第六話 オリビアの日常


 オリビアは、すぐに神殿に馴染んだわけではない。

 ヤスが用意した家は、屋敷と呼べるような大きさだ。従者と一緒に住むことが考慮されている。可能性は低いが、騎士の3人が神殿に住む場合には、オリビアたちに責任を取らせる意味も含めて、一緒に住める大きさの家をヤスは用意した。

 家の手配は、セカンドたちが行い。家具などの準備も行った。


 オリビアは、ヤスから屋敷を与えられてから、メルリダとルカリダにも対等に接するように伝えるが、二人は固辞した。

 神殿に居る者たちに相談をしたが、”別にいいのでは?”という緩い返事が来た事で、従者たちには、本人の好きにさせた。

 それが良かったのか、帝国にいた時と・・・。いや、それ以上に、快適に生活が出来ている。


(そもそも、私が帝国の姫だと知っても、誰も態度を変えない。それが心地よい・・・)


 オリビアは、進められるままに、日記を書き始めた。

 最初は、何を書いて良いのか解らなかったが、日々の出来事を綴るだけでも楽しかった。


 王国の辺境伯の娘だと名乗ったサンドラやサンドラの従者をしているマリーカから、神殿の事や王国のことを聞いていた。それだけではなく、神殿に溶け込めるように、いろいろな場所に顔を出して、話を聞いていた。

 ギルドで仕事を始めた。サンドラの進めが有ったからだ。仕事とは別に、休みになるとリーゼと一緒に行動することが多くなっている。


 オリビアの快適な亡命生活にも、問題が全くなかったわけではない。

 ユーラットでは、ヒルダが問題を起こしている。


 メルリダやルカリダが後始末を行うために、ユーラットに向っていた。しかし、回数が重なることで、オリビアが謝罪をしなければならない状況になりつつあった。


 ヒルダたちは、空き家を接収した。実際には、ヒルダは国家を代表しているわけではないので、接収ではなく、占拠に近いのだが、本人たちは、帝国の姫であるオリビアの騎士を自称しており、空き家を管理していたロブアンから無理矢理に近い形で奪った。アフネスから、オリビアに形だけの抗議が届いた日に、オリビアが謝罪に行くというのを、ラナが止めた。


「オリビアさんが謝罪に行くのは、まだ早いと思います」


「早い?しかし・・・」


「迷惑を掛けたら謝る。素晴らしいと思いますが、それは本人たちが行うべき行動で、上位者が謝罪すべきではない」


「それでは」「姫様。ラナ様の通りだと思います。まずは、私とルカリダで状況を確認して、補償の約束をしてきます」


 メルリダは、”補償の約束”という曖昧な表現をした。

 今、オリビアには明確に、”補償”ができる状態ではない。オリビアも、自分たちの状況が解っているので、”補償”が約束手形になってしまうことを恐れた。


「オリビアさん。補償は、ヤス様の名前を借りましょう」


 ラナの提案は、オリビアの想像を越えていた。

 神殿の主である”ヤス”に、補填をさせると言っているのに近い言葉だ。


「え?」


 オリビアが驚くのも当たり前だ。

 自分が持っていた常識に当てはめれば、帝国に亡命してきた貴族の従者がやらかしたことを、帝国の長である皇帝が補償すると宣言するような事だ。帝国では、絶対にありえない。


「大丈夫です。これは、リーゼ様を通して、ヤス様に確認をしています」


 既に確認済みの情報だ。

 オリビアに拒否権はない。リーゼが、ヤスに頼んだ形にしているのは、オリビアがヤスに頼んでも、ヤスは許可を出しただろう。しかし、周りの評価を考えると、リーゼが動いて、ヤスを動かしたことにした方が、ラナの目的が達成される可能性が上がる。


 そして・・・。

 オリビアに、楔を打ち込むことができる。


「わかりました」


 オリビアは、ラナの本当の目的には気が付かないが、表面的なメリットと、自分が被るべき汚名を甘んじて受け入れることに決めた。


 ヤスとのやり取りを含めて、オリビアは日記に記載した。

 メモの代わりにもなる。ヤスから出された条件は、”リーゼを裏切らない”ことだけだった。曖昧な基準で判断に困るが、オリビアは承諾した。ヤスは、現状の報告をラナから受け取っていて、オリビアが訪ねてきた時には、ユーラットに渡す資金を用意してあった。


