第十八話 門


「旦那様」


 ヤスがFITに乗り込もうとしていると、後ろからセバスが声をかけてきた。


「どうした?」


 FITのキーを操作しながら振り返ってヤスは近づいてきたはずのセバスを見る。


「え?」


 セバスは抱える程度の大きさの箱を持ってきていた。


「セバス。その箱は?」


 セバスの後ろから遅れるようにアフネスが来ている。


「ヤス」


 近づいてきたアフネスが少しだけ上がった息を整えてから説明を始める。


「ヤス。荷物の運搬を頼みたい」


「セバスが持っている箱か?」


「そうだ。もう二箱あるが問題ないよな?」


「問題ない。それで、箱の中身は?」


「セバス殿が持っているのは、直近数日のリーゼとディアスの食料だ。残り二箱の一つも食料を詰めてある」


「もう一箱は?」


「リーゼの下着や普段着だ。あの娘は、着替えを1-2泊分しか持っていっていない」


「そうか、わかった。リーゼに渡せばいいよな?」


「そうして欲しい。それから、家具はどうしたらいい?」


「必要な物は”ある”と思うけど小物類は足りない可能性がある。足りない物は聞いて取りに行かせる」


「わかった。やはり家具は用意してあるのだな」


「当然だろう?受け入れると言ったのだから最低限度の住居は必要だろう」


「・・・。当然なのか・・・。わかった、ヤス。報酬は情報でいいか?」


「情報?」


「魔通信機の持ち主一覧だ」


 ヤスは手渡された羊皮紙を見た。

 番号が振られていて、持ち主と思われる名前が書かれていた。個人名ではなく組織の名前が書かれている物もある。


「アフネス」


「貸し出しはこちらで管理させてもらおうと思うがいいか?」


「いいも何もそのつもりだぞ?俺は交換機を預かっただけだ」


「そうか・・・。助かる。これから、増えたり減ったりしたときに一覧での報告だけはさせてもらおう」


「わかった。そうだ!アフネス。魔通信機を増やせるのなら、ギルド用と神殿用の2つを貸してくれないか?」


「わかった。準備しよう。二台だけでいいのか?」


「十分だろう?リーゼはどうする?」


「欲しがるだろうが必要ないだろう。欲しければ自分で言ってくるのが筋だからな」


「わかった。それだけか?」


 ヤスは受け取った羊皮紙を丸めてFITの中に投げ込む。

 セバスは、トランクを開けて持ってきている荷物を積み込んだ。


「旦那様。準備ができました」


「わかった。アフネス?」


「すまん。私は、セバス殿と一緒に神殿に行かせてもらおう」


「わかった。先に行く」


 ヤスはセバスを連れていくつもりでいたが、アフネスとセバスで交渉が残っているのだろう。セバスが残ることを承諾したので、一人で神殿に向かう。


 載せられた荷物を確認してからトランクを閉めた。運転席に乗って火を入れる。”Sモード”を解除してゆっくりとした動きで走り出す。


 なんの問題もなく神殿に到着した。

 出発したときと違って立派な門が出来ている。


『マルス?この門は?』


『ユーラットを参考に作成しました。外門は門番が居る場所を設置しました。内門は住民なら自動で入ることが出来ます』


『いいけど、人が多く来たら行列が発生して待たせてしまうよな?』


『審査に時間が必要になります。ある程度の行列は甘受すべき事柄です』


『そうだろうけど・・・。マルス。門を3つ作ってくれ』


『はい』


 ヤスは門を3つ作ることで行列を緩和できるのではないかと考えた。


『マルス。左右の2つの門の近くに広場を作ってくれ。待機所にする。雨風が凌げれば十分だろう』


『了』


 マルスに指示をだしたことで、”門に関しての事柄は解決した”と勝手に思うことにした。

 そのままヤスは駐車スペースには入れないで、ロータリーでFITを停めた。


「マスター」


 ヤスが降りると待っていたメイドがヤスに近寄る。


「ん?」


「マルス様から、マスターが荷物をお持ちだとお聞きしました」


「ん?あぁセカンドか?リーゼは落ち着いた?」


「はい」


「そうか、荷物は任せて大丈夫か?」


「問題ありません」


「リーゼの荷物を持っていってくれ。食料は神殿に運び入れてから必要になったら持っていってくれ」


「かしこまりました」


 開けられたトランクからリーゼの荷物を持ってセカンドと呼ばれたメイドがリーゼに家に向かう。

 待機していたもうひとりのメイドがヤスから荷物を受け取り神殿に戻った。


 ヤスもメイドに続くようにして神殿に戻った。

 自室と定めている部屋に戻った。エミリアで神殿になにか問題が発生していないか確認してから風呂に入って体を休める。


『マスター。マスター』


「ん?」


 マルスの呼びかけに寝ていたヤスが反応する。


「ん?あぁマルス。何かあったのか?」


『個体名セバス・セバスチャンと個体名ツバキが移住者を連れて戻ってきました』


「早い・・・。わけでもないな。今はどこに?」


『門で審査及び説明を行っています』


「俺も行ったほうがいいか?」


『お願い出来ますか?』


「大丈夫だ。そうだ!カスパルにも手伝わせよう」


『了。個体名セバス・セバスチャンの眷属を向かわせます。個体名カスパルは必要ないです』


 マルスは、ヤスが言っているカスパルを手伝わせるには反対の考えを持った。

 ヤスは気にするような事柄ではないが、カスパルが説明すると先住者だという特権意識を持たれたら困ってしまうと考えたのだ。それで、セバスの眷属に手伝わせることで、ヤスの支配下の者だけで対応する方法にしたのだ。


