第26話 本当にこんな世界を望んでいたのか?
そのすぐ近くでは口の裂けた女が人を走って追いかけ、車とサーベルタイガーが激突し、水たまりの中にチンパンジーとその飼い犬が落ちてゆく。
そのまましばらく散歩をしているとドパッ! っとライムの体の一部がいきなり消失した。
「む……!?」
二人が振り返り、ライムが後方に目だけを向ける。そこには二人のイレイザーの姿があった。
「カオス値106。どうやらその女もイレース対象のようです」
右に立つウィンタースポーツで使うようなゴーグルをしたクールそうな女がそう告げる。
「え……」
真也はその言葉に戸惑った。千沙のカオスが100を超えている? イレース対象だって?
「なら撃て」
「了解!」
容赦なく撃ち放たれる砲撃。その攻撃は千沙へと向かっていた。しかしその前にライムの体が立ちはだかった。
「ライム!」
ライムはまた体の一部が消失した。
確かにここで千沙を消去してしまえばライムが召喚されたという事実もなくなる。イレイザーの二人はそれを狙っているのだろうか?
ライムは一応大丈夫そうではあるが、学校にいた時よりもかなり体が小さくなってしまっているので、少し心もとない。
次の瞬間ライムは反撃に出た。体から飛び出す触手。一人はそれを避けきれず胴体に直撃した。そしてそのまま後方に吹き飛び壁にぶち当たってしまった。
動かない。意識を失ってしまったのだろうか。
「くっ!」
もう一人のイレイザーが何とか次々と現れる触手攻撃をかわしている時だった。
「いたぞ! あそこだ!」
道の奥から別のイレイザーの姿が複数見えた。
「うッ……!? ライム! さすがに敵が多すぎるかも! 学校に戻ろう!」
千沙がライムに呼びかけるとライムは千沙を体に取り込み蜘蛛のような形に変形しつつ学校の方へと戻っていってしまった。その姿をイレイザーが攻撃しながら追っていく。
「……」
気づけば真也は一人になってしまっていた。しかしそれは束の間の孤独だったようだ。
「あ……!?」
真也が見ていた道の先の横道から真也を意識不明に追い込んだ牛頭が再び現れたのだ。
自衛隊が応戦していたようだったが駄目だったのか。牛頭と目が合ってしまう。
「ふもおおお!!」
牛頭は真也に何か恨みでもあるのか、斧を手にして再び真也に迫ってきた。
「な、なんなんだよッ!?」
踵を返し、走り出す。しかしその速度はまさに致命的なまでの差があった。
「うッ!?」
振り向いたときには牛頭は斧を高らかに振り上げていた。
とっさにその場に伏せる真也。斧は斜めに振り下ろされその横にある住宅の壁が破壊された。
「うわッ……!」
そしてその壁が崩れ落ちてきて、真也はその下敷きになってしまった。
「足が……」
抜けなくなってしまっている。時間があればどうにかなりそうな気もするが、今そんな時間などあるわけがなかった。
見上げると、真也を牛頭が見下ろしていた。
「あ、あぁぁ……」
その時、真也の頭の中に『死』の文字が浮かんだ。
真也はずっと望んできたはずだった。つまらない日常が壊れることを、カオスな世界になることを。
その結果がこれだというのか。本当にこんな結末でよかったのだろうか。
再び振り下ろされる斧。このままいけば頭に直撃しそうだ。なんだかその軌跡がその時の真也にはやたらゆっくりと感じられた。
頭を斧で砕かれるなんてきっととんでもない苦しみだろう。しかしそれはもしかして一瞬で終わることだろうか? しかし、直撃するまでにこんなに考える時間があるのだ。きっとそうもいかない。
そしてついに斧の刃先が真也の頭に直撃した。かと思った時だった。
ザンッ!
