大賢女(3)

 ・・・えっと、これどこから突っ込めばいいすか。


 目の前の女が三百年以上生きたとかほざいてる中二患者な部分からでいいか。俺もよく言われてるけど。やった、仲間が見つかったね☆


「ち、ちょっと待ってくれ、整理したい。まず、師匠はいったい何歳なんだ?」

「それが女に聞く質問か、馬鹿者!」

「グヘッ」


 本日二度目の拳が顔面にめり込む。それと幼少期に母親に絵本を読んで貰っている自分の姿が見えた。

 つまり走馬灯だ。死ぬのか、俺。


「わ、わかった。質問を間違えた。もし師匠の言うその三百年以上ってのが事実だとして、十億みたいな怪物モンスターが急にポンって現れる、なんてこと有り得るのか?」

「……有り得ない、とは言い切れない。似たような前例はあったが、十億程、強くは無く、元々は多く群れがいた。そうさな、お主で言う所の絶滅危惧種? みたいなものか、特に気にする程でもなかったが」


 はい、ついに師匠にまで「絶滅危惧種ww」いじりされたーー(泣)


「……コッホン。なんかはっきりしない感じなんだな」

「そうかも知れないな。私は未だ、十億の正体を掴み切れていない。偶然やって来たかと思えば嵐のように去って、それの繰り返しばかり」

「……なんかそれってモンスターらしくないな?」

「主もそう思うか、とまぁ一般市民に危害を与えなければそれでいいんだが。ここ最近になって十億の動きがより活発になっている。それに合わせるように永聖軍団も警戒態勢を強いていた筈なのだが、昨日の結果があれだ。

