華、十三輪。
肌を撫でる冷たい空気に意識が浮上する。
ぼんやりとした頭で何時の間に寝てしまったんだろうと考えた途端、ズキリと後頭部に痛みを感じて一気に覚醒した。
暗い室内は凍えそうなほど寒く、窓がない壁際に置かれた燭台が申し訳程度に辺りを照らす。
起き上がろうとすると首を圧迫感が襲う。手足も動かない。状況を確認しようと動かせそうな範囲で首を横に向ければ、縛られている手首が目に入った。自力で引き千切るのは不可能な太い縄だ。
痛みを無視して首を持ち上げて見えた体にコートはなく、ベストも消え失せ、薄いワイシャツとズボンという何とも心許ない格好をしていた。オマケにワイシャツの前はボタンが留められていない。
道理で震えるくらい寒い訳だ。思わず悪態が出た。
「くそったれ……!」
「――女性がそんな言葉を使うのは良くないな」
「!」
顔を向けた先の暗闇に古びたソファーがあり、そこに男が腰掛けていた。
そこで、ようやく自分は腰高の大きなテーブルに寝かされているのだと気付く。よくよく見てみれば、所々に黒く変色した液体が僅かだが残っている。
もしかしたら娼婦の何人かはここで殺されたのかもしれない。
わたしの視線を辿って台の汚れに気付いた男性は「……ああ、残ってたんだ」と何でもない風に呟き、布で荒っぽく拭い取った。乾いたそれは音もなく剥がれ落ちて視界から消える。
すぐ脇には本来の用途が分からない大きな包丁があった。
「やっぱり、あなたが犯人だったんですね」
男性はそこでやっと笑みを浮べた。
じっとりと絡み付く、暗く不快な笑みだ。
「貴女は頭が良い。見た目も美しく、若く、神秘的だ」
「お褒めに与り光栄ですが、そんなわたしを見逃してはいただけませんか?」
「それは聞けない相談だね。君をこのまま解放すれば僕が捕まってしまう」
男の手がわたしの髪に触れる。感触を楽しむような手付きに嫌悪感が湧く。
その嫌悪感を無視して気になっていたことを問う。
「何故、彼女達を殺したのかお聞きしても?」
男の手がピタリと止まる。
動機が分からなかった。彼女達はこの男の逆鱗に触れるようなことを口走ってしまったのか、それともこの男と彼女達は何らかの関係が元々あったのか。そしてそれは殺すほどの理由だったのか。
男はどこか哀しげに視線を天井に向けて溜め息にも近い声を漏らす。
「大輪の花のように彼女達は美しかった。会う度に心惹かれ、優しい声で、柔らかなその身で僕を慰めてくれる。そんな彼女達を愛していた。本当に、愛していたんだ」
「愛していたのに手にかけた、と?」
「ああ、そうだとも! 彼女達が僕を裏切ったからさ!!」
いきなり男の指が喉に食い込んだ。
くる、しい……っ!!
足掻けば足掻くほど圧迫が強まり苦しくなる。いくら口を開いても塞がれた気道に入るのはほんの僅かな空気のみだ。ひゅっ、と掠れた空気の音が空しく鳴る。
しかし手足を拘束されて抗うこともままならない。
……このまま死んでたまるか!
涙で歪む世界の中で自分を見下ろす男性を睨み付け、歯を食いしばる。
その瞳は瞳孔が開いており、わたしを介して別のものを見ている風だった。
「好きだと言ったじゃないか! 僕を愛してると言ったのにどうして他の男の所へ行くんだ!? 君が望むだけ花を贈った!! 君が望む指輪だって君が望んだ僕の愛だって捧げた!!」
「か、はっ……!」
首にかかる力が増し、これ以上は骨が折れるかもしれないと脳が危険信号を出す。
だが唐突に圧迫が消えた。
「っ、ごほっ!……っふ、はあ……っ!」
一気に肺に空気が入ってきたけれど、上手く呼吸が出来ずにむせてしまう。
絞められた首だけでなく胸まで痛い。
薄れかけた意識が強制的に現実へ引き戻された。
「……彼女達が悪いんだ。嘘を吐くから。僕が愛してるのに、他の男の所になんて行くから……」
独り言を呟きながら男はふらふらとテーブルを回って部屋の出入り口側に横向きに置かれた大きな箱に行き、愛おしそうに指先でその側面を撫でた。木製の箱は上だけが開いていた。
燭台の炎が震えるように一度、大きく揺れる。
その微かな明かりに照らされたものに目を息を呑んだ。
「っ?!」
中にあったのは被害者達の失われた左手の薬指と赤黒い塊だった。
それらは今回の事件で襲われた被害者の数より明らかに多い。
まさか、今回の事件はこの男性が犯した犯罪の一握りに過ぎないのか……?
