3-7.オドロキッ! スピリチュアルアイドル
放課後。普段は神社にまっすぐ行ってる、という以前の蘭ちゃんの言葉を頼りに、寄り道もせず神社に向かった。ていうか、帰宅ってことになるのか。
なーんか懐かしくて安心する、この雰囲気。まるでアタシの実家みたい。
「ただいまー!」
「おかえりなさい蘭太さん。さっそくですが、今日はお掃除のお手伝いをしていただいてもよろしいですか?」
「はーいっ任せてください!」
神社は神様が鎮座する聖域だからね、毎日お掃除しないと!
って、蘭ちゃんがお掃除に気合を入れてるって言ってた。蘭ちゃんは掃除や料理とか家事が好きみたいで、やってると生きてる感じがするんだって。
確かにキレイにするとうれしい気持ちになるよね、でもなんだろう、『うれしい』は『うれしい』でも、アタシにはちょっと違うような……
ピンポーン、とインターホンが鳴る。お客さん? ご祈祷の予約かな。
普段は神主さんが社務所にいて、そこで受け付けるんだけど今のように掃除の準備とかで社務所を離れてる時があるから、その時はカウンターに『家の玄関のインターホンでお呼びください』って書置きを飾ってるんだよね。
だからそれを読んであそこに来たのかも。あっ、足音がする。知子さんが対応するみたい。
「はぁーい」
「こんにちは、こちらに川中先輩はいらっしゃいますか?」
「あら、蘭太さんのお友達?
あの子なら部屋の奥にいるわよ、ちょっと呼んで……」
「少々お話が長くなりそうなのでおじゃましてもよろしいでしょうか? こちら、心ばかりのものですが」
「あらまぁ、そうなの? ええ、上がっていいけれど……
まぁまぁお土産まで……紅芋タルト?」
「先日お仕事で沖縄に向かいましたので……」
「仕事!? あなたまだ中学生よね!?」
え、なに、なんかアタシの部屋に来るみたいなんだけど!?
トントン、とふすまをノックする音が目の前から聞こえる。
だれ……? アタシ、誰とも家に招待する約束なんてしてないよ?
知ってる人かな……まぁ着替え終わったし、話すだけ話してみよう。
小さくふすまを開けて、ノックした人をのぞいてみる。
「失礼します」
「わっ!? ……巣立叶くん?」
今朝会ったばっかりの人気アイドル! ななな、なんでアタシの家に!?
「突然おじゃましてすみません。
今朝お会いしたのですが、覚えてませんか?」
「そりゃもちろん、だって朝の番組でネコがどうとか言った後にそのネコに会って……」
「見てくださったのですね、ありがとうございます。ですが今回こうしておじゃました理由に、そのことは一切関係ありません。
気がかりなものが、あなたに見えたもので……」
「……気がかりなもの?」
アタシの体に何かついてたのかな。
肩をはたいても、背中を確認しても、頭に触ってもそれらしきものは見つからない。
なに? からかいに来たの? そりゃ今のアタシはちょっとフツーじゃない感じだけどさ……
でもそれが目に見えるってことはないじゃん。人格は外からじゃ見えないはずだよ?
……巣立くん……蘭ちゃん、前にこの子のこと話してなかったっけ?
けどお互い話しかけたことはほぼなし。学年も違うから接点もない。
もしや初めて会話したの、今朝じゃないの?
じゃあなおさら、そんな大物がアタシのところに来た理由ってなんなの? 人気アイドルともいえる人が一般人のアタシのところに来るのに冷やかしなんて考えられないよ?
