第八話 ん?


「リーゼ!」「ヤス殿!」


 皆が慌てる。


「大丈夫」


 リーゼが口にした”大丈夫”の一言だけで皆が落ち着きを取り戻す。

 一番若いリーゼが怖がっていないのに、ロブアンとアフネスが近づかないのは違うという事だろう。


 ロブアンとアフネスが近づいたので、他の者も近づいてきた。


「ヤス殿。このアーティファクトは動かす事はできますか?」


「できるぞ。少し離れてくれ」


 ヤスが運転席に座る。

 エンジンが始動する。心地よい音がするが、それはヤスにだけ感じられる音のようだ。他の人間には恐怖に感じる音のようだ。聞いた事がある、リーゼとイザークも改めて聞くと怖いのだろう。


 ヤスは、窓を開けた。


「どうする?動かす事はできるけど・・・・。誰か一人乗って、表まで移動するか?表で待っていれば、どの程度の速さで移動したかわかるだろう?」


 ヤスの提案は受け入れられた。

 そもそも、鉄の馬車が動くとは思えないというのが、見たことがない者の意見なのだ。リーゼとイザークは動いているのも見ているし、乗せてもらっている。二人はヤスが言っている事が嘘ではないのはわかっている。しかし、うまく説明できないのだ。


 ディアナには、ダーホスとアフネスが乗り込んだ。

 最初、ロブアンが乗ろうとしたのだが、ロブアンがうるさかったので、ヤスが嫌な顔をしたらロブアンの頭をアフネスが一発殴ってアフネスが乗ることが決まった。二人を乗せてドアを閉める。


「イザーク。リーゼ。町の前でいいよな?」


「あぁヤスの方が早く到着すると思うから、待っていてくれ」


「わかった」


 ヤスが窓を閉じる。

 不安そうな顔が2つフロントガラスに移っているが、ヤスは気にしないでディアナをスタートさせる。


 Uターンを決めて、来た道を戻る。

 一度通った道?なので、ディアナのナビにも道路として認識されて地図が表示される。


 少し離れた場所に赤い点が見えるが今は無視する事にした。


「ヤス殿!」


「ん?」


 ヤスに、少し緊張した声でダーホスが話しかけてきた。


「かなり早いようだが・・・。大丈夫なのか?無理しなくていいのだぞ?」


「あぁ大丈夫」


 ヤスはスピードメータを確認する。

 20ー25くらいの数字が表示されている。


「まだディアナの全力の1/5も出していない」


「ねぇヤス。気になっているのだけど、聞いていいかしら?」


「なんでしょう?」


「あなた。アーティファクトの使い方に迷いが無いわよね?」


「おおよその事は理解できています」


「そう・・・。ねぇヤス。貴方。人非人?」


「違いますよ?リーゼにも同じように聞かれましたが、俺、言葉が通じますよ?」


 アフネスが身を乗り出して、ヤスの耳元に顔を近づける。


「リーゼはうまく誤魔化せたかもしれないけど、ヤス。私たちが座っていた場所や、ほら”そこ”にも、人非人が書いた記号が書かれているわよ」


「え?」


 ヤスが慌てて、周りを見ると、確かに日本語や英語が書かれた操作パネルがある。

 それだけではなく、居住スペースにはいろいろ日本から持ち込まれた物もあり、漢字/ひらがな/カタカナ/英字が有っても不思議ではない。


”マスター。「人非人かどうかわからない。記憶が無い」と答えてください。情報が不足しているために、一般的な人非人の扱いが不明です”


