和音(wawon)のがう!がう! ―アオバノワカ(青葉の若)―

雪原のキリン

【Prelude】:わをんのがうがう


 ――「ワカバノアオハル」――。

  それはフォーピースバンドである。「くれない」が得意とする三味線の素早い引き語り。そして、「いろは」の鮮やかな篠笛(しのぶえ)を軸にし、「三ツ葉」の和太鼓の力強い重厚な音が底力で押し上げる。それを力強くまとめ上げるのがボーカルの「狛犬」だ。

 かつて「ショコラトル戦記-Black&Bitter-」「エルダーニュの薫る丘」を世に送り出した栄養士であり作家の「ジャンヌ・ダ・ショコラ」の作品がアニメーション化した時、彼らのバンドが用いられ、その名は一気に世に知れ渡るようになった。

 三味線担当の「くれない」は破天荒で喧嘩っ早く、ボーカルの「狛犬」と喧嘩が絶えなかったが、それをひっくるめて味のあるテイストを醸(かも)していた。

 いつまでも大人になりきれない四人が四人として、やってこられたのは今までもこれからも「若葉のような青春」を込めた意味らしいが……青春をこじらせた、二十代男女の間違いではないだろうか。

 これは、まだ世に知られる前の四人の少年少女の葛藤と苦悩の日々を描いた青春ストーリーだ。


**

 季節は盆明け。夏休みを終えて、残暑を感じられる蒸し暑い日のことだった。蝉の寿命もそろそろ終わりを告げ、夏バテとの闘いを終えた兵(つわもの)達の顔は、夏期休暇の課題と日焼けによって、力強い黒光りを放っていた。。

 昼食後にあった体育の授業。そこで行われた昼下がりのプール。泳ぎに泳ぎ疲れた生徒達。国語の先生の念仏のような言葉に白目を剥く生徒達。次から次へと睡魔の闇に呑まれていく……。


 「ね、眠い……」

 シャープペンシルを手に突き刺しながら、眠気を覚ますも、一向に目が冴えることなく、ひとり、またひとりと深みに落ちていく。父親と違い、不良でも無ければ、母親と違い、破天荒でも無い。喧嘩っ早いわけでも無ければ、熱中する物も無い。それが高校生男子「浅葱 伊織(あさぎ いおり)」だった。

 彼の母親はかつて、周囲にまれを見ない大恋愛をした。ヤクザの娘として生まれ、睨みの利かないマロ眉とまん丸目玉。低身長に噛みつくような態度は、豆柴と称されたが、磨き上げられた薙刀(なぎなた)の腕前と、饒舌な口ぶりが彼女を舐め腐った者どもを一蹴して、組の者どもを黙らせた。

 ……が、しかし。世代交代の末、劣性遺伝なのか。伊織にも、その「マロ眉」が引き継がれている。愛嬌のある顔立ちと言え、彼のアンニュイな態度は、世間的にも示しの付かぬ草食系。女子にも男子にも愛玩動物とさえ言われてもおかしくは無い。


 彼はうつろ眼で、寝ぼけたまま教室を出て行く。風に当たろうとし、教師の呼び声にも耳を貸さずに。

 「浅葱!!何処に行くんだ。授業中だぞっ!!」

 「……ほっといて下さい。すぐに戻ります」

欠伸交じりに返事を返す伊織に、教師は頭を掻きながら授業を続行した。

 「腹が痛いのか?……よく分からん奴だ」


 屋上まで歩いて間もない距離にあり、新鮮な空気を吸って、すぐに教室に戻ろうと伊織は錆び付いたドアノブに手を掛けた。しかし手が止まった。ドア越しに和楽器の独特の澄み切った音色と透き通るようなダウナー調のハスキーボイスが絡まって、しっとりと響いていた。


 じわりじわりと扉を開けた。錆び付いて軋んだ音を立て、古いドアが開いた。奏楽者の女性は、屋上の鉄格子に背中を預けて、ボサボサの髪を揺らしながら悦(えつ)に浸っていた。伊織の存在など、気にもならないくらい演奏に夢中になっていた。

 詩吟なのだろうか、韻を踏んで美しく並べられた言葉の節々には、世間への不満や皮肉が混じっていて、少し物悲しかった。それは孤高の狼のようだった。

 その姿はとても美しく、そして乱れていて。触れがたい独特の雰囲気を醸していた――。


伊織は、彼女に世辞の言葉を述べようと歩み寄って行った。

 「へー、上手いね」

 振り向いた彼女の容姿はとても奇抜だった。

 舌にピアス。髪の毛は赤と金髪のツートンカラー。手入れの入っていない髪の毛は、世の中に喧嘩を売っているような、乱れきった容姿そのものだった。容姿は美しいのに何処か残念だった。

 「……あんだ?てめぇ」

 彼女は顔を赤らめると、丁寧に三味線をケースに入れて立ち去ってしまった。

 「……凄い女だな。目が覚めたし、帰るか」

 なぜか襲った胸の苦しさに立ち尽くしながら、不機嫌そうに立ち去る彼女の背中を見送っていた。

 「また会えるだろうか……」

 伊織は期待と恐れと不安の入り混じった感情を胸に抱きながら、曇り空を見上げていた。

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