第71話
「ふーん、そっか。結ってピアニストになるの?」
私は前から気になっていた事を聞いた。結は真面目にピアノに昔から取り組んでいる。それは確かだから前に言っていた趣味ではないんだろう。
「うーん、たぶん?ピアニストになれって言われてたみたいだし結の事だからなるんじゃないかな?結は昔から一生懸命頑張ってるからコンクールじゃいつも優勝してたし。……でも、琴美はあんまり賛成じゃない」
「どうして?」
琴美は暗い顔をした。結と一番仲が良い琴美が賛成しない理由が私には分からない。あんなに楽しそうにピアノを弾くのになぜだろう。
「結が可哀想なんだもん」
「どこが?楽しそうにピアノ弾いてるじゃん」
「それはそうだけど、コンクールとかになると違うんだよ。結は楽しむために弾いてない。結はママに……認められたいんだと思うんだけど、何か苦しそうでいつも凄くピリピリしてるの」
「あんなに上手なのに?」
結がそんな風にしているのを見た事がない私には初耳で驚きと疑いしかなかった。でも琴美がこんな顔をして言うなら合っているんだろう。琴美の顔色は変わらない。
「うん。結は上手いけど結のママはいつも結を怒るから……何か琴美見てられないの。結が優勝してもいつも結は怒られてて昔はよく泣いてたから可哀想だった。琴美はいっぱい誉めてあげたけど結は私はまだまだだって。……何で結のママはあんなに結を怒るんだろう」
「……分かんないけど、結のお母さんはピアニストだからなんじゃない?」
「それでも優勝してるんだから少しくらい誉めても良いのに、一回も誉めてるとこ見た事ないよ?たまに結をぶったりするし。それなのに結はまたコンクールに出るみたいで……琴美何かやだ……」
琴美はそのまま下を向いてしまった。結がピアノについて詳しく話さなかったのはお母さんが影響していたみたいで、結の中では触れられたくない事のようだ。
結は真面目に取り組んでいるけどずっと認められずにいるからピアノが楽しくなくて悩んでいるのかもしれない。私はピアノに関して素人だからよく分からないけど、結の中でピアノは上手くないから普通だって言っていたんだ。あんなに上手なのに何だか私まで悲しくなってしまう。
「コンクールはいつなの?」
結はきっとコンクールがあるんじゃもっとピアノについて悩みそうだから、できるだけそばにいて力になりたい。私じゃ無理かもしれないが結が苦しんでいるのを放っておけない。
「十月の終わり。今回はレベルの高いコンクールだから結のママも見に来ると思う」
「そっか。……結はお母さんと仲悪いの?」
結のお母さんは見た事がないしピアニストだという情報しか知らない。だから知らないとダメだ。私は結について知らない事の方が多い。琴美は首を横に振る。
「ううん。ピアノ以外は普通だよ。今はほぼ海外にいるみたいだからあんまり会わないけど」
「……そうなんだ」
「あっ!ちょっと待って……」
琴美はいきなり何か思い出したように携帯を取り出していじると私に見せてきた。
「これだよ。結のママ」
携帯にはドレス姿の結に面影が似た髪の長い女性が写っている。結のお母さんなだけあって本当に綺麗な人だった。
「結に似てる。凄い綺麗な人だね。世界的に有名な人なんでしょ?」
「うん。いっぱい賞取ってるしコンサートのチケットは全部売れちゃうみたいだよ。ピアノが本当に凄いから当たり前だけどね。琴美も前に聴いたんだけど本当に感動するよ」
「そうなんだ…」
「ほら見て?これ全部凄いやつなんだよ」
「へぇ~、凄いな」
琴美はそう言いながら携帯をまたいじると結のお母さんの経歴を見せてきた。そこには沢山の賞の受賞歴等が書いてあって私には分からないが本当に凄いんだと思った。
こんなに実績があれば結を怒るのは当たり前なのか。結がコンクールで優勝してももっと高いクオリティのものを求めるのは自分の娘だからであって本当にピアノに真剣なんだろう。
結の性格が真面目なんだから、親も同じだ。
「結がまたピリピリすると思うから助けてあげてね泉」
携帯をしまうと琴美は私に笑いながら言った。
「練習は今までしてたみたいだけど、コンクール前は必要以上にピリピリして本当にピアノしか興味なくなっちゃうから結。琴美も結の気分転換に何かしたいけどいきなり突撃とかしないと琴美はあしらわれちゃうし。でも、泉の事はあしらわないと思うから平気だよ」
「そうかな?結はピアノが大事みたいだけど私はあんまり分かんないし、結と共通するものってそんなにないからあしらわれちゃいそうだよ…」
私は琴美にこう言われても自分に自信を失くしていた。親の凄い経歴を見て、結のピアノを弾いている姿を思い浮かべると私は何かしてあげられるのか不安になる。
私は結と付き合っているけど本当にそれだけで、結を好きだと思う気持ちしか私にはない。結は私をピアノの邪魔だと思うんじゃないのか。何もない自分が嫌になる。
