第6話 狩りごっこ
今日は狩りごっこをすることにする。狩りといっても私達が持っているのは子供の練習用の小さな弓。私のは父さんが作ってくれた。子供の力でも絃が引けるくらい柔らかく、矢も弓に合わせた小さなもので、扱いやすいがその分飛距離は短い。本物の狩りにはとても使えない品物だ。それに私達は馬を持っていないから、徒歩で居住地の周りを回るだけ。すなわち遊び、ごっこである。もちろん、よほど運が良ければ鳥やウサギ等の小動物が獲れることもあるが、そんなことを期待していてはガッカリするだけだ。それでも私達は一人前の狩人になった気持ちで獲物を探しながら歩く。居住地の近くでも獲物はいないことは無いのだ。物音がする度に身を屈めてこっそりと音のした方に近づくのだが、音のした場所へ到着した時には獲物は姿も形も無い。とっくに逃げ出した後だ。ガッカリするアマルとカライがかわいそうになって、こっそりと探査魔法を使う。まだ強力な魔法は不安だが、魔力が少なくて済む魔法なら安心して使える様になったのだ。魔法に反応があった方向を見ると、草むらの隙間からウサギの下半身が見える。チャンスだ。まだこちらに気付いていない。私は声を出さずふたりに獲物のありかを指さす。ふたりもウサギに気付いた様で頷き返した。アマルが弓を構えウサギに近づいてゆく。音を立てない様に細心の注意を払っている。だが後1歩で弓の射程に入るところで気付かれた。ウサギはひと跳びで草むらから飛び出すと、あっという間に手の届かないところに逃げて行った。
「くそっ!」
とアマルが悔しがるのをカライと私が慰める。
「今のは惜しかったね。」
「仕方ないよ、練習用の弓じゃなかったらもっと遠くから射れるのにね。」
「早くヤランみたいに大きくなりたいな。」
とアマルが瞳をキラキラさせながら言う。アマルはヤラン兄さんに憧れているらしい。確かにヤラン兄さんはかっこいい。背も高いし、ハンサムだし、優しいし、狩りも得意だ。一族の女の子の憧れだが、男の子からもそんな風に見られているんだ。
「イルはいいわね、ヤランと同じ天幕に住んでるんだもの。」
そりゃ兄妹ですからね。というかカライまでヤラン兄さんが好きなのか。
「でも兄妹じゃ結婚できないからね。カライの方が可能性があるよ。」
と話を振ると真っ赤になった。おいおい、5歳で結婚は早すぎますからね。そんな感じで昼前まで狩りごっこをして遊んだ私達は、分かれて昼食を食べにそれぞれの天幕に引き返した。やれやれ、モテる姉と兄を持つのは良いが私はどうなんだろう。今まで可愛いと言われたことはあっても、将来美人になるぞとは言われたことは無い。髪も私だけ父さん譲りのダークブラウンだし...。いや、いいんだ、私にはアマルという婚約者がいるんだから、他の男なんてどうでもいい、と自分に言い聞かせる。
昼食の席では姉さんのお見合いが話題になった。10日後に見合いの相手とその父親がこちらをたずねて来るらしい。私も余所行きの服を着てお出迎えすることになった。私の義理の兄になるかもしれない人だ。興味がある。もちろんこちらは出来る限りのご馳走を振る舞って歓迎する。ヤギルを1頭潰すつもりだと父さんが言う。久々のご馳走に待ち遠しさが増す。
「ねえ、姉さんのお見合いの相手はどんな人なの? ヤラン兄さんとどちらが背が高い?」
「背は私と同じ位だから、ヤランの方が高いわよ。」
姉さんと同じ位。男性としては低い方だな。ちょっと意外だ。姉さんは私と同じで、父さんみたいに背が高くてがっちりした体格の頼りがいのある男性が好みかと思ったんだけどな。まあ人の好みに口出しはすまい。私だってアマルにコロッと落ちたもんね。
そんなことを考えていると、カライのお父さんのシルさんが走ってやって来た。なにやらあわてている。
「ラナイ、緊急事態だ。長老の天幕に集まってくれ。」
とシルさんが言う。緊急事態? 父さんが何事かと問うと。
「それが、俺も聞いただけなのだが、コーラルとこの息子がこの近くでトワール王国の王族が遭難しかけているのを助けて連れ帰ったらしい。トワール王国の内乱に巻き込まれては大変だからな。どうするか皆で相談することに成った。」
皆はシルさんからの情報に驚いた。コーラルさんの息子って確かヤラン兄さんと同じ歳のはずだ。名前はヤルだったと思う。狩りの途中で倒れている人を見つけて、助けるために連れ帰ったらトワール王国の王族と分かったらしい。王族がこんなところにひとりで来るわけがないから、だれかに追われていた可能性が高い。トワール王国の軍隊がその人を探している可能性もある。軍隊と戦うことになったら勝ち目はない。
父さんはカライのお父さんと急いで長老の天幕に向かった。周りを見ると皆心配そうな顔をしている。昨日カマルさんからトワール王国は王子たちが王座を争って内戦状態にあると聞いたばかりだ。そんなところに関わりを持ちたくないが、関わりを持ってしまったからには引き返せない。その王族を一族で匿えば、敵対する勢力と戦いになるかもしれないし。追い出せば恨みに思って後で攻めてくるかもしれない。その王族をこっそりと殺してしまって知らぬ存ぜぬを通すのが一番良いのかもしれないが、私達の一族にそんな冷酷なことを主張する人がいるとは思えないし、居て欲しくはない。私はお昼からラクダルの世話をしながら、こっそりと長耳の魔法を使って、父さん達の話し合いの様子を聞いていた。
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