十話 第七地区
気味の悪い夢を見た。
心にできたしこりを無理に押し流して今日のすることを考える。
こうやってチリ一つない真っ白な部屋で起きるようになってもう二週間が経っている。結局何もわからず初夏が終わろうとしていた。
今、俺たちは北半球にいるのは間違いないようで、少しずつ日差しが肌に刺さるようになってきている。気温が上がっている……気がするのだ。ただ梅雨っぽくなる気配は無いので、日本があった位置とは違うのだろうか?
……いや。6000年も経ったんだ。
しかも山も大陸もなくなりすべてが海だ。気候が変わっている可能性も捨てられない。気候と言えば、この二週間、『ほどほどに落ち着いた晴れ』という天気しかなかったのも気になる。まあ、塔の位置や未来の気候が俺の過去に帰る作戦の役に立つかは知らないが。
「それは塔が管理しているからだよ」
場所は変わり第七地区。
第六、五、四地区は一通り調べたため次は第七地区と上の方を見に来たのだ。そこで遥に雨が降らないことを聞くとそう答えられた。
「塔が管理している?」
「そうそう。雨だと気分悪くなるもんねー」
「ほう……雨はちゃんとあるんだな」
「うん。昔、司くんとリサちゃんがよく天候を雨にしたりしていた。それに今もたまに勝手に降るよ」
「こっちから天気を変えることもできるのか?」
「まあ、ちょっと時間はかかるけどね? だいたい四時間くらいかかるかな?」
「みじっか……」
さすが未来の科学力だ。なんでもかんでもパワーでごり押す。というかよく考えれば遮蔽物も何もなくて標高のバカ高いここでは、風の強さは相当だろう。それなのにもかかわらずほぼ常に無風なのだ。
天候を維持することは意外と重要な点なのかも知れないな……。
「それに同じ天気がずっと続くとメンタル指数にも影響があるから、いい感じのタイミングで天気を変えているみたいだよ?」
「メンタル指数?」
「そうそう。住人に健康的に生きてもらうのが塔の役目だからねー」
なるほど。今は初夏のように感じているがこれは塔がうまいこと外気温を制御してくれた結果のようだ。さっきの話から想像するに、春夏秋冬を作ることでストレス緩和にもつながるから気温の変化がされているようだ。
「じゃあこれからは暑くなっていくのか?」
「んーちょっとだけどね」
「……その暑さってのは、歩くだけで地球を恨み、アスファル……地面に落ちた汗が五秒で蒸発するような死の世界にならないよな?」
「ええー……なにそれ? ならないよ……ちょっと汗ばむくらい……かな?」
「ふう、よかったぁ……」
「お客さんはそんなに暑いのが嫌いなの?」
どうやらこの世界が人にやさしいのは紛れもなく真実らしい。梅雨の不快さが無いだけでなく夏の暑さも無いようだ。さようなら、高温多湿のジパング。
「となると、冬は少しだけ寒いくらいか?」
「そんな感じ? そんな感じ。一枚か二枚追加で着ればいいよー」
「おお……神か……」
「お客さんは寒いのも嫌いなの? わがままね」
なんだか遥に呆れられているがどうでもよい。俺は暑いのも寒いのも嫌いなのだ。よく『暑いのと寒いの、どっちが好き?』という質問があるがあえて答えよう。どっちも嫌いだ。
「遥は過去の世界に来たことが無いから知らないのだ……気候というものがどれだけ脅威なのかを……」
「……? 昔の世界は何かあったの?」
「そうだよ……というか今頃ならほんとは初夏が終わって梅雨が始まる」
「ツユ?」
遥がかわいらしく小首をかしげる。くっそ。あざといな。よく見かける仕草なので癖なのだろうがなんでも許せそうになる圧倒的なかわいさを持つ。
「そうそう梅雨」
「ツユってどんなものなの?」
「遥はさっき雨が嫌いって言ってたじゃん」
「うん」
「あれがだいたい一か月か二か月続く」
「え……!?」
ははは。驚いたか未来人。平成原人は地獄のような日々を送ってきたのぞ……!
「そんなの……死んじゃうよ……」
「それが終わった後は夏が来る。その時は気温が30度を余裕で超える。場所と日によっては40度まで達する」
「30度……? 40度……? 体験したこと無いからちょっとわかんないかも……」
「おう……無いのですか……」
「そもそも気温とかあんまり気にしたこと無いし……」
「あ。やべっ。その言葉が一番傷ついた」
「え!? どうして!?」
どうしてもこうしてもあるか。こっちは毎日天気予報と睨めっこしているんだよ。梅雨の時期に晴れると喜びに胸を弾ませて、夏の涼しい日……は無いな。夏は暑い日かすごい暑い日しかない。夏を構成するすべてのものが恨めしい……!
