第1話
進級してようやく新しいクラスや授業に慣れてきた五月のある日のことだ。
移動教室から戻ってきた男子生徒が購買に行こうとして財布の中を開くと、見覚えのない和柄の折り紙が一枚入っていた。不思議に思いながらも財布の中を確認すると、元々持ち歩いていた三千円のうち千円札が一枚消えていることに気付いた。
学校に来るまでに財布を開いた覚えのない男子生徒は首を傾げていると、近くにいた女子生徒も同じような顔をして、財布からはみ出た同じ和柄の折り紙を見つめていた。
まさかと思い、クラスメイト全員に財布の中身を確認させると、同じようにお札が抜かれ、代わりに和柄の折り紙が入っていた生徒が三人も現れたのだから、担任の先生は驚いて目をまわす事態となってしまった。
翌日のホームルームで生徒に対し、「貴重品は持ち歩くように」「ロッカーに鍵をかけるように」、更に「不安であれば先生に預けるように」と言って盗難事件が起きていることを遠回しで伝えたが、大抵の生徒は言うことを聞かず、「自分は大丈夫」だと言い張って先生の話を気に留めなかった。
しかし、それからすぐ同じA組で盗難が立て続けに起こってしまった。一人、二人と日に日に被害は拡大していくばかりで、気が付けばA組の全員が被害に遭っていた。そしてそれは、隣のB組にも広がってしまい、更にはロッカーの鍵までも開けられた生徒もいた。
「先生、ロッカーもダメだったら先生に預けるのも怖いよ」
帰りに電車の定期券を買う為、一万円を持ってきていた男子生徒が先生に言う。
彼は体育の授業の間、財布をロッカーに入れて南京錠を掛けていた。他の生徒に比べてしっかりした防犯対策は先生が関心したにも関わらず、授業を終えて彼が教室に戻ってきた時には、ロッカーにつけた錠前のツルが宙ぶらりんと空いた状態で開いており、財布から現金一万円が抜かれ、同じように和柄の折り紙が入っていたという。
それからというもの、ロッカーに南京錠やダイヤル錠をつけても教室に人がいない間に開けられることが多くなり、ついに学校側は生徒指導の教師を中心に授業中の見回りを強化することにした。
盗難騒ぎが発生して一ヶ月半、犯人はまだ捕まっておらず、被害者は一向に増えて続けていた。
二年生の特進科A組の全生徒と、同じ特進科でロッカーに鍵を掛けても盗まれた男子生徒がいるB組の生徒の半数が被害に遭うという事態に陥ると、もはやクラスや学年内だけでは済まない話になり、校内中で「折り紙と入れ替える現金泥棒がいる」と噂が流れた。
未だ被害を受けていない一年生と三年生の各クラス、そして二年生の特進科B組の数名と普通科のC、D組と校舎が違う専門学科のE組にも、いつ被害に遭うかわからない。更に犯人はロッカーに着いた南京錠やダイヤル錠といった鍵を開けられる――ピッキングの技術を持ち合わせている人物であるという仮説が、教師陣の中でも頭を悩ませていた。
外部の人間による犯行にしては困難な状況であるものの、南京錠を開けたことといい、手慣れた鍵開けのプロである可能性も視野に入れて警察に被害届を提出しようと話が出た。しかし犯人の特徴が絞られていても、特定には時間がかかり、生徒と保護者、そして地域の住民からの信用を失ってしまう。これ以上事を荒立てる事態にせず、学校内で解決できないかと考えていたところ、ある男子生徒が犯人らしき人物を特定したと言い出した。
「決定的な証拠も押さえました。これ以上被害を出すわけにはいきません。今からその人物に会いに行きます。先生、付いてきてください」
やけに得意げな顔をした生徒の唐突な申し出に、生徒指導担当の教師は半信半疑で彼らの後を追った。
連れてこられたのは専門学科以外の二年生の教室が横一列に並ぶ三階で、被害に遭ったクラスではなく、B組の隣にあるC組の教室だった。荒々しく扉を開けて入っていくと、一番前の席で次の授業の教科書を出そうとしていた女子生徒の机の前に立つ。
不思議そうに見上げた女子生徒に指さして、彼はこう言った。
「A、B組で立て続けに起きている盗難騒ぎを知っているな? 犯人は
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