「わかった。眷属だけ向かわせてくれ」


『了』


 ツバキが門で移住者に説明を行っていた。マルスのサポートが入っているので混雑はしていない。


 門の近くまで移動すると説明しているツバキの声やザワザワした声が聞こえてくる。


 ヤスが中央に出来た門を通り抜けて結界の外に出るとバスが停まっている。

 ダーホスがツバキから説明を受けている場所にヤスが到着した状態なので、皆の視線がヤスに注がれる。ヤスは、手を上げてツバキに続きを話すように告げる。


 アフネスは離れた場所でセバスとなにかを話している。


「セバス!」


 ヤスに呼ばれたセバスはアフネスに頭を下げてからヤスのところに急いだ。


「旦那様」


「なにか問題なのか?」


「いえ、アフネス様から門の質問や助言を頂いていました」


「助言?」


「はい」


 アフネスがゆっくりとヤスとセバスに近づいてきた。


 ツバキの説明を聞いていたグループはツバキを先頭にしてカードを発行する小屋に入っている。

 全員で入ることが出来ないので、ミーシャとラナが並ばせて順番に処理を行うようだ。


「ヤス」


「アフネス。何か、助言があると聞いたが?」


「門だが、この3つだけなのか?」


「そうだな」


「3つあるのは意味があるのか?」


「なんとなくで、意味はない」


「そうか、使い方も決めていないよな?」


「そうだな。何も決めていない」


「あの門は、ヤスのアーティファクトでも問題なく通過できるのか?」


 アフネスが示したのは一番大きな中央に作られている門だ。フルトレーラーが問題なく通過できる幅と高さで作っている。


「大きさという意味なら問題ないぞ?」


 アフネスは額を指で叩きながら考え始めた。


「ヤス。神殿への搬送はカスパルに任せると言ったな」


「あぁ本人には確認していないが何でもやると言っていたからな」


「それなら、今日のようにしてくれないか?」


「ん?」


 アフネスは、ヤスに説明を始めた。


 どうやら、アーティファクトが馬車よりも凶器となると判断したようだ。馬車でも人が簡単に死ぬ。ヤスのアーティファクトなら馬車よりも簡単に殺せるだろうと思っているのだ。走る凶器なので当然だが、アフネスは大きさや材質から判断した・・・わけではなく、ヤスがスタンピードで発生した魔物を倒した方法を想像したのだ。


「どうだ?」


 アフネスの説明というよりも提案はヤスが理解できるし納得できる理由だった。

 神殿-ユーラットの間は、アーティファクトバスで移動する。ユーラットの裏門で載せて神殿の門まで人を運ぶ。帰りは神殿で載せてユーラットの裏門で下ろす。アーティファクトバスは神殿とユーラットの間だけで使ってほしいということだ。


「アフネス。アーティファクトの運用はわかった。それでユーラット間の移動はアーティファクトだけで行うのだな」


「そうして欲しい」


「わかった。物流は問題ないよな?」


「問題はないが、仕事はギルドを通して受けて欲しい」


「ん?面倒がないのなら俺はどうでもいいぞ?」


「助かる。それと、依頼料だけどな」


「高かったか?」


「違う!安すぎる。後でドーリスやダーホスにも言うつもりだが最低でも5倍・・・。できれば10倍の価格設定にしてほしい」


「安いのか?」


「ヤスが考える適正なのかもしれないが、アーティファクトで運ぶのだろう?」


「そうだな」


「サンドラとの話を聞いていると、かなりの量を運べるように聞こえたが?」


「どうだろう?一般的な量がわからないからな」


「先程の荷物を入れた箱だとはどのくらい運べる?」


「あれか・・・」


 ヤスは細かい計算が面倒になってしまった。

 FITで運ぶのなら20個程度が限界だと思うが、コンテナを乗せれば多分1,000や2,000なら運べるだろう。フルトレーラーならもっと運べる。バカ正直に答えるのもなにか違うような気がして控えめな数を考えてみたのだがわからない。考えてもわからない物は正直に答えることにした。


「そうだな。積み方や中に入れる物で変わるとは思うが、1,000や1,500くらいなら運べると思うぞ」


「ん?ヤス。もう一度頼む?」


「1,000や1,500程度だと思うぞ?少ないか?」


「・・・。そうか・・・。それで、日数は1/10程度になるのだろう?」


「ん?あぁ流石に1,500個も積んでいたら、馬車の10倍は出ないな。4-5倍ってところだと思うぞ?中身やそこまでの道によってはもっと遅くなるかもしれない」


「わかった。今回の王都からの物資の輸送で価格を考えるように言っておく・・・・」


 アフネスは大きなため息を吐き出してからカードを発行している列に移動した。


 アフネスが懸念したのは既存の運搬をメインにしている商隊のことだ。ヤスが本気で運べば数倍の量を数倍の速さで届けてしまう。それで料金が同じか2倍程度ならどちらを使うのか目に見えている。アフネスはヤスの言葉からアーティファクトが増やせると考えている。そうなると、商隊が廃れてしまうと思ったのだ。最初はいいかもしれないがヤスがいなくなったときに破綻してしまう。それではダメだと思ったのだ。それで料金を10倍程度にすればと思ったのだが運べる量がアフネスの想像の20倍以上だったために想定から違ってしまったのだ。


 ヤスは何を言われたのかは理解しているのだが何が問題になるのか思い至らなかった。


「マルス。アフネスが言ったように、門を設定して問題ないよな?」


『ありません』


「わかった。発行した人たちが結界の中に入ったら広場を整えてくれ。バス停みたいな感じにしてくれればいい」


『了』

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