第二十話 ディアスの報告


「ヤス様。子供たちは・・・」


 ディアスが言葉を詰まらせる。カスパルが、慌ててディアスの表情を見るが、泣いているわけではない。どう説明していいのか、自分の考えが正しいのか、正しかった時に神殿に影響が出てしまうのではないかといろいろ考えてしまっただけなのだ。


「大丈夫だ。ディアス。教えてくれ」


「はい。子供たちは、帝国を通って来たようです」


「ん?ディアス。ちょっとおかしくないか?」


「今、”帝国を通ってきた”と言ったよな?間違いじゃないよね?」


「はい。彼らの言葉を信じるのなら間違いなく、彼らは、ラインラント皇国から来たのです」


「??」


 ヤスは、もちろん”ラインラント皇国”を知らない。


 知らない事は、知らないとはっきりと伝えた。ディアスもカスパルもびっくりはしたが、ヤスならそれも”ありえる”と思えた、ラインラント皇国の説明を歴史的な流れを省略して始める。


「名前から、天皇や天子や神子が治めていると思ったけど、そのとおりなのだね」


「はい」


「他の国に習って、王を名乗る事もありますが、天子で間違いないです」


「ん?ディアスとカスパルの様子から、あんまり評判がいい国じゃないように思えるけど?」


「そうです。帝国が軍事国家だというのはご存知だと思うのですが、その帝国以上に厄介なのが、皇国なのです」


「厄介?帝国以上に?」


「ヤス様。歴史的なことですが・・・」


 ヤスは、黙ってディアスとカスパルの説明を聞いた。

 簡単に言えば、ラインラント皇国という国は、天子と名乗っている事から、”神の子供”の末裔で、神の血筋だと言っている。皇国は、リシトネン神国で政変に破れた者たちが集まって作った国なのだ。7つの皇家が”神の血筋”だと言っている。帝国は、最初は神国を守護するために作られた国だった。その神国は、都市国家で一つの都市しか領土としていない。皇国が出来るきっかけにもなった、政変も神の名前を使った侵略戦争を起こそうとしていた一派が居たためだ。

 侵略戦争を起こそうとしていた者たちが政変で破れて追放された。その時に、帝国は追放された一派の派閥に与していたために、神国から敵性国家だと認定された。現在に至るまで解除されていない。

 皇国は、政変から宗主国としての価値を高めた。戦闘放棄と種族融和を宣言した。攻撃されれば反撃はするが、自ら侵略戦争を行わないという宣言と合わせて、種族主義を撤廃した。多くの国は歓迎して、今まで通り宗主国としての存在を認めたのだ。

 帝国は、皇国の宣言は誤りであり、人族がすべての種族の中で優れている。人族こそが、全ての国の頂点に立つべきと言い出した。それを、皇国が”神の名の下”に認めたのだ。


「ふぅーん。ようするに、宗教的な話しに、領土を得るという野心が重なったのだな。あとは、種族的な問題か・・・。相容れないだろうな」


「はい。特に、ヤス様が治める神殿の現状を知ったら、許さないと思います。彼らは、神殿は神が彼らに与えた物。人族のために存在すると言っています」


「それは、わかった。それで、子供たちが皇国から来たと言うのは間違い無いのか?」


「はい。間違いありません。それに・・・」


「ディアス。なんだよ。話せよ」


「彼らが、”神殿が攻略”されたことを知っていました。誰かに教えられたのか、そう言われたのかわかりませんが、最低でも、神殿が攻略されたという情報を帝国や皇国が掴んでいると思ったほうが良いと思います」


「それは、別にいいけどな。どうせ、間諜が潜んでいるだろうし、そこから情報が漏れているだろう。それはいいけど、彼らが皇国の人間だというのはまだ確定じゃないよな?」


「はい。憶測が混じっています」


「その憶測とやらは?」


「彼らに、神紋が押されていました」


「神紋?」


「皇国で生まれた者に押される”紋”です」


「ん?それがあると何かまずいのか?」


「はい。奴隷の子や、人族以外の種族との取り引きを行う者たちで、二級国民という印です」


「はぁ?」


 ヤスは、馬鹿らしいと考えたが、地球の歴史を紐解けば似たような事例は掃いて捨てるほど有る。

 皇国でも同じなのだ。人族至上主義を唱えている以上は、人族以外との取引を想定していない。上層部やそれに類する者たちは、獣人やエルフやドワーフとの取引を下賤な者の仕事している。しかし、ドワーフの作る酒や武具や日用品は必要になる。エルフが持っている貴重な植物や森のめぐみは欲しい。そのために、それらの種族と取引を行う下船な者たちを用意したのだ。それが二級国民となる。一級国民や上級国民が出来ない仕事を行うのが二級国民なのだ。