牛頭の体が割れ、上半身が内蔵を振りまきながら回転し横に吹き飛んでいってしまった。
「え……」
「危ないところだったなマスター」
倒れる牛頭の下半身。その後ろに立っていたのは甲冑姿で光輝く剣を手にした人物だった。
「エ、エイル……!?」
雪のように白い肌。青みがかった白銀の長く編まれた髪。間違いなくそれは神に選ばれし異世界の戦士エイル・ラ・ヴァリエルだった。
エイルは剣を一振りして血を払うと鞘へとしまった。
「も、戻ってきてたのか」
そしていとも簡単に真也の足の上に覆いかぶさっていた瓦礫を持ち上げて横に倒した。
「あぁ、予定より遅れてしまってすまなかったな。戻ったのはいいが辺境な場所に飛ばされてしまってな。魔力回復薬を手にいれるまでに時間が掛かってしまったのだ」
「そうか……」
「その足、挟まれていたが、怪我はないか」
「あ、あぁ……大丈夫だ」
とは言っても真也は何だかその場から立ち上がる気力が起きなかった。
エイルは改めるように辺りを見渡した。
「それにしてもこの状況は一体どういうことだ。街に魔物が溢れかえっているようだが。それにてっきり私はあの地下に召喚されるのかと思ったが、出てきた先は部室棟の屋上だったぞ」
「それは……」
真也は日常部に入る機会がなかったためにそこに魔法陣を描き込んでいたのだろう。
「……何かあったのだな?」
エイルは真也の前に片膝をつけた。話を聞かせてくれということらしい。
「あぁ……」
真也はこれまでのあらましをエイルに話した。千沙がスライムを密かに召喚していていつの間にかそれが強力なカオスに変貌していたこと。そのスライムによって杏里の能力が吸収され、その力によって部長がイレースされてしまったこと。
「なるほど……すべては織上千沙がそのスライムを召喚したことが原因ということか」
エイルのその言葉に真也は視線を地面へと落とした。
「いや……これは千沙のせいでもライムのせいでもない。俺のせいさ……」
「……マスターの?」
真也は下を向いたまま言葉を続けた。
「千沙の召喚したスライム、実は以前から俺はその存在を知っていた。そして最初見た時すでにそのカオス値は100を超えていたっていうのに、俺はそれを見逃してしまったんだ」
「……なぜそんなことを?」
「俺は……日常部の二人も、お前のことも騙していたんだよ。日常を守るなんて言って日常部に入ったけど、あれは全部大嘘だった。本当は普通すぎる、特に何も起こらない日常を壊したくて日常部に入ったんだよ。こんなカオスな世界を望んでいた……千沙はただ俺のそんな願いを叶えようとしてくれてるだけなんだ。だから……こうなったのは全部俺のせいだ」
しばらくの沈黙のあと、
「そうか……マスターの気持ちは分かった……」
エイルは目を瞑り、とくに真也を非難するでもなくそう答えた。
「それでマスター、今はどう思っているのだ?」
そしてエイルはその場に立ち上がり真也に問いかけた。
「え……」
「確かに日常部に入った当初は日常を壊すことが目的だったのかもしれない。でも今はどうなのだ? 多くの人が死傷し、まともな生活が送れない、杏里の記憶は失われ部長は存在そのものが消失、日常部もなくなり、マスター自身も死にかけた。マスターは本当にこんな世界を望んでいたのか?」
「それは……」
「思い出してもみてくれ、私たちが送ってきたあの日常のことを。日常部の皆でトランプしたり、街に出かけたり、私の新たな家を探し、そこでパーティをしたり、花火をしたりした……。毎日が平和で、少し平坦だったとしても楽しいことはたくさんあった。あの日常が素晴らしいと感じていたのは私だけだったのか?」
「……」
真也はエイルから目をそらし、下を向いて目を見開いた。
「……さて、そろそろ私は魔物達の狩りにでも出向くことにしよう。私がこうして戦うこともマスターが望むカオスな世界の一場面だというのならばな」
エイルは踵を返し真也に目をだけを向ける。
「マスター。私はマスターの命令に従う。私はマスターのサーバントなのだからな」
次の瞬間、エイルは前方に見えるカオスに向かって飛び去って行ってしまった。
真也はこうべ垂れ、まるで走馬燈のようにこれまでのことを思い出していた。日常部で過ごした日々、エイルと過ごした日々、そして千沙と二人で召喚やその他の怪しげな儀式に勤しんでいた日々も……。
その瞬間、また上空に新たなカオスが復活したようだった。なんだかロボットで出来た鳥のように見える。その鳥は口から熱線を吐き出し地上を燃やし始めた。
「俺は……」
真也はふらりと起き上がり、その場から駆け出した。
◆ ◆ ◆ ◆
「エイル!」
真也はエイルのいる場所までたどり着いた。ちょうどその時エイルは巨大なサーベルタイガーを一体倒したところだった。
「どうしたマスター」
鞘に剣をしまい、振り向くエイル。
「……話があるんだ」
その時、真也の腰には先ほどライムの攻撃によって気絶させられてしまったイレイザーのベルトが装備されていた。そのホルダーにはハンドガンとソード、二つのウェポンがある。
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