのは相当に珍しかったのだ。


「だから、今回は役に立たないな」


 魔法を既に習得している人達に満足が行くように示す。

 それも、独自の方法が役に立つと証明しながら。

 難問である。

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