 カスパルとディアスの説明を聞いて少しだけ落ちつたヤスは、子供たちの処遇を考える。


「そうか、わかった。子供たちが、俺たちの事をどうやって知ったのかは別にして保護しないという選択肢はないな」


「「ありがとうございます」」


「カスパル。ユーラットでは、物資の購入が難しいだろう。領都まで行って食料を買ってきてくれ。ユーラットには、別の者に行ってもらう」


「わかりました」


「ディアスは、しばらく子供たちを見てくれ」


「はい」


 ヤスは大まかな状況を把握して、カスパルとディアスに指示を出したのだが、まだ漠然とした状況なのが気に入らなかった。

 ディアスとカスパルが、執務室から出ていくのを見送ってから、端末を立ち上げて、12人の子供の様子を見る。眠っている状態を確認して少しだけ安堵した。


「マルス!」


『はい。マスター』


「知っていたよな?」


『はい。12名の幼体が森を歩いて居たのは気がついていました』


「次から、皇国や帝国が俺の領地で同じようなことをしていたら対処しろ。多少手荒な方法でも構わない」


『了』


「マルス。それから、子供たちの、バカみたいな紋は消せるか?」


『可能です』


「どうしたらいい?」


『・・・・(神紋を検索)・・・。マスターの眷属にするのが簡単です』


「他には?」


『神紋というのは、俗称で、内実は奴隷紋です。したがって、ディスペルで解除することが出来ます』


「ディスペルが使えるのは?」


『・・・(神殿住民のステータスを確認)・・・。神殿の住民では、1人だけです』


「1人?」


『個体名リーゼです』


「そうか・・・。わかった」


 ヤスは、リーゼのステータスを知らない。

 どうやってリーゼに話をするか考える必要がある。子供たちは、神殿の中に居る限りは、パスが切断されているので、奴隷にしている者には死んだと認識されるとマルスは補足したが、子供たちを神殿に閉じ込めておく状況は健全ではないと思っている。ましてや、眷属は子供たちが受け入れるかわからない。そうなると、ディスペルを使うのが最良の方法に思える。


 ヤスは、マルスに少しだけ考えると言って自分の思考に埋もれた。


 ヤスは忘れていたのだが、子供たちが神殿を目指すしか無いと思ったのは、ヤスが関係していた。ヤスは、神殿の山側の森は、辺境伯と帝国に跨る森だと思っていた、間違っていないが、正解ではない。森は、帝国と皇国と王国の辺境伯との間に広がっていたのだ。


 皇国の豪商で使われていた子供たちは、森の中で採取を行っていた。本人たちは、採取を命じられたと思っていたのだが、実際には魔物や獣の素材を求めて、森に踏み入った者たちの盾にされていたのだ。皇国ではよく使われる手段なのだが、二級国民を村や街や本隊との間に配置して、魔物や獣との戦闘に負けそうになると、二級国民が居る場所に逃げていき、魔物や獣が二級国民に襲いかかっている間に逃げるという方法だ。


 子供たちには、当然のことだが、知らされていない。一級国民が二級国民を使うのは当然の事で説明なんて必要としていなかった。逃げてきた、子供たちも同じ様に森の中層部で肉の盾にされていたのだ。

 偶然が重なった。ヤスが、森を分断するように川を作ったことで、子供たちと一級国民を分断したのだ。戦闘していた者たちは、川が新しく出来た事実を知らないで、戦闘後に子供たちが居なくなっている自体に気がついたのだが、魔物に襲われたかして死んだのだと判断した。


 子供たちは、わけも分からず森の恵みで飢えを凌ぎながら歩いた。

 そして、偶然が重なってカスパルとディアスの前を歩く事になったのだ。


 子供たちは、商家が言っていた、”神殿が攻略された”という言葉を信じて、神殿に向かおうとしていたのだ。もちろん、どっちが神殿で、どこに神殿があるのかもわからないが、12人の子供たちは皇国に戻りたくないとだけ考えて、来た方向とは別の方向に歩いた。

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