時よ止まれ、お前は美しい

妃宮咲梗

――プロローグ――



 とある地下室で、金髪碧眼の幼き少年は、それ・・を目の前にしていた。

 ただ残酷に、ただ無慈悲に、自分が愛すべき女性が何度も何度も、彼女に馬乗りになった男からナイフを突き立てられていくのを。


 四面は全てコンクリート壁で、床はタイルが敷き詰められている。


「お、願い……やめ、て……! あの子の前では……こんなところを、見せないで……!」


 女は口から血泡を噴かせながら、模糊もこする言葉ではあったが最後の力を振り絞って懇願する。


「クックック……これでいいんだよ! これが俺の教育方針ってヤツだ! いいか、よぉ~く見ておけよ!! クハハハハ!!」


 男はまるで貪欲なまでに下卑た笑い声を上げながら、その幼き少年に自らの行為を見せ付ける。

 コンクリートの地下室は、男の笑い声を反響させ、更に不気味さを増幅させる。


「マ、マ……ママ、ママァ……!」


 少年は目を手で覆いながらも、指の隙間からつぶらで愛らしい目を覗かせて、女を――“母親”を求めた。

 真っ白いまでの肌が真っ赤な鮮血に濡れる、全裸姿で金髪の“母親”。

 その上に跨っていたのは同じく全裸姿だが黄色の肌をした男――それは“父親”だった。


「泣かないで……泣いてはダメよ……この世界で強く生きていく、為には……決して何が、あっても、泣いてはダメ――」


「おいおいプレイ中でもガキへの教育か!? 興醒めだぜこのクソ女! じゃあな!!」


 父親は言うなり母親の咽喉元へと、ナイフを突き立てた。


 まるでダムが決壊したかのように、母親の口から大量の鮮血がゴブリと溢れ出る。

 首から噴き出した血飛沫が少年に、ミストのように飛散した。


 少年は泣けなかったのではない。

 泣かなかったのだ。

 母親の言いつけを守って。


 まるで砂漠に吹く風のように、砂漠に照り付ける灼熱の太陽の真下にいるかのように、瞬きを忘れ充血をした少年の眼はカラカラに乾いてしまっていた。

 髪からは、母親の血が滴り落ちる。

 ショックのあまり、闇のように暗くなる視界の中で、父親の残虐なまでの笑い声が高らかに響き渡っていた。


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