第二十二話 討伐?虐殺?


「結界の発動トリガーはエミリアが担当。結界の効力が切れたら発動」


『了』


「100体以上の群れが索敵対象。それ以外の群れはスマートグラスに表示」


『了。マスター。上位種がいる集団を”群”。それ以外は集団と認識します。色分けを行います』


「わかった。群れの上位種も解るように色分け。色は、赤の濃さで識別」


『了』


 ヤスも指示が熟れてきた。

 曖昧な部分を消すことはできないが、それでも以前よりもだいぶマシになってきた。エミリアやマルスも学習を行い。ヤスの指示を補正できるようになってきている。


「索敵対象の群を時間的方角と距離で教えてくれ。スマートグラスには進路を表示。進路上の群れと集団はスマートグラスに表示」


『了』


「損傷率は、1%未満の表示はしなくていい」


『了』


損傷率:1%未満

稼働時間:残6時間

風魔法:---回

結界損傷:1%未満


「ディアナ!エミリア!いくぞ!俺の敵を蹴散らすぞ!」


『了』


 ナビにも”了”とだけ表示される。


『11時の方向、接敵12分後。ゴブリを中心とした魔物118体。上位種はゴブリンの上位種と判定』


 アクセルを踏み込む。

 左に向かってハンドルを切る。トラクターのエンジンがうなりを上げる。


 スマートグラスには小集団が表示されている。

 進路上には10の集団や群れが点在している。ヤス車、規模が小さい集団にハンドルを切る。


「いくぞ!」


 自分に気合を入れる意味で声に出したのだが、現状はそれだけで変わるほど優しくはない。


 ヤスのスマートグラスには”赤く染め上がった”進路が表示されている。


 それほど広くはないと言っても、街道になっている部分だけでも道幅?は20mくらいはある。

 ユーラットから領都に向かう道だが、ザール山の麓には森が広がっている。森は神殿の領域内になっている。領域内にはスタンピードで発生した魔物は入ってきていないようだ。そのため、森から街道までの草原部分と街道部分と街道から反対側の草原部分にのみ魔物が氾濫している事になる。


 ヤスが強行軍で山下りをして出た場所は、一番狭まっている場所になる。神殿の領域である森と街道と反対側を切り立った崖になっている部分だ。崖の下は、海になっているので落ちればまず助からないだろう。崖の高さも30m級だ。東尋坊の高さが25mなのでそれよりも高い事になる。


 スタンピードの先頭集団はすでにこの狭い場所を越えている。

 狙いはユーラットで間違いないだろう。


 ヤスは、この狭くなっている部分を確保する事を考えているのだ。

 この部分を守り通せれば、ユーラットから迎撃に出てきたイザーク達の負担も少ないだろうし、領都から来る冒険者たちの負担も少ないだろうと考えたのだ。


 正しい判断かどうかはヤスにはわからない。

 わからないが、大きな群れだけでも潰しておけばなんとかなると思っているのだ。


 ヤスのしているスマートグラスに近づいてきている小集団の内訳が表示される。


”コボルト3のゴブリン6”


 アクセルを踏み込む。

 速度は、50キロを越えている。


 まずは結界+トラクターの質量で跳ね飛ばす事を考えている。これができなければ、尻尾を巻いて逃げ出すしか無い。


 結果はあっけないくらいに簡単に討伐する事ができた。


 スマートグラスに討伐の状況がログとして流れる様に表示される。


「討伐ログは表示しなくていい」


『了。討伐ポイントの表示は必要ですか?』


「必要ない。全部終わってから確認する」


『了』


「エミリア。損傷率の文字と数字は透過させる事はできるか?」


『可能です』


「50%を切るまでは透過率20%で表示。50%を越えたら透過率10%で表示。80%を越えたら赤字で透過なしで表示」


『了』


 スマートグラスの視界がかなりクリアになる。

 魔物が見やすくなり、跳ね飛ばされた魔物を視認できるようになった事だ。


 ヤスは受け入れた。自分が奪った命である事を認識してそれでも自分の為に魔物を駆除する事を心に決めたのだ。

 死んだ魔物を生きている魔物が食べようとしている所も目に入るが気にしては居られない。


 次の小集団に向かう。

 今度は、群れの進路上に位置するようだ。


 体勢を崩すこと無くハンドルを操作する。アクセルを緩めて”風魔法”の発動ボタンを確認する。ハンドルに新たに出現したボタンが”風魔法”の発動だという事は解るのだが、どの程度の規模で殺傷力がわからないので、実践する前に使っておけばよかったとヤスは後悔するのだが、すでに実践に入ってしまっている段階では思いつくのが遅すぎる。

