19.5限目 冬瓜スープと冷しゃぶ(後編)

 箸を構え、1番先に手をつけたのが、冬瓜のスープだ。

 椀を持ち上げ、中身を確認する。

 冬瓜とひき肉、さらに刻んだ卵とじが入っていた。

 匂いからして中華風だろうか。

 胡椒の匂いと、動物系、植物系問わず、様々な出汁の匂いが鼻腔を衝く。


 ずずずずっ、と我ながら豪快にスープを飲む。


 お腹が空き過ぎて、止められなかった。


「はあああああ……」


 熱々のスープが全身に染み渡り、思わず息が漏れる。


 ――うまい。


 中華スープの素に、胡椒、そして生姜を加えたシンプルな味付けだが、お腹にぐっとくる。ピリッとした低刺激が心地よく、スープと一緒に飲み込んだが卵とじが、歯や舌に絡みつく食感もグッドだ。


「さて……。では、冬瓜はどうだろうか?」


 扇状に切られた冬瓜を箸で摘まむ。

 スープに長い間使っていたのだろう。

 ウリ科とは思えないほど、トロトロになっている。

 このまま放置しておけば、スープの中に消え去るのではないかと思うほどだ。


 色もスープに染まっている。

 見ただけで、味が沁みているのがわかった。


 ポトポトと落ちるスープを、こちらから迎えに行く。


「んんんん……!」


 熱い。けど、うまい。

 やはり味が沁みている。

 先ほど飲んだスープを凝縮したような味が、一気に口内へと広がっていった。

 まるでスープの蜜でもなめているかのようだ。


 とろとろの食感も申し分ない。

 舌に載せた途端、はらりと消えて行く様は、食べていて不思議な感覚だった。


 喉を潤し、俺は1つ冷製トマトを摘まむ。

 甘辛コンニャクのピリッとした味を堪能し、ふわふわのとろろを味わう。

 とろろの冷たさがまたいい。

 荒い息を整え、いまだ熱を持った喉に、とろろが落ちていくと、得も言えぬほど気持ち良くなる。


 先ほどの冬瓜のスープで温められた胃にもよく、優しく冷えていく感じがした。


 さあ、いよいよ主菜だ。


 大皿に薔薇のように咲いた豚バラに箸を付ける。

 味付けはもちろんポン酢だ。


 唇に近づけると冷気が漂ってくる。

 一旦氷で冷やしたのだろう。

 やはり暑い日に冷製の豚しゃぶに限る。


 はむっ……。


「デリシャス!」


 思わず英語になってしまうほど、うまい。

 氷で締めるような形となった豚バラの食感がいい。

 噛めば噛むほど、旨みが出てくるし、ポン酢がさっぱりとした後味を演出してくれる。

 わかめの塩気もうまくマッチしている。ネギの食感も最高だ。


 一口食べただけで、今食べたどんなものよりも、口内が冷える。

 後味はさっぱりで後を引かない。

 だから、いくらでも食べれてしまう。

 気がつけば、俺は夢中になって食べていた。

 白飯を一緒に食べるうち、すぐに椀の中が空になってしまう。


「おかわりをもらえるか、白宮」


「もう遅いですよ、玄蕃先生。ほどほどに」


 そう言いながらも、白宮は半膳ほどの量の白飯を盛ってくれた。


 ありがたく受け取り、豚しゃぶと一緒に食べる。

 気がつけば、大皿の中にあった豚バラは消えていた。


「ふぅ……」


 やや膨らんだ腹を撫でる。

 腹八分目といったところの腹は、多幸感に満ちあふれていた。

 満足だ。


 すると、ポーンと白宮の部屋の掛け時計が鳴った。

 時間は23時だ。

 食べてすぐ帰るのもあれだが、あまり長居するのも待っていてくれた白宮にも悪い。

 俺は腰を浮かそうとしたが、その前に急激に瞼が重たくなった。


 ――やばい。ご飯を食べたら、急に眠気が……。


 帰らなきゃ。

 力を入れたが、急に意識が遠ざかっていく。


 台所に立った白宮が何か言ったような気がした。

 だが、俺は口を開いた瞬間、そのままぷつりと意識が途切れてしまった。



 △ ▼ △ ▼ △ ▼



「玄蕃先生、梨食べます? 今日ちょっとおかずをセーブしたので、果物を――」


 私が言いかけた時、不意にごとりと何か重たい音が聞こえた。

 まるで西瓜がテーブルから落ちたような音である。

 慌てて振り返ると、テーブルに突っ伏す玄蕃先生の姿があった。


「え? 先生!? 大丈夫ですか」


 包丁をまな板に置き、反射的に布巾で手を拭う。

 駆け寄り、その肩を揺らしたが、反応はない。

 代わりに聞こえてきたのは、小さな鼾だった。


「ね、寝ちゃった……」


 そっと私は玄蕃先生の顔をのぞき込む。


「ふふ……。だらしない顔」


 思わず笑ってしまった。

 だって、ゆるゆるの顔で犬が寝ているみたいだったから。

 涎も垂れてるし。


 でも、それは信頼の証でもある。

 私の部屋で、私の料理を食べて、寝ているのだから。

 ちょっと嬉しかった。


「先生……。こんなところで寝ると風邪を引きますよ」


 軽く肩を揺らしたけど、起きそうにもない。

 かなり深く寝入っているらしい。


「よっぽど疲れていたのね」


 それにしてもあまりに無防備だ。

 肩も腕も、頬だって触り放題になっている。

 玄蕃進一の大バーゲンだ。

 これは私にならいいということなのだろうか。


 私は手を伸ばす。

 玄蕃先生の髪にだ。


 1度触ってみたかった。

 頑なに真っ黒で、牧草のように柔らかそうな髪を。


 触れる……。


 やや汗で濡れていたけど、不快感はない。

 これが先生のものだと思うと、逆に愛おしくなる。

 そして思った以上に柔らかい。

 家で飼っていた愛犬を思い出す。

 あの子もよく食べたっけ。


「ふわ……」


 規則正しい寝息を聞いていると、こちらも眠たくなってくる。

 私は寝室から1枚のブランケット持ってくる。

 片側を玄蕃先生に、そしてもう片側を私に。


 先生に接近しながら、私もまたテーブルに突っ伏す。


「今日も1日お疲れ様でした、玄蕃先生」


 赤ん坊みたいに安らかな玄蕃先生の寝顔を見ながら、私は瞼を閉じた。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


小説家になろうで連載中の『ゼロスキルの料理番』コミカライズ版の最新話が、

ヤングエースUP様で配信開始されました。

こちらも美味しいお話になっておりますので、よろしくお願いします。

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