第3話 オカミの群と初めての魔法

 突然雷が鳴る。近い! いきなり大粒の雨が降り出した。スコールだ。私は野草の採取を止め急いで天幕に入る。この雨で家畜の食べる草の心配をしなくて良くなるかもしれない。しばらくして雨は止むどころかますます強くなり、それに伴い雷も頻繁になる。あたりはまるで夜の様に暗くなってしまった。アイラ姉さんと母さんは大丈夫だろうか...。きっとびしょ濡れになっている。そんなことを考えていると誰かの叫び声が聞こえた。雨の音が煩いので途切れ途切れである。


「ヤギル...げた。ヤ.....逃げた。」


ひょっとして「ヤギルが逃げた。」か? 雷に驚いてパニックに成ったのだろうか。そんなことを考えていると母さんとアイラ姉さんが天幕に飛び込んできた。


「イル、ヤギルが逃げ出したの。母さんは後を追いかけるから姉さんとお留守番をお願いね。」


「母さん、私も行くわ。」


「駄目よ、誰かがこの居住地を守らないと。ラクダルもいるのよ、誰かが盗みにきたら大変だわ。」


「分かった...。気を付けてね。」


アイラ姉さんがそういうと、母さんは手を振って出かけて行った。あんなに濡れたままで大丈夫だろうか。母さんのふっくらした綺麗なしっぽも雨に濡れて萎んでしまっていた。こんな時に何もできない自分が情けなくなる。


 幸い母さんが出て行ってからすぐに雨は止んだ。これならヤギルの足跡を追っていくことも容易だろう。アイラ姉さんの話だと、母さんだけでなく一族の主だった大人たちも一緒に出掛けた様だからすぐに戻って来られると思う。


 アイラ姉さんは濡れた服を脱ぐと、素早く別の服に着替え、


「ラクダルの様子を見て来るわ。」


と言って天幕から出て行った。


私はすぐに姉さんの後を追いかけた。なんだか嫌な予感がするのだ。私の予感は当たった試しがないが、それでもひとりで待って居たくない。幸いラクダルの居る柵は天幕から近い。ラクダルの柵に到着するとアイラ姉さんはラクダルを一頭一頭撫でながら変わった様子は無いか確認しているところだった。見つかったら叱られるかと思ったが、私の姿を見ると姉が心配そうに言った。


「ラクダル達の様子がおかしいの。何かに怯えているみたい。」


ついさっきまで酷い雨と雷だった。怯えていても不思議じゃないと思ったが、念のために辺りを見回してみる。「大丈夫何も居ないよ」と言いかけた途端、


「ウォォォ~~~」


と獣の鳴き声が遠くから聞こえた。オカミの遠吠えだ。まずい、今この居住地にはほとんど大人が居ない。父さん達は狩りに行ったままだし、他の大人たちはヤギルを追いかけて行ってしまった。残っているのは私達みたいな子供やお年寄りだけ。襲ってこられたら防ぎようがない。


アイラ姉さんが懐から小さなナイフを取り出し手に持つ。でも、オカミ相手にあんな物じゃ気休めにしかならないのは明白だ。といっても、私なんか武器になりそうなものは何も持っていない。そして、こんな時にいつも当たらない私の予感が当たった。オカミの群れが草原から現れたのだ。

 

「イル、こっちへ来て。」


そうアイラ姉さんに言われ、あわてて柵の下を潜って姉さんの傍に走り寄る。柵の外に居たら一番に狙われるのは私だ。オカミ達の狙いはラクダルだろうか、それとも居住地に残った子供達か。いずれにせよ私には防ぐ方法はない。


「アイラねーさん、ラクダルをなんとうかオカミにあげるの。おなかいっぱいになったら、かえってくれるかもしれない。」


「そんな...。」


「はやく! オカミがこどもたちのほうにいったらたいへん!」


と説明すると私の意図を理解してくれた様だ。すばやく3頭のラクダルを柵の外に追い出す。後で追いだしたラクダルの持ち主から文句を言われるかもしれないが、その時はその時だ。外に出されたラクダルはオカミの群れに怯え、一目散に逃げ出した。それを見たオカミの群れが一斉に追いかける。体格的にはオカミよりラクダルの方が大きいが、オカミは集団で狩りをする。3頭のラクダルはオカミに追いつかれたと思った途端、何頭ものオカミに同時に跳び付かれ地面に引き倒された。しばらく断末魔の悲鳴が聞こえた後静かになる。これでおとなしく引き返してくれます様にと私は祈る。だが私の祈りも空しく、オカミ達はラクダルが息を引き取ったことを確認するとラクダルの死体には目もくれず再びこちらにゆっくりと向かって来る。


 アイラ姉さんが私を隠す様に前に出る。私達は柵の中に居るが、先ほどみたオカミのジャンプ力ならこんな柵は飛び越えるかもしれない。どうしよう...。こんな時に魔法が使えたら... そうだ! 使えば良い。私には魔法の知識と魔力がある。今まで使わなかったのは、この幼い身体が魔力に耐えられず魔力中毒になる可能性があるからだ。最悪の場合死ぬこともあり得る。魔法を使うには少なくとも10歳、出来れば15歳前後からでないと危険なのだ。でも、魔力中毒になっても死ぬとは限らない。このまま何もしないでアイラ姉さんに何かあったら悔やんでも悔やみきれない。そう考えると心が落ち着いた。


 魔法を使うといっても1回が限度だろう。一発の魔法でオカミの群れを追い払わないといけない。防御系の魔法ではじり貧になるだけだ。かといって、今の私に群れ全体を対象にするような面の攻撃なんて出来っこない。


「アイラねーさん、オカミのボスはどれ?」


と私は姉さんに尋ねる。父さんがオカミの群れはボスに率いられていると言っていた。ボスが倒されれば他のオカミは逃げ出すだろうか。私の表情から何か理由があると察したのか、姉さんは真剣な顔で答えてくれた。


「向こうにいる黒くて大きい奴、あれがボスよ。」


 私はボスに向かって手を翳す。破壊魔法を放つのだ。攻撃系の魔法には土魔法のアーススピア、水魔法のアイススピア、火魔法のファイヤーボール等色々あるが、どれも一旦魔力を物理攻撃に変えて相手にダメージを与える方法で魔力のロスが大きい。その点破壊魔法は魔力そのものでの攻撃でロスは一切ない。欠点もあるが使う魔力を出来る限り絞り込みたいこの状況では最良の選択だろう。私は慎重に狙いをさだめ破壊魔法を放つ。途端に目の前が真っ暗になった。

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