「ヤス?」


「正直わからない。人非人かどうかさえもわからない。記憶がない」


「・・・そう。でも、これは読めるの?」


 アフネスが食い下がる。


「読める物もあれば読めない物もある。ディアナ・・・。このアーティファクトの固有名だが、ディアナに関する事はわかるが、それ以外はわからない」


「そう・・・。ダーホス。と、いう事だけど、大丈夫?」


「ヤス殿。1つお聞きしたい」


「1つじゃなくてもいいぞ?でも、俺に答えられる事は少ないぞ?」


 アフネスは、最初に話をしようとしていた位置に戻った。

 今度は、ダーホスがヤスに質問をするようだ。


「この乗り物の速度はわかりました。討伐記録ですが、ヤス殿が倒したのですか?」


「ん?あっゴブリン16体とかいうやつか?」


「そうです」


「あぁディアナで轢き殺した。数体は、リーゼを襲おうとしていたから跳ね飛ばした」


「そうですか・・・」


「ん?なにか、問題か?」


「いえ、そうではなく、このアーティファクトは、ヤス殿の所有物と認定されているようですね」


「駄目なのか?」


「そうではありません。神殿に行かれたと言っていましたよね?」


「すまん。それは定かではない。ユーラットの近くに居たという記憶しか無い」


「そうですか・・・。ヤス殿。今日は、ロブアンのところに一泊するのですよね?」


「そのつもりだ。リーゼが”ただ”にしてくれると言っていたからな」


 ヤスの言葉を聞いて、アフネスがため息をつく。宿代程度なら払ってもいいとは思っているのだが、ダメ元で”ただ”を主張してみる事にしたのだ。

 アフネスも、ヤスの考えている事はなんとなく認識しているのだが、娘の様に感じているリーゼを助けてもらった事は間違いない。その恩人から料金を取るのは、今後の事を考えても好ましくない。


「ヤス殿。これは、質問ではなくお願いになるのですが・・・」


「なに?俺にできる事?」


「はい。ヤス殿にしかできない事です」


「わかった。できると判断したら受けるけど、それでいいよな?」


「もちろんです。でも、受けていただきたい」


「なんだよ?はっきり言えよ!」


 ヤスが先にしびれを切らす格好になった。

 ダーホスとしては、ヤスにしかできない事なので、ヤスに受けてもらわなければならない。


「ヤス殿。神殿に行かれるのですよね?」


「いずれな」


「その時に、ご一緒させてください」


”警告。警告。最初はマスターだけで拠点に移動してください。各種設定を行う必要がある可能性があります”


「うーん。俺の記憶に間違いがあると困るから、一度は・・・、最初は一人で神殿には向かいたい。その後で、一旦ユーラットに戻るから、希望者と一緒に行く・・・。では駄目か?」


「ダーホス。あんまり、無茶は言わないほうがいい。ヤスが本当に神殿を攻略していたら、大変な事になる。あんたの手に余るだろう?」


 アフネスの一言で、ダーホスが黙ってしまった。

 ダーホス個人としてもギルドとしても、ユーラットの近くに、神殿がある事は把握していたのだが、非活性だと考えていて公にはしていなかった。積極的な調査もしていない。非活性の神殿には、何も無いというのが定説だ。それだけではなく、魔物も出現しないので、冒険者が確認に行くのも美味しい場所ではない。


 ギルドとしても、魔物が湧き出すような事がなければ、危険を伴う神殿には積極的に関わろうと考えないのは自然な流れだ。非活性ならなおさらだ。しかし、その神殿を攻略して、アーティファクトを持ち帰った者が出てきたとしたら話は別だ。


 そして、ヤスが使ってみせたディアナは、ヤス以外の誰が見てもアーティファクトで間違いない。


 神殿の周りは、神殿の所有となっている。ユーラット町の近くにある神殿は、周りの山や裾野に広がる森も、神殿の領有として考えられている。

 したがって、ヤスが神殿を攻略している場合には、ユーラットは近くに別の”国”が産まれてしまう可能性がある。それでなくても、ディアナを見た貴族や豪商が何を言ってくるのかわかってしまうダーホスは頭が痛い思いをしている。

 ”ただの”アーティファクトなら問題ない。ギルドに有るような通信珠やステータスを調べる珠の様に使われている物も多数ある。だからディアナが神殿を攻略して得たアーティファクトなら問題が起きる可能性が少なくなる。昔からの取り決めがあり、無茶を行ってくる物が少なくなる。特に国は神殿の所有としてしまえば何も言ってこなくなるだろう。1つの国でも認めてしまえば他の国や貴族や豪商も表立ってアーティファクトを奪えなくなる。あとは、湧いて出る馬鹿だけだが、これはもうしょうがないと思ってもらうしか無い。


 ダーホスやアフネスから見て、ヤスは脇が甘いとしか思えない。

 二人はただの親切心ではない。ダーホスは、ユーラット町の発展のために、アフネスはリーゼのために、お互いにそれぞれの思いを持ちながら、ヤスが危険でない事を祈りつつ懐柔する方法がないか考えているのだ。


「ヤス殿。わかりました。ユーラットでお待ちしています」


 ダーホスが言葉を絞り出した時に、ディアナは最後の角を曲がって、ユーラット町の正面にたどり着いた。

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