箱に寄り添う男は中身を熱心に見つめまま口を開く。
「でもこれさえあれば大丈夫だ。誰も彼女達の真実の愛を僕から奪うことは出来ない。彼女達に指輪を嵌めて愛すのも、愛されるのも、未来永劫僕だけでいい」
「……王都で、確認された被害者の数よりも、多く見えますが……?」
「ああ、別の街でも何人か終わらせてあげたから」
ぼかして言っているが、どう見ても数人という規模ではない。
少なくても数十人の命を奪い、その遺体から指や子宮を奪ったのだろう。
指はそうだとしても子宮まで取る必要などないのでは?
「……子宮は、どうして?」
「女性が醜くなる原因の一つが子を生むことだと貴女は知らないんだね。子を生むと女性の体はたるみ、老けてしまう。なら子など出来ないようにしてしまえば良い話だ」
死んでしまえばどっちみち妊娠などしないのに。
そう思っていたのが顔に出ていたのか男が
「初めて終わらせた女性も娼婦だったよ。青い瞳が綺麗な人で、他の男の子を妊娠してから段々と腹が膨らみ、彼女の美しさは穢され、損なわれていった。赤ん坊なんて美しい彼女達には必要のない物だ」
だから終わらせてあげた後に、腹を割いて赤ん坊を引きずり出して殺した。
彼女の美を損ねたのだから死んで償わせなければいけない。
男はうっとりした様子で話す。吐き気がした。狂ってる。
新しい命を生む。それは女性にしか出来ないことで、その生命の神秘こそ尊く美しいものだ。
それを罪だと声高に叫ぶ男の気が知れない。
「……わたしには、理解できません」
「それは残念だ。こんな素晴らしい考えが分からないなんて」
無表情に戻った男性がつまらなさげに首を振る。
チラチラと揺れる蝋燭がその表情に陰を生み出していた。
「まだ、いくつか聞きたいことがあります」
「なんだい?」
「第五の被害者――……貴族の御令嬢の遺体を何故、警察署前の通りに捨てたんですか? それから指輪も。花屋の貴方が、そう頻繁にあんな高価な品を買えるとは思えません」
「……さあね、忘れたよ」
それまで饒舌だった口が閉じる。答えたくないのか、答えられないのか。
嫌なことでも思い出したのか急に不機嫌な表情を浮かべた。
「もうお喋りは終わりにしよう」
「例えわたしを殺しても、貴方の犯した罪は遠からず暴かれます」
「そうならないよう君を生かしておいたんだ。僕の事を知っている人間を教えてもらわないと困るからね」
歩いてきた男性が包丁を握った。四角い形をした鉈と見間違えそうな包丁だ。
刺し殺されるのか生きたままバラバラにされるのか。まずは拷問なのか確実だ。これからわたしの身に起こることはどんなに楽観的に考えても愉快なものではないだろう。
「貴女は成長すればきっと彼女達のように美しくなれる」
「さあ、どうでしょうね」
「保証するよ。……だけどそれを見られないのがとても残念だ。貴女は賢明過ぎた」
痛いのは嫌いだが、それでも情報を教えるつもりはない。
どうせ答えようが答えまいが殺されるのは確定していた。
けれど、死にたくなんかない。
犯人の手前強がってみたけれど死ぬのは怖い。生きていたい。訳が分からないまま別世界に放り出されて、やっとこちらの生活や仕事に慣れてきたのに死ぬなんて真っ平御免だ。