 十億の前では何百、何千という数がいようと無力に等しくなる」


 師匠は淡々と真実を述べているが、普通に考えて恐ろしすぎる。

 気まぐれでやってきて何百何千の命が亡くなるなんてあってはならない。この際、数は重要じゃない。だって、そんなのは。


「まるで災害みたいだな」

「あぁ。十億やつはそういう類のモンスターだ」


 その瞬間、ビューッ! と強い風が草原を吹き抜けた。


「……あのさ、なんでティルグレイスが十億って呼ばれているんだ?」

「そんなことか。それは単にあいつを倒すとその組合ないし本人には、役所から十億の報奨金が出るからだ」


 まぁその名の通りだった。役所ってそんなにお金あるのかと思ったが、役所からすれば、まず死なずに頑張ってね、くらいの感覚なのかもしれない。

 現に一年以上経って、誰かが死ぬことはあれど十億が討伐されることはない。

 でも、それを可能としそうなのが目の前にいるのだが……。


「じゃあさ、十億との戦いで師匠が最後に雷みたいな攻撃をしただろう。あの時すぐさま逃げるように飛んで行ったのは師匠が単に十億より強いからじゃないのか?」

「あれをお主は逃げたと捉えたか」


 フッと微笑を浮かべる師匠。正直俺の思考速度を上げてみても理解できない。


「どういう意味だ?」

「あれはしようと思えばあの場で全滅させることが出来たはずだ。でもしなかった。私達は生かされたんだよ」

「? 何の為にそんなこと」

「さぁな。でも最近になって奴の傾向が少しずつ見えてきた」

「傾向って?」


 師匠は一度、間をおいて、目尻を鋭く引き、菫色の瞳で俺を見つめた。その一瞬の間が、何か途轍もなく嫌なものに感じた。

 俺は口内に溜まった唾をごくりと飲み込む。


「十億は他のモンスターや人間お主達のような者には攻撃してこなければ襲わない。しかし私達のような、つまり人工知能AIだけを狙い殺す傾向がある」

「えっ……」


 師匠が言ってることの意味は分かったし、嫌な予感も当たった。

 でもその動機だけが全く理解できず、しばらくその場で黙っていることしか出来なかった。

 その後、午前中は十億の話やこれからの修行メニューについて話し合い、後半はひたすら草原フィールドを走るだけの地獄の基礎トレーニングが始まった。


 ***


 そこから同じような日々が一週間と続いた。

 それは雨の日も、風の日も、ひたすら走り続ける毎日。

 俺は我慢の限界でそろそろバックレてやろうかと、一週間前に強く決意したあの気持ちなど伸びきったゴムのようにユルユルに緩みきっていた。

 人間って弱い生き物だな。俺だけ……じゃないよな、皆もそういう時あるよな。うん、絶対ある。決してニートの呪いではない。

 というかむしろよくここまで耐えた方だと自分を褒めてやりたいくらいだ。

 師匠は相変わらず俺がぜぇぜぇ言いながら走っている間も自分だけ読書に耽って、ペースが落ちてきたら俺に雷やら火を容赦なく撃ってくる。

 俺は帰って風呂に入ったら即ベッドインして眠りにつくだけの生活をしに来たんじゃないんだ。

 よし、今日こそ言ってやる。こんな生活なら帰ってやるぞって。

 早朝のリビング。いつもギリギリ寸前まで読書を止めない師匠の所へ。


「そうか。強く生きろよ」


 へ、へぇ~止めないんだ。もっとこう何故だとか言って引き留めたりしないの?


「あ、あの……」

「なんだ?」


 本当にどうでもいいように師匠は本から目を離さない。


「お、お、驚いたりしないのかよぉ⁉」


 すでに約束された敗北が待っている俺だが動揺を隠せない。負けキャラが板についてきたな。


「お主が勝手に弟子になって、勝手に帰る。私がどうして驚かなくてはいけないのだ?」


 ごもっとも、仰る通りです。居候してきたのは俺の方だ。

 他人の家に上がり込んで、じゃあ帰るぞ! なんてどんな輩だよ。

 でも心理戦を仕掛けたのはこっちだ。

「はいすいませんでした」なんて簡単には負けられない戦いが、ここにある。

 ほ、本当に帰る訳ではないんだからね!

 ち、ちょっと魔法とかそういう実践向きなやつを教えて欲しかっただけなんだかねっ! と強制的に作戦をすり替える。

 俺の思考速度やべぇ。


「そ、それもそうだな……アハハ、冗談冗談。人間モーニングジョークってやつだよ。でもこうもっと実践的なことをしたいなぁ……なんて」


 頭を掻くふりをしてチラチラと師匠をみやる。


「実践? 今のお主に戦闘で何が出来る? フッ、笑わせるなよ小僧。どうせモンスターに襲われて、お家に帰りたいって言うのが安易に想像出来るのは私だけか?」

「クッ……」


 師匠の言ってることは間違っていないのかもしれない。でも、俺はまだ簡単に諦める訳にはいかないんだ! これからの未来の為に‼


「フッ。笑わせないで欲しいのはこっちの方だ」

「なに?」


 師匠は俺の言動に少し苛立ったのか、ようやく俺に視線を向ける。お願いだからそんなに睨まないで、怖い、怖いから(泣)


「実践すら教えてくれないのにどうやって強くなるっていうんだよ? 走って強くなるならいくらでも走ってやるよ」


 どうだ、どうだ、完璧だ。

 俺のエア走りを見た師匠も、驚愕のあまり目を大きく見開いてしまっている。

 クククッ……何故か師匠は呆れたようにソファーから重い腰を上げる。


「その言葉に二言はないな?」

「え……その流れはちょっと俺の想定外っていうか……その。もっとこう、なら仕方ないとかそういう……」

「何というかお主は、強さうんぬんではなく、その脳ミソというか、腐った心から鍛え直した方がいいのでは?」


 師匠は憐れむような目で俺を見つめ、自分の豊かなお胸をツンツンと指差して見せた。挟まれてぇ……って誘惑に騙されるか!


「は、はぁ⁉ 俺の思考速度舐めんな!」


 はて、何ですかその言葉? と言わんばかりにとぼけた表情の師匠。ちょっとそういう仕草も可愛いけど。

 いやホントにもう俺が悪かったです。すいません。心が折れた。

 つまり――負けた。


「それで、今日は行くのか、行かないのか?」


 師匠は俺の答えを聞かずに玄関へと向かっていく。


「……行くよ、行くから、お願いだから俺を置いてかないで師匠~‼」


 ふと我に返った。俺、何してるんだろ……。

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