第2話 それは運命の人との出会いだったのです
「…………へ?」
一瞬、圭吾はその女子が何を言ったのかわからなかったが、すぐに意味を察する。
「やってもいいよ。私、このゲーム結構やってるんだ」
そう言って女子は席を立ち圭吾に座るよう促す。
「あ、ありがとう……」
ここまでされたら圭吾に断る理由は無い。興味があるのも間違いなく、すぐに席へ座るとスティックとボタンに手を伸ばした。
カチャリと音が鳴った。幾度も使い込まれているレバーの音だ。
その音は不思議と体の芯に心地よく響き、圭吾は何度もレバーを動かす。ボタンも同じだ。
不思議な感覚だった。ただ、レバーとボタンを触っているだけなのにとても楽しいのだ。
まるで、心に染みこむ心地よい音楽でも聞いているような気分になってくる。
「ゲームが始まるよ」
そう言われて圭吾の注意が初めて画面に向いた。ステージが映りキャラが登場する。格闘家風のキャラが出現し、さっきまで見ていたから解る事とはいえ、それが倒す敵だと瞬時に判断した。
「よ、よし…………」
緊張が生まれる。肩に力が入り、心臓の鼓動が強くなる。僅かに手の裏が汗ばみ、レバーを握る力が強くなっていく。こんなのは初めてだった。
「緊張しないで大丈夫だよ。ただのCPU戦だからさ」
「う、うん…………」
そう言われても緊張は簡単にほぐれるものでは無い。
その証拠に、あっさりと圭吾はCPUに負けてしまった。コンティニュー時間が表示されがっくりと項垂れる。
悔しかった。これまでも悔しいと思った事は何度もあったのに、そのどれよりも悔しい。こんな感覚は始めてだった。
「あらー、負けちゃったか」
女子は軽く笑うと、五十円玉を投入した。
「…………え?」
「あれ、やらないの? やりたそうに見えたからお金入れたのに」
女子がスタートボタンを押すとキャラクター選択画面が表示される。
「やらないなら私がやるけど、どうする?」
「や、やる! 絶対やる!」
「よし、それでこそ男の子だ」
そう言って女子は騎士風の男キャラにカーソルを持って行く。
「さっきのガルダートってキャラはクセが強いから、このルークってキャラ使った方がいいよ。色々と素直な性能だからね。使いやすいんだ」
「そうなの?」
「うむ、そうなのだ」
ゲームが始まると、「ちょっとやらせて」と、女子は圭吾に替わって席に座ると、騎士風の男キャラを圭吾に披露する。
「ほら、こんな感じね」
女子は適当な攻撃を圭吾に見せていく。圭吾は素人だが、たしかにこの騎士風のキャラは先程使った女キャラよりも使いやすそうな雰囲気がある。
「対空技もあるんだけど、まあコマンド入力は難しいからとりあえず無視で。とりあえず必殺技見せてるだけだから」
CPUが攻撃すると、女子は何故か必ずその攻撃に合わせるように技を繰り出す。その際に『カウンターヒット』と表示されるのだが、圭吾にその意味はわからない。相手の攻撃にこちらの攻撃を当てた時に表示される事はわかるのだが。
「ほいほいほいっと」
だが、別にそんな表示は気にする必要無いのかもしれない。騎士風のキャラが「アーサーショラッシュ!」と叫べば必ずカウンターヒットと表示される。
真上にジャンプし、半円を描くように斬りつける必殺技だ。きっとコレを当てれば勝手に表示されるのだろう。
何故なら、由良がアーサースラッシュをすれば、その全てにカウンターヒットと表示されるのだから。
圭吾はアーサースラッシュという必殺技の事を、そう理解した。
「こんな感じ。アーサースラッシュはコマンド入力が難しいから、気にしないでルークを動かしてみて」
女子が再度圭吾に席を譲る。
操作が圭吾に替わり、二ラウンド目が始まった。
「えいっ! よし! おらっ!」
圭吾が騎士風のキャラを使ってみると、たしかに女子の言う通りで、圭吾が思った通りでもあった。さっき使った女キャラより攻撃がちゃんとヒットするし動かせている感覚もある。使いやすさが全然違った。これなら、さっきより戦う事ができるだろう。
「よしッ――――そこ…………くっ! いけっ!」
緊張がだんだんと良い感じで弛緩していき心地よさに変わっていく。
スティックを握る力が柔らかくなり、ボタンを押す感覚にある種のリズムが生まれる。
操作している実感、キャラと一体になったような感覚が圭吾の中に溢れていった。
「やった!」