「好きなんだから平気だよ」
でも琴美はそう言って私の腕にくっつくとにこにこ笑った。
「泉は結が好きで、結も泉が大好きだから絶対平気。結が琴美に譲ってくれないんだから間違いないよ」
「譲る?」
「うん。琴美が良いなぁとか、好きだなぁって言うと結はいつも琴美に何でも譲ってくれるんだよ。結にはいつも何でも取られちゃうけど昔から琴美に結はそうしてくれるの。でも、泉は譲ってくれなかったから本当に好きなんだよ」
「……ふふ、そっか」
琴美は嬉しそうにいつもみたいに話した。結は何も言わないから初耳だけど、結に好かれているのは事実なんだ。それを実感して思わず笑ってしまった。結は以前私に自信を持ってほしいと言ってくれたし、私を認めてくれて誉めてくれたんだ。
不安になってしまった私はバカだ。結は私を本当に想ってくれているのに、本当にバカだ。
「じゃあ、助けられるように頑張るよ」
結が好きな私は自信を持って結に接していけば良い。結は無理をするかもしれないからちゃんとそばにいて見ていないと。琴美は頷いた。
「うん!琴美にもできる事があったら言ってね?琴美も結のために頑張るから」
「もちろん。ただ怒らせないように気を付けないとね。結よく怒ってるし」
「そうだね!結すぐに怒るからね。琴美前に結を怒らせすぎてね…」
琴美はそのあと結との思い出話をしてくれた。その話はほとんど琴美の奇行に結がキレている話だったけど結は昔から今と変わらない。
琴美はピアノの話もしてくれたけど結は琴美を本当に大切に思っているようで、この二人は親友のようだった。
私よりも琴美は結を理解している。話している琴美を見ているだけで分かるそれは私を少し嫉妬させていた。
私の知らない結を琴美は知っている。私は琴美みたいに結を深く理解する事ができるのだろうか。
ちょっとした事で不安になって自信が失くなってしまう自分が女々しくて嫌になる。
こんなんでは結に愛想をつかされてしまう。結が私を想ってくれるのにこんなんじゃダメだ。
琴美と話をしてそう思ったのに、結を前にすると私はすぐに気持ちが揺らいでしまうのだった。
琴美と遊んで数日、結は変わらずに斎藤と楽譜を見ながらよく話したりしている。琴美と話して自信がついたはずなのに私はやっぱり不安でそわそわしていた。
自分に何度か大丈夫と言い聞かしても、言うだけなぜか不安になってしまって悪循環のようになっていた。
今日も斎藤と練習でもするのだろうか。私は最近もう結の予定を聞いたり遊びにすら誘っていない。本当は遊びたいけど斎藤と練習しないとならないだろうから、なんとなく悪く思って何も言えない。
私はなに斎藤に遠慮してんだと思うが、結が真面目にピアノをやっているのを知っているから益々思っているだけになっていた。
あぁ、どうしよう。私がもやもやして嫉妬して不安になっていたら授業が終わった。もう帰る時間だけど今日はお昼くらいしか結と話せていない。しかもお昼は斎藤の事を考えていて上の空だったし、そう思っていたら結は斎藤と一緒に教室を出てしまった。
私はそれを見て焦って帰る準備をして教室を出た。今までずっと何も言わずに見ていたけど、私は結と付き合っているんだから、どこに行って何をするのか聞いて遊びに誘ってもいいんだ。
むしろしないと、結を取られてしまうかもしれない。それは絶対嫌だ。
私は焦って緊張しながらも声をかけた。
「結!」
後ろから呼び掛けると斎藤と歩いていた結は足を止めて振り替える。それに合わせるように斎藤も足を止めてこちらを見た。
「なに?どうしたの泉」
結は作った顔で笑っている。焦って不安で思いきって声をかけたけど緊張でドキドキしてしまって何を言えば良いのか分からなかった。どうしよう。
「あの、えっと……今日は、どっか行くの?」
斎藤と歩いてるんだから行くのは聞かなくても分かるのに私はバカな質問をした。自分でも何言っているんだろうと恥ずかしく感じる。だけど結はちゃんと答えてくれた。
「今日は斎藤君とセッションするから今から一緒に練習しに行くけど」
「あっ、そうなんだ。…そっか…」
あと、あとは何を言ったら良いんだ。どうにか会話を繋げたいけど緊張して私はそれしか言えなかった。斎藤とまた練習するのに内心ショックだし、結はちゃんとした発表をしたいから練習をしているのを改めて自覚させられたみたいで、とても遊びに誘うなんて私にはできない。惨めで恥ずかしい気持ちになった私はもう会話を終わろうとした。
「あの、いきなりごめん。…えっと…」
「斎藤君悪いけど先に行っててくれる?少し泉と話してから行くから」
でも結は私が言うより先に、わざわざ私との時間を作ってくれた。
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