暗殺妹
蘇之一行/電撃文庫・電撃の新文芸
プロローグ
良い知らせと悪い知らせがある。
良い知らせの方は、俺こと、
幼い頃から父親がおらず、生まれてこの方ずっと一人っ子だった俺は、少なからず父親やきょうだいのいる生活に憧れを抱いていた。そんな中、高校二年になった春、母親が再婚。父親が出来、その連れ子が俺の妹となった。現在、俺は母さん、母さんの再婚相手、そしてその娘である妹と四人で暮らしている。
妹は超可愛い。父親が外国人で、日本人離れした美しい顔立ちをしている。透き通るような白い肌に、赤の髪が絶妙なコントラストになっていて、一緒に町を歩けば、すれ違った人が高確率で振り返るレベルの美貌だ。
そんな可愛い妹とひとつ屋根の下で暮らせるようになり、俺は毎日が超ハッピーである。
そして、悪い知らせの方はというと。
実はその妹が暗殺者で、たった今俺を殺そうとしていることだ。
「冗談だよな、ミカ……?」
俺の妹――ミカは、冷たい表情で俺を見据えている。
その右手では、鋭利なナイフの刃先がきらりと光っている。
ナイフなんて実生活で見ること自体まずないし、俺は武器だとか兵器だとかミリタリーに詳しくないが、これが『女の子が護身用に持つもの』でないことは理解出来た。刃先にやたらめったら物騒なギザギザが付いている。そう、これは『殺すことに特化したナイフ』だ。
「――冗談なんかじゃないのは、兄さん自身が一番よく分かっているでしょ? 私は兄さんを殺すために『組織』に雇われた暗殺者なの」
両親が寝静まった深夜。
俺の妹ミカは、俺の部屋に訪れ、衝撃の事実を告げた。
外国での生活が長かったせいか、少し変わったところのある子だなと思うこともあった。いつもクールで感情をほとんど表に出さない。周りの女子たちにはない不思議な雰囲気を持っている妹。
もしかしたら、他の子とは違う特別な女の子なのかもしれないなと思うこともあった。
だが、それにしたってこれはないだろ。
実は暗殺者だって?
一緒に暮らし始めて2ヵ月ちょっと。ほんの少しの時間だったかもしれない。周りの兄妹たちが歩んで来た時間と比べればあまりに短かったかもしれない。
それでも俺はミカと本当の家族になれたと思っていた。
それなのに何で……。
「殺す前に、私の質問に答えて、兄さん」
ミカは、ナイフの刃先を俺に向けたまま言う。
「――どうして私が暗殺者だと気づいたの?」
俺は自分の部屋の床に仰向けで倒れている。ミカが俺を押し倒して馬乗りになっているからだ。ミカは俺より体重の軽い女の子だし、必死に動けば押し退けられるかもしれないが、そんなことの出来る状況ではなかった。
両手は頭の後ろで組むように指示されているし、下手に抵抗しようものなら、瞬く間にミカの手に持つナイフが振り下ろされることになるだろう。
「私は幼少の頃から暗殺者としての訓練を受けて来たプロフェッショナル。正体がバレないようにする演技だって完璧のはずだった。なのに、兄さんは私が暗殺者だと見破ってみせた。兄さんは私と違って特別な訓練を受けていない普通の一般人のはず。なのにどうして……」
ミカの言う通りだ。仮に本当にミカが裏で暗殺者をやっていたとしよう。そうだとしても、俺の方はどこにでもいるただの高校生で、どこにでもいるただの一般人だ。暗殺者なんてものとは無縁の人生を送って来た。
疑問が多すぎる。
何故、一般人の俺が、暗殺者のミカに命を狙われているのか。
そして。
何故、ミカは。
どエロい格好をしているのだろうか。
俺の目の前にいるミカは、下に着ているエロいランジェリーがスケスケのくっそエロいキャミソール姿をしている。胸の谷間とか、腰のくびれとか、太ももとか、何やらもう色々見え放題。ただし、はっきりとではなく、薄らと。ガーターベルトっていうんだっけか、それも身に付けているし、ある意味、全裸よりエロい。
そんなどエロい格好で、ミカは俺のことを押し倒しているのだ。
「後学のために教えて。どうして兄さんは私が暗殺者だと見破れたのか」
――質問に答えるまでは殺さない。
どエロい格好でナイフを構え、俺を見下ろすミカは、そう言いたげだった。
「……な、なあ、ミカ。とりあえず、一度、どいてくれないか? こんな状態じゃビビッて質問になんかちゃんと答えられないって……」
きっとナイフを見せつけられているだけだったなら、俺は今頃、恐怖でパニックを起こしていただろうし、そんな言葉を発す余裕すらなかっただろう。
だが、それとは別の『問題』があったから、多少なりとも冷静になることが出来た。
正直に言う。
俺は
初めて会った瞬間から、兄妹になって一緒に暮らすようになってからも、ずっと好きでいた。
そんな相手にどエロい格好で押し倒されているというこの状況。
ミカは俺が動けないように脚でガッチリと下半身を固定して来ている。ミカの太ももの柔らかさと温もりが下腹部にダイレクトに伝わって来る。
おまけにこの至近距離。
ミカの匂いが俺の鼻先に漂って来る。女の子特有のめちゃくちゃ良い匂いである。
逆にだ。
もしもナイフを向けられていなければ、俺は今頃、ミカへの欲情を爆発させていたことだろう。俺の中では、恐怖心と、煩悩が、バランスよく拮抗している状態なのである。
「……分かった。でも、妙な動きをしたらすぐに殺すから」
ダメ元だったのだが、俺の申し出を聞き入れ、ミカは俺の上からどいてくれた。
もちろん、決して俺から視線を外さず、警戒を怠らずではあるが。
「さあ、教えて兄さん。いつ私が暗殺者だと見抜いたの?」
俺はゆっくりとその場に立ち上がる。ミカは部屋のドアを背中にして、俺が逃げ出さないように見張るかたちを取っている。
ミカの右手には依然ナイフが握られている。その気になれば、いつでも飛び掛かって俺を刺し殺せるだろう。
俺はそんな張り詰めた状況で、恐る恐る答えた。
「……見抜いてなんていないよ。漫画じゃあるまいし、まさか、自分の妹が暗殺者だなんて思いもしなかった」
「嘘を言わないで。そんなはずがない。兄さんは私が暗殺者だと気づいていたはずよ」
「嘘じゃない。それに、お前の言う『組織』ってやつも何のことかさっぱり分からない。こっちが教えて欲しいくらいだ。何でどこにもでいる普通の高校生の俺が、訳の分からない組織に命を狙われなきゃならないんだよ」
「いいえ、身に覚えならあるはずよ。全ては、3日前のあの日の出来事が原因なのだから」
……3日前だって?
「3日前のあの日、兄さんは組織の重大な機密を知る者と接触した。そのことが原因で、私は組織から兄さんの暗殺を命じられた――」
俺はミカの言葉をきっかけに、3日前のことを思い出し始める。
一般人の
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