「……あなたは『川中蘭太』さんではありませんね」
一瞬、言葉が詰まった。
どう言い返そうか悩んだらバレる。とっさに言葉を返して笑顔を取り繕った。
「なに言ってんの、ボクは『川中蘭太』だよ?」
「……違います。あなたは、『川中蘭太』さんの目をしていない」
「どうしてそんなことが言えるの? ボクとキミは会って間もないだろ?」
「はい、その通りです。拙者は、先ほどあなたの名前が『川中蘭太』さんであることを知りました。
クラスも学年も違います、拙者はアイドル活動を行っているので、学校を休むこともあります。
それでも……あなたはまるで、誰かにとりつかれているように見えるのです」
「やだなぁ、ボクはボクだよ。
ボク”も”、『川中蘭太』だよ」
「も……
……その中に、もう一人、『いる』んですね」
しまった……! うっかり口が滑っちゃった!
「ちがう、とりついてなんてないっ! ボク、いやアタシも『蘭ちゃん』のうちだよ! アタシは『蘭ちゃん』から作られた! だからアタシだって『蘭ちゃん』だ!」
「蘭ちゃん……あなたは彼をそう呼んでいるのですね」
「彼! 違う、蘭ちゃんは蘭ちゃん!
かわいいものが大好きな14歳の女の子だよ!! それを笑う人たちがいて、蘭ちゃんの好きなもの、ふるまい、親切を『おかしい』と決めつけてあの子を殻に閉じ込めた! 蘭ちゃんが何を好きになったってアイツらには関係ないでしょ!? 蘭ちゃんにもいいトコがいっぱいあるのに! 聞いてほしい話がたくさんあるのに!」
「……ずっとひとりぼっち、だったんですね」
「一人じゃない! アタシがいる! アタシだって蘭ちゃんがいる!」
「ええ、今はそうですが……
あなたが『蘭太さんの体に入る前』までの話です」
「……入る……?」
違う、アタシは蘭ちゃんが願って生まれた存在だ。
入ったんじゃない、『作られた』んだよ。
「二重人格には主に二種類あります。一つは霊魂を自分の体に取り込めた『憑依』タイプ、もう一つは精神的要因により生まれた『錬成』タイプです。
もし後者の場合でしたら、僕の目にはあなたは『一般的な人』と変わらない映り方をします。性格や仕草、特技などが変わっても、魂が形を変えただけで元は一つの存在ですので。
ですが……今のあなたは他の人とは異なる状態にあります」
そんなの心当たりがありすぎて、逆にどれなのか分からない。
男の体なのに心が女の子なこと? 本当の蘭ちゃんが意識の奥底に眠ってること?
そもそも、アンタの目に何が見えるの? アタシがどう映ってるって?
「……見えるんです。人には見えない、魂……人の『思い』が形になったもの……
拙者の家系は代々、その『目』を持っており、人によっては霊媒、交霊、除霊などの仕事をしました」
そんな、だって彼の目は他の人とは変わらない色をしている。
なのにハッタリ……とは思えない。
「人間が眠りについて夢を見るのは、潜在的な欲求があり、それが可視化されるからです。
蘭太さんの求めるものが、あなただったんですよね」
ええ、その通り。蘭ちゃんが孤独に押しつぶされそうになったから、アタシが生まれたんだよ。
……あれっ、なんで生まれる前の自分のこと知ってるんだっけ……?
「魂とは、一人の体につき一つ入る決まりになっています。自転車も、基本的に一人乗りですよね。
ですが、たまに体は一つしかないのに『魂が二人分』入っている例があります。生まれつきではまずありえません。双子はかならず、二つの体でそれぞれ一つずつの魂を持って生まれます。
あるとしたら……迷い込んだ魂がその体にとりつく。つまり、『憑依』です」
憑依、という言葉が、悪い意味が込められてるように聞こえる。
なんだろう、この胸がざわつくような感覚。
叶くんの目に見えてるアタシって、もしかして悪いものなの……?
「……自転車は、二人乗りしたら、危ないですよね」
そうだね……少女マンガとかじゃよく見かける光景だけど、実際はバランスが崩れて転んじゃう可能性があるから、法律で禁止してるんだっけ。
「特に運転手の調子がよくないと、事故が起きやすいです。
運転手……あなたの場合は意識の奥底に閉じこもっている蘭太さんが……今、とても危険な状態です」
「危険な……!?」
「はっきりと言いましょう。
……このままでは、『本当の蘭太さん』が、死んでしまいます」
「えっ……」
あまりにもキレイでまっすぐな背筋で正座をするから、深刻な顔つきにかげりが増している。
……死ぬ? 蘭ちゃんが?