 ぶっつけ本番ではあるが、やらないよりはいいだろう。


”オーク2体。ウルフ系5体”


「風魔法発動!ん?」


 ボタンを押したが何も発動しない。


「エミリア!」


『魔法は、詠唱を必要としますマスターは詠唱破棄が可能なので、魔法のイメージを紡ぎながら発動してください』


「わかった」


 ヤスは言われたとおりに、射程もわからないが、アニメやラノベでは定番な”ウィンドカッター”をイメージして発動した。


「え?」


 ヤスが驚くのにも理由がある。

 目の前のオークの首が切断されたのだ。ウルフ系には届かなかった。狙ったのがオークの首だったので結果は成功だろう。


風魔法:93回


「エミリア。風魔法は、今と同じレベルなら93回使えるという事だな」


『はい』


 ウルフ系を跳ね飛ばして次の獲物に向かう。

 ハンターというよりも”虐殺”と言った雰囲気がある。結界の損傷もほとんどない状態だ。


 ヤスは小集団との二回に渡る戦闘の結果を受けて安心して魔物を倒せると確信した。

 上位種は風魔法では倒せない可能性もあるが、それでも傷を追わせる事が可能だと考えたのだ。


 その後はあまりヤスも覚えていない。

 エミリアが見つけた群れにトラクターを向かわせて、風魔法を数発打ってから群れの中心にいる上位種に突撃する。

 単純に思えるかもしれないが、相手は武器を持っている場合もある。結界の損傷によってはフロントガラスを割られる心配もあった。


 上位種はセバスの懸念通りに魔法を使ってきた。火魔法や風魔法なら問題は少なかった。結界で阻まれるので、対処を行う必要がない。


 ヤスを困らせて悩ませたのは地形を変えるような土魔法を使われる事だ。

 防御のつもりなのか、土壁をトラクターの目の前に作られた時には、横転しそうになった。横転してしまえばいくらトラクターでも魔物の襲撃を防ぎ切る事は難しい。楽に討伐をしているように見えるヤスも実はギリギリの攻防を繰り返しているのだ。


 上位種が居ない小集団や群れなら風魔法と質量を活かした突撃でほぼ終了する事がわかった。

 魔力も討伐した魔物から漏れた魔素を吸収する事で少しは回復する事がわかった。マルスが、吸収率を上げる事ができないか検討すると報告が入った。


 魔素の吸収で稼働限界が伸びたのは間違いなかったのだ、相手は万を数える魔物だ。


 すでに戦闘が開始されてから3時間が経過した。

 ヤスが討伐した魔物は、3千を数えることができるのだが、まだ魔物は7千以上の生存が確認できている。


 上位種には結界を突破してくる魔物も存在した。

 風魔法を当てても少し怯むだけでトラクターに向かってくる。ヤスも覚悟を決めてアクセルを踏み込む。正面で当たるよりはサイドで跳ね飛ばすほうがいいだろうと考えて、直前でトラクターをスライドさせる。姿勢制御が入っていなければ横転しても不思議ではない動きだったが、女神はヤスに微笑んだ。

 トラクターの速度が緩んだので、そのままギアをバックに入れて上位種に突進する。上位種は踏みとどまった。

 そのまま押し返そうと力が入ったのを確認してギアを1速に戻して前進させる。前に倒れるような形になった魔物をスピンターンして正面から捉えてアクセルを踏み込む。上位種が立ち上がる前にフロントが接触する。乗り上げる形になった。

 ヤスはそのままアクセルを踏み込んでトラクターの重さで上位種を潰す。上位種がトラクターの下に入った瞬間に下に向けて風魔法を放った。


 一番濃かった赤い点が消えた。

 ヤスが勝利した瞬間だ。


 しかし、ヤスは勝利の余韻に浸ることなく次の群れに向かう。


 ヤスと魔物たちの戦場には、ヤスの索敵できる範囲で上位種は確認できない状況にまで持っていく事ができた。


 この時ヤスが神殿を出てから10時間が経過していた。

 辺りは夜の帳が落ち始めていた。

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