だからわたしは声の限りに叫ぶ。
「っ、さっさと助けろ馬鹿野郎っ!!」
我ながら稚拙な罵倒が地下室内に反響した。
「――……お前は、言うに事欠いてそれか」
静かに返された低い声に、ニヤリと口角が上がった。
出入り口から伯爵が姿を現すのと同時に男が振り返り、包丁を手に襲い掛かる。
それをギリギリで交わし、伯爵が男の凶器を持つ腕の手首を掴んだ。もう片手で殴りかかろうとしたが伯爵はそれを難なく受け止め、素早い動きで足払いをかけて男の体勢を崩し、掴んだ片腕を背中へ捻って男の背後を取った。勢いのままに床へ押し倒すと背に乗って動きを封じる。
捻る最中に手から抜けた包丁が遅れて地面に落ちた。
二人分の空気の動きを受けて蝋燭の火がユラユラと揺れ、銀色がその光を反射させる。
驚くほど綺麗に決まった技に知らず安堵の溜め息が漏れた。
その細身のどこから出て来るのだと不思議に思うほど伯爵の力は強い。
男に乗り上げたまま空いた片手をコートの内側に突っ込み、鉄線を取り出す。
「誰だあんた……!」
目一杯利き腕を捻られているからか男の顔が苦痛に歪む。
もう片腕も背中へ引っ張り、念入りに両腕を鉄線で縛り上げた伯爵は立って軽く服を払った。
「そこで拘束されてる者の主人だ」
「格好付けるのはいいから早くこっち解けっての!」
「セナ、口が悪いぞ」
男の言葉に律儀に答え、ついでにわたしに注意する冷静さは羨ましいけれど、本当に早く解放して欲しい。寒いし、後頭部も喉も痛いし、このテーブルに乗せられているのも嫌だ。
伯爵は落ちていた包丁を拾ってテーブルに寄る。
後ろで男が鉄線を解こうと四苦八苦していたが、あれは無理だろう。本来はチェンバロやピアノなどの楽器のために線を作る職人に特注してわざわざ作らせたワイヤーだ。楽器用のものよりも切れ難く、硬く、無理に解こうともがけば余計にきつく食い込む。
包丁で遠慮なくわたしの両手足を繋ぐ縄を切断し、伯爵が眉を顰めた。
「それにしても主人に馬鹿とは随分な言い草だな」
不満げにぼやかれて負けじと言い返す。
「すぐに助けてくれないのが悪いんですよっ」
最初に「おや?」と思ったのは蝋燭が一度、大きく揺れた時だ。窓がない地下室は空気が流れないのか淀んでいる。それなのに人が動いていない状況で蝋燭が揺れるなんて変じゃないか。
確信したのは蝋燭が揺れ続けていた時。出入り口の奥で一瞬、銀色が垣間見えた。
半年も毎日見ている色だから伯爵の髪だとすぐに分かった。
「様子を見計らっていたんだ。大体、深追いするなと私は言っただろう」
「はいはい申し訳ありませんねっ。わたしだって好きでこんな状態になったわけじゃないし!」
「落ち着け。興奮すると口調が崩れるのはお前の悪い癖だな」
手足が自由になって起き上がろうとしたが、首元に残る違和感に迷わず触れる。
……首輪……?
革製らしきそれは取ろうとしてみても固く留められていて外れない。動けば耳障りな音と共に錆びた鎖が台から伸びていることに気付く。
最初に首に感じた違和感はこれか!
伯爵がわたしの首を見て「鍵がかかっているぞ」と教えてくれたが有り難くない。
鍵って何だ。わたしは犬か猫か?!