 ユーラットにあった空き家を、オリビアが買い取って、ヒルダとルルカとアイシャに渡した。

 手続きは、メルリダとルカリダが代行した形だ。ヒルダたちは、資金がどこから出たのか気にしないで、空き家に住み始めた。定期的に、資金を渡すことで、騎士としての矜持が保たれているのだろう。ヒルダ以外の二人はおとなしくなった。

 修繕が行われない状態で放置されていた馬車も、空き家の近くに移動した。もちろん、自分たちでは行わない。メルリダとルカリダがギルドに依頼を出して、馬車の移動を行った。結局、騎士を名乗る3名は何もしなかった。


 ギルドでの日常にも慣れ始めた。ユーラットに居るヒルダが定期的に問題な行動を起こしているが、ヤスが補填に動いていることや、リーゼとオリビアが一緒に居る所が頻繁に見られる事から、ユーラットでもヒルダへの風当りが強くなるだけで、オリビアや謝罪に動いているメルリダとルカリダには懐疑的な視線は無くなってきている。最初には、迷惑を押し付けられたと思っていたユーラットの人たちも、謝罪行脚が重ねられる事で、帝国の問題というよりも、ヒルダの問題だと認識するようになってきた。


 そして、休みの日には、リーゼがオリビアを連れ出して、神殿だけではなく、楔の村ウェッジヴァイクまで案内し始めている。もちろん、トーアフートドルフにあるアシュリや白虎門や玄武門を案内した。王国の肝になっているトーアヴェルデを案内した。集積場の役割もしっかりとオリビアに説明した。

 本当に見せてはダメな。ヤスが居る神殿の地下は見せていない。しかし、地下に入るのは、ヤスと眷属を除けば、イワンくらいだ。リーゼも殆ど入らない。危ないという理由もあるが、入る必要がないというのが大きな理由だ。


「オリビア!早く!」


「リーゼ様。よろしいのですか?」


「いいよ。ヤスには、言ってあるから大丈夫!」


「でも・・・。ここは?」


「学校かな?」


「学校?でも、カイル君やイチカさんよりも、小さい子供たち・・・」


「そうだよ?」


「え?」


「神殿では、成人前の子供は、学校に通って、読み書きと計算と簡単な護身術を覚えることになっている!ヤスが考えて、実行したことだよ!」


 オリビアが神殿で何度目かの驚愕を受けた。

 帝国にも学校があるが、貴族に連なる者や豪商か他国からの留学しか学校は受け入れていない。王国では、もう少し門戸を広げているが、神殿を除く場所では、学校は余裕のある貴族が通って、人脈を作る為に豪商の子供たちが通ってくる。一部、騎士になるために、学校に通う者は居るが、神殿の様に、子供なら全員を受け入れて、教育を施している場所はない。

 授業の内容にもオリビアは驚愕した。

 帝国でも同じ内容を教えられるが、簡単な計算や教えるが、距離を求める方法や、方角を調べる方法や社会の仕組みは教えていない。オリビアは、立場が王女だったので、社会の仕組みや王族や貴族の常識は教えられた。計算も、学校では教えないような複雑な式を教えられたが、神殿で教えられているような実用ベースの計算は教えられていない。


 そして、オリビアはヤスが怖くなってしまった。

 距離が解れば、簡単な計算で時間が計算できる。それだけではない。必要な物資を、必要な場所まで効率的に移動させることができるようになる。学校で教えている事が、全てだとは思わないが、基礎には繋がる。

 基礎ができた子供が、100名以上。いや・・・。それ以上・・・。軍事に利用できる知識を持った者たちが、100名以上。そして、ダンジョンと呼ばれる訓練場がある。オリビアたちも経験したアーティファクトで大量に人を素早く移動できる。


 オリビアは、学校を見てから日記に神殿のことをしっかりと記憶するようになった。

 オリビアは日記を書いているつもりでも、本来の気立てが影響しているのか、神殿の情報をまとめているようになってしまっていた。

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