「いま、『本当の蘭太さん』は過度のストレスに耐えきれず、別の場所に逃げています」
きっと夢の世界のことだ。
だってあそこしか、あの子があの子らしくいられる場所がないんだよ?
あそこだけが蘭ちゃんの居場所だ。アタシの前だけあの子は笑えるんだ。
「ですが、心が不安定なままだと、心で作られたその場所もリンクして、安らぎを求めているのに崩壊に近い環境へと変わりだします。落ち着ける場所じゃないとさらにストレスが溜まります」
そういえば蘭ちゃんが消える前に花畑が枯れだした。あれは蘭ちゃんがつらい気持ちになったから、お花も育つ環境が不安定になって咲けなくなったんだ……
ストレスがたまりすぎたら体もおかしくなる。胃の痛み、髪の毛の抜けよりも深刻で、命に関わる……
「今はあなたが蘭太さんの体を操っているようですが、蘭太さんは今……意識の深いところにいます。出たくない代わりに、あなたを表の意識に上げさせた……」
「……いくら呼んでも、出てこないんだ……
アタシと蘭ちゃんは夢の中でしか会えなかった。いつもなら、起きる時間になると蘭ちゃんの意識が引き戻されるはずなんだけど、今回だけおかしくて……」
「それ以前におかしなことは起きましたか?」
「うんっ……蘭ちゃんのママが、警察に捕まっちゃって……
その直後にあそこに来た蘭ちゃん、どこかおかしかったの。いつも以上に夢に夢中になって、まるで現実に戻りたくない感じだった……
つまり蘭ちゃんはもう、現実を見限ったんだ……」
「……なるほど。
話を戻すと、僕にはあなたが、魂が二つ体内に込められているように見えます。それは、蘭太さんの体にあなたの魂がおじゃましたからです」
「おじゃま、って……アタシは蘭ちゃんの強い願いで生まれたんじゃないの?」
「いいえ……あなたの魂は、人間のものとは違うオーラを感じます。
元々は人間じゃない、のでは? 蘭太さんの体におじゃまする以前の記憶はありませんか?」
蘭ちゃんと友達になる前の記憶……
記憶の糸をたぐるように思い出してみる。
一番先に思い浮かんだのは……お賽銭箱とガラガラ慣らす鈴とヒモ。いや、寿泉神社だ。
神社に来た、一組の夫婦、そして一人の男の人。神主さんに……
……蘭ちゃんの、ママとパパ……! ママのお腹、大きい。あの中に蘭ちゃんがいるんだ。
「15年ほど前のことですね。一番古い記憶がそれですか?」
……うん。それ以前のことは覚えてない。
まるで神社で生まれたような感じだ。
「あなたには……拙者が触れてはいけないような強い力を感じます。
蘭太さんとは生まれる前から知ってたんですね」
「まさか……最初に蘭ちゃんに会ったのは、あの子が小学生の時のはずだよ。それまでのアタシが何をしてたかとか頭にないって」
「ふむ……やはり、夢の中で会いました?」
「そうそう、ぐすぐす泣きながら眠ってたから『グンナイ☆』って声かけたの!」
「Good night……ふふっ、蘭太さんの意識はすでに眠っているのに、『おやすみなさい』ですか……洒落がきいてますね」
「笑うトコじゃないよっ!
……でもたしかに、笑ってほしかった……現実の蘭ちゃんも同じように一人で泣いてたから、アタシが励まそうって蘭ちゃんのもとに来た。
アタシは……生まれる前から蘭ちゃんのことを見てた。そして、誰よりもあの子が女の子だってわかってた……
……アタシは……」
「ええ……拙者もピンときました。
あなたは、蘭太さんが作り出した人格ではありません……
神社が奉っている神霊……神様の、子どもです」
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