怒りのまま男性を睨み付ければ動揺したのかビクリと体を竦ませた。
テーブルを飛び降りて大股に歩み寄り、胸倉を掴んで無理矢理引き上げる。
「鍵は?!」
テーブルから届く範囲の限界なのか鎖は小さく軋み、首がやや圧迫される。
「え……?」
目を瞬かせる男に苛立ちが募った。
「この首輪の鍵はどこだって聞いてんだこの野郎! さあ吐け!! 今すぐ答えろ!!」
「セナ、私にはその男がお前の豹変振りに茫然としてるように見えるんだが」
「知るか! どうでもいいから、さっさと鍵を出せええっ!!」
ガクガクと勢いよく男性の体を前後に振る。
後ろで「まるで路地裏のゴロツキだな」という声が聞こえたが、今のわたしはそれどころではない。
なかなか喋らない男に頭突きでも食らわせてやろうと息巻いていれば伯爵が間に入り、男の胸倉を掴んでいた手を外された。
そうしてふわりと肩にコートがかけられる。上質なそれは伯爵のものだ。
「とりあえず前を閉めろ」
「……あ」
ワイシャツの前が開いて中に着ている下着が見えている。
ステイズという矯正下着はタンクトップ型に縫ってあるので自分では言うほど下着という感じはないが、こちらではこれは立派な下着の部類に入るから紳士な伯爵には目のやり場に困るのだろう。
指摘されていそいそとボタンを留めている間、伯爵が呆れの混じる溜め息を零して視線を逸らしていた。
わたしが全力で頭をシェイクしてしまった男は尻もちをついた格好でズリズリと後方へ離れる。その目はあり得ないものを見て驚いたといった様子だった。
「何なんだ貴女は! ほ、本当に女なのか?!」
「ああ、私も時々性別を間違えて生まれてきたのではと疑問に思う」
「そこ! 犯人と仲良く会話しない! 大きなお世話だっ!」
「もうすぐ警察が来るぞ、セナ。それは屋敷に戻ったら外してやるから、いい加減気を静めろ」
涼しい顔でそんなことを言う伯爵にわたしはキョトンとしてしまう。
……外せる? 鍵がなくても?
嘘じゃないかと顔色を窺ってみても、何時ものポーカーフェイスがあるだけだ。
何だ、外せるなら最初にそう言って欲しかった。
頭に上っていた血が一気に落ちて、はあっと息が漏れる。
その様子を見ていた伯爵に「落ち着いたか?」と問われて頷き返し、立ち上がる。
「すみません、少々取り乱しました」
「あれが少々か?」
「ええ、少々です。……上が騒がしくなってきましたね」
「警察だろう。それより此方に来い」
手招かれて素直にテーブルへ戻ると伯爵はコートの内側から鈍く輝く拳銃を取り出した。
丸みを帯びた木製の部分と華美過ぎないが手間のかけられた装飾が施された金属部分とで構成されたそれは、わたしの世界にあった無機質な機械とは異なり、芸術品を思わせる逸品だった。
もう一つ、手の平に収まる程度の縦長の包みを取り出して伯爵は上部を噛み千切る。
千切った紙を口から捨てつつ、慣れた手付きで銃身の根元にある発火装置部分の火皿に包みの中身を少量出し、当たり金と呼ばれる部分を倒して閉じる。銃口を上へ向けた状態で包みの中身を銃身に全て注ぎ入れ、恐らくは紙製だろう包みまで丸めて銃身に押し込んだ。
銃身の下にある棒――後で知ったが込め矢と呼ばれる装填に必要な部品らしい――を銃身に差し入れ、包み紙やその前に入れたものを銃身の奥へ軽く数回押し込んで棒を引き抜く。棒は銃身の下へ戻した。
コックという火打ち石が付いた部分を銃の後ろ側へ引き上げた。
その銃口を鎖の途中に向けて躊躇いなく撃った。
地下室に銃声が木霊する。頭に響く音にふらりとよろめいてしまう。
「み、耳が死ぬ……。撃つなら撃つって言ってくださいよ……」
「すまん」
鎖を切るのは手間がかかるのは分かっているが、だからって撃つか普通。
わたしのそんな心境を欠片も気付いていなさそうな伯爵は銃をコートの内側に仕舞い、切れた鎖の端をわたしへ持たせた。慌ただしい音と共に伯爵を呼ぶ大きな声が聞こえる出入り口へ視線を向けた。
そこから現れたのは娼館で会った刑事さんだった。
あの大柄さでは狭いらしく、頭上や壁を気にしながら部屋に入ってくる。
「置いていくなんざ酷くないですかい、旦那」
ぼさぼさの頭を掻きながらやや嫌味っぽく言い、続いてやって来た部下達に男性の身柄を確保させる。
「仕方ないだろう。使用人に何かあっては主人の名折れだ」
「そりゃあそうかもしれませんがねえ。大丈夫――……じゃあなさそうだな、坊主」
「坊主ではなく瀬名です」
さっき騒いだせいか声が掠れてしまった。
そんなわたしに刑事さんは眉を片方上げ、数人の警察達からも痛ましげな視線を向けられる。
……そんな顔をされるくらい、今のわたしの状況は酷く見えるのだろうか?