「でもそっかぁ。梅雨かぁ。流石のリサちゃんもその長さの雨は嫌がりそうだね」
「リサさんは雨が好きなのか?」
「うん。好きみたいだよ。たまに勝手に雨にしてるもん。ひどいよねー」
「ああ……そうだな……でもなんで雨が好きなんだろうか?」
「さあ? 雨にした日は部屋から一歩も出てこないし。なんか部屋から外を見るのが好きって言ってた覚えもあるけど?」
「ふーん……」
リサさんは引きこもりのように見えて、ふらっと部屋から消えたりする。
前の時に、夕飯時なのに帰ってこない時があった。探しに行こうかと思ったが、世界には俺たちしかいないのだ。勝手に出歩くことの危険なんてものは無かった。
「ねーねー。それでさ。梅雨と夏はわかったんだけど、冬は? 冬はどんなことが起こるの? ねー」
「あーそうだなー……そうだ。雪が降る」
「雪!」
「ん? 雪を知っているのか?」
てっきり今の様子じゃあ、この塔は雪の降る気温にはならないのだと思っていた。
「うん。知っているよ! 読画でしか見たこと無いけど……でも雪が降るなんてすごいね!」
「あっれー……テンション上がっている? 雪だよ。雪?」
「雪でしょ! あの白くてフワフワの! いいなー見てみたかったんだ!」
「ああーあれか……子どもが雪にはしゃぐのと同じ原理か……」
「……あ!? 私のこと子ども扱いした?」
「いやだって雪とか、交通渋滞は起きるし、寒いし、電車は止まるし何も良いこと無いじゃん。寒いし」
「そんなこと無いもん! 綺麗だもん!」
やっぱりそう来るよなあ……。実際見た目がきれいなのは否定しないし、俺が小さい頃はよく雪遊びしたものだ。きっとまだ見たこと無いので目新しさに興奮しているのだろう……。
くそ! 未来人のバカ! お前なんか雪ダルマにカマクラ、雪合戦でもなんでもやってクタクタに疲れてしまえばいいんだ!
「……というか交通渋滞、電車ってなに? 教えてよ」
「……。ん。おーけー、お前には満員電車という全自動人権喪失機について教えてやろう。うけけっけけけ」
「え、お客さんなんかこわいんだけど……」
その後は現代の交通事情と学生とサラリーマンの悲しい定めをねっとりと聞かせてやった。中学生の時には散々苦しめられたのだ。この苦しみの片鱗でも味わえばよい……!
ただ、満員電車対してはそんなに人がいるなんてすごい! という見当違いの結論で締めくくられた。無知が極まっているせいで、もはやサイコパスだし、奴隷船の話でも同じこと言いそうだなとも思った。
そうやってくだらない話をすると第七地区の図書館についた。
いつもの通り遥は映画館へ向かう。……雪は読画で見たと言っていたよな? 俺も近いうちに確認しておくか……。ただ、今日は第七地区の探索がメインなので諦める。
いつもの通り青い石を見つけて意識を傾けた。ずるりと脳みそに世界が広がる。VRの中に没入するとこんな気持ちになるのだろうか?
そうして、開けた世界を注視しする。
大きな螺旋階段に立てたドミノを倒すように深い情報の底へ落ちていく。その階段はやはりボロボロだ。結局今回も碌な情報は無いのかもしれない。それでも前に進まなければ何も得られない。
——精が出るのね。
彼女の声がした。この青い石に意識を伸ばしているときには幻聴が聞こえやすくなる気がする。やはり、内面に働きかけているからなのだろうか? 今回は笑い顔さえも見えそうなほどはっきりとした幻聴だった。
「別にいいだろ」
なんとなく答え返してしまう。彼女はここにいないのだからしょうがないのだが今なら声が届く気がした。それでも、やはり返答は無かった。その事実に失望はしなかったがままならないなとは思った。
そんな時に比較的綺麗な扉が階段に接しているのを見つけた。深く深く、思考を石に落としていく。
ここには情報が残っていそうだ。だが、焦る必要はない。別に遅くても読み取れるのだし、喜んで開けたら『夏におすすめTシャツコーデ‼ 第二弾♡』だったこともあるのだ。その時は、なんでこんな情報が残っているんだよと結構憤慨した。
なので俺はいたって冷静に、期待しないで中身を確認する。
中には『本当に怖い‼ 闇に潜むUMA全集!』と題された情報があった。
……あ。キレそう。
なんでこんな何にも使えない情報ばかり残っているんだ。未来はどうなっているんだ。中を見たがちょっとおもしろかったのがむかつく。一つだけいえることはチュパカブラはもう正体が判明したようだった。
マジかよ……6000年先にもチュパカブラが伝承されていることも驚きだけど、正体が判明した方も驚きだ。
そんな具合で中を物色して一喜一憂する。他にも『空を飛ぶUMA全集!』だとか、『深海まで探索するための手法とその論文』とか、そんなものがあった。やはり変なものしかない。というかUMA推しかよ。
陰鬱な気持ちを抱えながら青い石の中を探検すると不意に違和感を感じる。階段がせりあがっていびつになっている部分があるのだ。
そこを注視するとその隅に吸い込まれてボロボロの広い空間に出た。そこには『西暦5920年に起きた
これは……絶対に有用な情報だ……。ついにあたりを見つけのでは……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます