第二十五話 神殿攻略の余波


 朝から、イーリスとサンドラは、不機嫌を隠さないで来る”客”の対応を行っていた。


 想像通りだった。

 神殿の迷宮区が”一般公開”されて、皆が考えている状態になった。ヤスというよりも、マルスの読みどおりに、面白いように王国内の貴族が喰い付いた。それだけではなく、教会も前のめりになるくらいに喰い付いてきた。帝国も皇国も喰い付いてきた。


 続々と軍を送り込んでくる愚か者たちの相手を、ヤスがするわけがなく、ギルドの代表としてイーリスと辺境伯から委任される形でサンドラが行っている。


「ですから!何度もお伝えしている通り、ギルドからは何も情報をお出しできません。冒険者や商人から情報を買われるのでしたら問題にはいたしませんが、ギルドは今回の蛮行には、反対の立場なのです」


 朝から繰り返されている言葉。

 イーリスだけではない。ギルドの面々は、貴族の代理だと言っている者たちを最初は個別に対応していたが、あまりにも数が多くて対処が難しくなってきた。貴族も一枚岩ではない。貴族家の長男と次男で別々に隊を率いて攻略に乗り出している例もある。


 サンドラは、サンドラでギルドの仕事を手伝いながら、辺境伯の派閥の者が攻略に乗り出してきた場合に、辞めるように助言をしている。対価として、別荘地を貸し与える許可をもらっていた。ヤスから見れば、懐が傷まない相手が喜ぶものだ。それだけでは、”もうしわけない”と考えたヤスは、イワンと交渉して蒸留酒で”でき”の良くない物を無料で提供した。商人に売るにも、一定の品質が必要になってくる。無料で放出した酒樽は、味は良かったがアルコール度数が無闇に高くなったり、低くなったり、安定しなかったものだ。他にも、色が悪い物も存在した。しかし、もらった貴族は喜んだ。神殿の酒精は、一部の者しか手に入らない物だったのだ。サンドラは、辺境伯から苦情を受けて、辺境伯の派閥に同等の物と販売に耐えられるギリギリの品質の物をヤスから貰い受けて大量に放出した。


 王国内では、国を3つに分断する争いが勃発した。

 ヤスが投げた一石が大きな反響を持って迎えられた。王国内に燻っていた火種が大きく燃え上がったのだ。

 王家の権力は、健在な状況だ。しかし、地方では貴族が好き勝手に治世を行っていた。それらが、ヤスの物流(部隊)と一緒に流れてくる情報という目に見えないが、たしかに存在する物によって繋がってしまった。

 王家と辺境伯レッチュ伯は、神殿の再攻略には消極的な立場を貫いた。それに反発したのが、リップル子爵の蛮行で派閥に壊滅的な打撃を受けたものたちだ。再攻略が出来るほどの戦力は有していないと思われたが、公爵派閥に教会の一部が繋がった。神殿の攻略に向かうと見せかけて、王家派閥の貴族領に攻撃を開始した。

 そして、ヤスと辺境伯が始めた物流拠点から締め出しを食らった商人たちも教会と手を結んだ。新しく構築される治世での商業面を取り仕切るという甘い蜜に吸い寄せられた。教会は、両方の勢力に武器や人を貸し与えた。情報と機動力で勝っている王家派閥は、適切な場所に適切な部隊を集めて、物資の運搬をヤスに依頼した。移動に必要な物資だけで動ける王家派閥の部隊と違い、兵站と重装備を持って移動する者たちが叶うはずがない。ヤスは、神殿に住む許可された者たちに、バスを貸し与えた。バスは、逃げる住民を運ぶために利用した。兵士は運ばないと約定を入れさせる徹底した状況だ。


 時を同じくして、帝国でも内乱が発生していた。

 ヤスが見せた甘い蜜に群がった者たちが発端となっている。帝国では、多くの貴族が神殿攻略に前のめりになった。最初は、自領の冒険者や不法者たちを集めて神殿に送っていたが、誰一人として帰ってこなかった。たどり着けたのかも不明な状況になってから情報を収集しはじめた。一部の貴族が楔の村ウェッジヴァイクを取り囲んだ。楔の村ウェッジヴァイクから神殿の内部に入られると噂されているのを信じたのだ。取り囲んだ、軍は”魔物たちの大群”に蹂躙された。それを皮切りにして、帝国内部で貴族同士の小競り合いが勃発した。裏には、マルスが送り込んだドッペルたちの活躍があったのだが、とある男爵家以外は王家を含めて、どこかと紛争状態になってしまった。紛争が長引いている理由は、なぜか勝利の天秤が傾き始めると、勝ちそうになっている貴族領に大量の魔物が発生する。魔物を討伐している最中に、天秤が元に戻ってしまうのだ。帝国の内乱は、規模を大きくしていく。

 皇国は、当初は傍観だったが、帝国からの救援要請に応えるかたちで内乱に巻き込まれる。そこに、王国内で行っていた工作が裏目に出た。教会を通して、援助を申し込まれたのだ。断ることも出来たのだが、祭司の一人が答えてしまった。皇国内部でも争いが発生した。神殿を再攻略出来ていないのに、自分たちなら問題なしと考えて、王国の貴族からの救援に応じたのだ。それだけではなく、帝国からの救援にも、BETをしたのだ。勝ち馬に乗ろうとして、皇国の有力者が受けた救援要請に応じたのだ。そして、それは”民”に増税という”悪夢”を与えた。皇国の民は、信徒が大半を占めている。しかし、度重なる増税に信仰を捨てる者までではじめた。それで、信仰を捨てた者たちは、帝国や王国に行くのかと思われたが、難民にならずにもっと短絡的に利益を求めた。盗賊になったのだ、村ごと盗賊になった場所も存在した。皇国が抱えた火種は、日を追うごとに燃え広がった。


『マスター。これが、王国と帝国と皇国で発生している内容です。概ね、マスターが望む通りになっております』


「わかった。王国は、そろそろ片付きそうか?」


『了』


「問題は、帝国と皇国だけど、気にしてもしょうがないよな?」


『了。皇国の瓦解は止められないと考察します。帝国は、ウェッジヴァイクに使者が向かっています』


「使者?」


『帝国貴族アラニスの生き残りです』


「アラニス・・・。あぁディアスの実家か?」


『是』


「ん?でも、ディアスには・・・」


『是。偽物です』


「そうか、何人程度だ?もしかして、ドッペルが忍び込んでいる?」


『是』


「捕らえて、ドッペルを送り返せ」


『了』


「まだなにかあるのか?」


『マスター。個体名ドーリスと個体名サンドラが限界です』


「うーん。手がないよな?」


『ドッペルを使いましょう』


「ドーリスとサンドラのドッペルでも作るのか?」


『違います。マスター。個体名ドーリスに提案してください』


「ん?」


『別荘区に、ギルドの出張所を作るように提案してください。そのギルドの職員は、ドッペルに任せます』


「いいのか?マルスの負担が増えないか?」


『大丈夫です。今の状態では、個体名ドーリスと個体名サンドラの不満が溜まってしまいます』


「わかった。場所は、ドーリスに決めさせればいいよな?」


『是』


 ヤスは、すぐに動いた。女性の機嫌を放置するのは悪手だと知っているからだ。

 呼び出されたドーリスとサンドラは、化粧で誤魔化しているが見た目にも疲れているのが解った。


 ヤスの・・・。マルスの提案を、聞いて、ドーリスが即座に動いた。サンドラも、辺境伯に連絡をした。資材は、神殿が用意して建築はギルド職員と冒険者が総力を上げて建築した。翌日には、出張所が完成した。マルスは、約束通りにドッペルを派遣した。再攻略に来た者たちへの対応を開始した。

 貴族たちは、自分たちが特別扱いされたのだと喜んだ。そして、そのまま”死地”に攻略部隊を送り込んだ。


 結果、数万もの人間が迷宮区に潜って帰ってこなかった。

 貴族たちが異変に気がついたときには、変える領地さえも怪しい状況になってからだった。

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