CPU一人目を倒し圭吾はガッツポーズする。続いて二人目も撃破し、さらにテンションの上がったガッツポーズを女子に見せつける。今の圭吾はゲームに夢中になっているため羞恥が消えていた。
「うんうんいいね。さっきまでの緊張が完全に消えてるよ」
女子はそう言って笑顔を圭吾に向ける。
「初めてなんだよね? なのに操作が正確でしっかり攻撃を出せてるなんてグッドだ!」
女子はウィンクしつつグッと親指を立てて、圭吾のプレイを称賛した
だが、圭吾は食い入るように画面を見ており、女子の方を全く見ていない。次に戦う相手がどんなキャラなのか気になっており、ジッとゲーム画面を見続けていた。
「フフフ」
その圭吾を見てこの女子は何を思ったのだろうか。
「………………君、さ…………名前…………なんて言うの?」
見ず知らずの少年の名前を――――――――少し間を開けてその女子は聞いていた。
「中西圭吾」
CPU対戦がすぐに始まったので圭吾は自分の名前をぶっきらぼうに言って対戦に集中する。かなり苦戦したが三人目も撃破した。
「中西君さ………………ゲーム楽しい?」
「うん、すっごく楽しい!」
それは紛れもない本心だった。初めてやった格闘ゲームの楽しさは圭吾の心に深く刻まれ、プレイする喜びを心身共に感じていた。
「そう…………そっか………………そうだよね…………フフフ…………」
女子はゲームに夢中になっている圭吾を見て、嬉しそうに笑った。
そう、嬉しそうに。
「フフフ」
その表情は久しく忘れていたモノだったのか――――――――――――――――――――――幾分ぎこちなさがあるものの、それは紛れもない女子の笑顔だった。
「あ、そうだ! 姉ちゃんの名前はなんて言うの?」
三戦終えた事で少し落ち着いたのだろう。自分だけ名乗るのも変だと思った圭吾はゲームを譲ってくれた女子の名前を聞いた。
「あ、ゴメンゴメン。私の名前はね」
女子はそっと呟くように圭吾へ自分の名を告げる。
「霧島由良(きりしまゆら)」
圭吾にゲームを譲ってくれた女子の名前。
そう、その名は霧島由良。
これから中西圭吾が関わっていくモノを――――――――――――これからの中西圭吾を大きく決定づける事になっていく名前だった。
「ゴメンね。名前を聞くならまず自分からだったよね」
この名前は、デパートで会ったこの日から圭吾の心に深く刻み込まれる事となる。
「さっき見てたけど、由良姉ちゃんすっごく強いね!」
「ありがとう。私、ワンフレームが見えるんだ。このくらいちょちょいのちょいだよ。ワッハッハ」
ワンフレーム。
知らない単語だが、そのワンフレームというモノが見えるから由良は強いらしい。
「ワンフレームってどうやったら見えるの?」
「うーん、まだ中西君には難しいかな。まずは必殺技なんかのコマンド入力覚える所からだね」
言いながら、由良は太陽のような眩しい笑顔で圭吾の頭を撫でた。
その行為に思わず圭吾の顔が赤くなる。
「ど、どうやったら姉ちゃんみたいに強くなるの?」
赤くなった顔を隠すように、誤魔化すように、圭吾は由良に質問した。
「格闘ゲームは競技スポーツだからね。野球やサッカーなんかと同じように、いっぱい練習すれば中西君も強くなれるよ。ま、コレは相手がCPUだからあっさり連続攻撃コンボを決められるんだけど。人が相手だと色んな事を瞬時に判断しないといけないから、なかなか決められないんだよね」
由良は筐体画面に目を向けると、ワザとらしくため息をつく。
「そうなの?」
「そうなのだ。格闘ゲームで人に勝つ事はなかなか難しい事なのだ」
由良はワザとらしく「うんうん」と頷いた。
「そっか。じゃあ、いっぱい練習しないと姉ちゃん倒せないなぁ」
「…………え?」
圭吾が無意識に描いた目標を聞いて、由良は意外なモノを見つけたかのような反応をした。
「だって姉ちゃん絶対強いからさ。強い人倒したならいっぱい練習しないとダメだろ? だからこんど会ったら対戦やろう! その時はそのワンフレームってヤツを見れるようになってくる! 姉ちゃんみたいにアーサースラッシュも決めてやる! それで絶対姉ちゃん倒してやるから!」
「…………………………」
対戦やろう、絶対に倒す。
圭吾の言った事に何か思うモノがあったのだろうか。由良は顔を俯け、目尻に手を持って行くと圭吾に背を向けた。
「………………………………」
――――――――――もしかして泣いているのだろうか?
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