自分の体を見下ろすために首を下げたら後頭部に痛みが走った。手で触れれば指先にほんの僅かに赤が付く。興奮のあまり忘れていたが後頭部を鉢植えで殴られたんだった。額もじんわり痛む。
伯爵が髪を掻き分けてわたしの後頭部を確かめた。
「少し切れているな」
「そういえば陶器の植木鉢で一発殴られて顔面から床に叩き付けられました」
「馬鹿者、そういう事は先に言え。吐き気や気分の悪さは? 意識が朦朧としたり眩暈が起きたりはしてないか?」
「ご心配なく。傷口が痛いだけでそういった症状はありません。これでも実は石頭なので。それよりも絞められた首の方が痛いです。流石にちょっと死ぬかもと思いましたよ」
言うと、首輪を軽く引っ張られた。様子を見るためにズラしただけなので苦しくはない。
わたしの首筋を見た伯爵は「これは暫く痣になるぞ」と不愉快そうな顔をした。
「そんなに酷いですか?」
「指の跡が綺麗に鬱血している。首を動かして痛みはあるか?」
「少し。圧迫された辺りが寝違えた時みたいに痛いです。痣は跡形もなく消えてくれれば良いのですが」
「そうだな。首も普通に動かせるのならば骨に異常はないだろうが、筋を痛めたかもしれない。……我々の仕事も済んだ事だ、さっさと屋敷に戻るぞ」
そう言ってコートを頭の上まで被せられ、驚くわたしを伯爵はヒョイと抱え上げた。
「な、な……っ?!」
「頭に衝撃を受けたのなら下手に動き回るな。まあ、既に大分暴れた後だが」
平然とした顔で伯爵は歩き出したがわたしは思い切り抵抗した。
だってわたしはこの国では戸籍上は男になっているわけだし、あれだけ犯人に詰め寄って動いて騒いでも問題なかったのだから歩くくらい問題ないはずだ。
そう言っても聞き入れてくれず、結局いわゆるお姫様抱っこ状態で運ばれてしまう。
長身の伯爵が使う長いコートのお陰でわたしは頭から足まですっぽりと覆い隠され、周囲に見られてもそれが誰が分からないことだけが唯一の救いである。
抱えられたまま馬車に乗り込み、屋敷へ戻るとすぐに使用人棟の自室へ家政婦長に連れて行かれ、彼女の監督下で何度かお世話になっている信頼の置ける医師に怪我の治療と診断をしてもらった。
後頭部は少し切れたが少しコブがある程度で額の擦過傷と同じく時間が経てば綺麗に治るだろうと塗り薬や包帯の替えも渡された。喉に関しては伯爵の見立て通り骨に問題はなく、筋を痛めたことと、強く圧迫されたことによる鬱血の跡が暫くは残ると言われた。鏡で確認したら予想以上に衝撃的な見た目だったので痣が消えるまで包帯で隠すことにした。
その日の夜は喉の鬱血した部分が熱を持ち、暑さと息苦しさであまり眠れなかった。
翌日は伯爵の計らいで休日にしてもらえたため一日中ベッドと仲良くして過ごしたが、様子を見に来てくれた家政婦長から他の使用人達も心配していると教えられて嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。
一日よく休んだお蔭か休日明けは何時も通り近侍の仕事に出た。
ちなみに抱えて運ばれた時の光景は『次の被害者を救い出した若き名門貴族!』というような見出しから始まって妙に細かく新聞記事に載せられた。その新聞紙片手に悲鳴を上げたのは休日明けの出来事だった。
# The first case:Virtual image of the flower. ―華の虚像― Fin.
・題名‘華の虚像’について
華とは娼婦のこと。美しく、夜には愛を囁いてくれる存在だが、それが真実とは限らない。
そこに見えるけれど実は存在していない虚像に惑わされた男の話でした。
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