18.3限目 大家ともう1人の同居人(中編)
「まさか……。白宮の他に、うちの生徒が住んでいるとはな」
麦わら帽子に、さらにタオルを頬被りし、長袖長ズボンという出で立ちで、すっかり農業するおっちゃんみたいな恰好になった俺は、軍手をはめた手で雑草を引き抜いている白宮の横に座った。
白宮はニコリと笑う。
麦わら帽子に、首から巻いたタオル。
地味な長袖のポロシャツに、ベージュのパンツと長靴。
すっかり農作業衣装であるが、それでも白宮の美しさは変わらない。
白い肌は汗ばんでも綺麗で、ブラウンに近い瞳は相変わらず美しく輝いている。
クスリと笑う姿も、いつもながらも雅だ。
果たして同じ恰好をした小野小町でも、ここまで美しいだろうかと思うほどである。
俺は白宮の反応を見て、すべてを理解した。
「お前、知っていたな?」
「同じ二色乃高校の生徒で、私の友人なのですから、知ってて当たり前ですよ。むしろ、玄蕃先生が知らなさすぎです」
「…………」
ぐぅの音も出ないとは、このことである。
宮古城も白宮に負けず劣らず目立つ人物だ。
そんな教え子と一緒に住んでいたことを、2ヶ月以上知らなかったとは……。
くっ……。
なんでだろう。
今、なんか無性にもったいなく思っている自分がいる。
「良かったですね。両手に花ですよ」
「お前が、それを言うのかよ。それよりも、俺がお前と一緒に夕飯を食べていることを知られていないだろうな」
「――――ッ!」
ちょっと待て。
なんだ、その今「あっ」という顔は。
マジか? バレているのか? 俺たちの関係……。
「問題ありません。ミネアが知っていようが知っていまいが……」
「いや、普通に問題あるだろ」
「たとえミネアは知っていても、他の人に喧伝するような子じゃないですよ」
「まあ、それはそうだが……」
宮古城はどちらかといえば、口数の少ない生徒である。
校内でも、白宮と話している時と授業の時ぐらいしか口を開かない。
人は宮古城のことを、「お人形さんみたい」と良く形容するのだが、まさしくその表現がぴったりな生徒だった。
白宮が言うとおり、俺たちの関係を知ったからといって、他人に言いふらすようなタイプには見えない。
「そもそも……。それなら宮古城と一緒に食べればいいじゃないか? それなら、お前も寂しがることないだろ。俺なんかより、同性の同級生の方がよっぽど……」
「何々? 君たち、随分と仲が良さそうじゃないか」
そう言って、間に入ってきたのは、ほのめさんだった。
手には何故か、缶ビールをぶら下げ、ちゃぽちゃぽと音をさせている。
割とさっきから気付いていたのだが、
とはいえ、人手は足りている。
草刈り機を操る宮古城によって、大半の草がすでに狩られつつあった。
「人に美化清掃活動をさせて、自分はビールかよ。お気楽な大家だな」
「そうだぞ、シン。悔しかったら、大家になれ、君も」
ごきゅごきゅと喉を動かしながら、缶ビールを呷る。
なかなかいい飲みっぷりだ。
こう暑い日だとビールもおいしいだろう。
下戸の俺でも、金色に光る飲み物がおいしそうに見えてくる。
突然、白宮はすっくと立ち上がった。
巻いていたタオルを解き、麦わら帽子を取る。
「ちょっと部屋に戻ります」
俺の方に振り返ることなく、白宮は自分の部屋に戻っていった。
△ ▼ △ ▼ △ ▼
白宮が部屋に引っ込んだ理由はすぐにわかった。
美化清掃が終わった後に、簡単な軽食を用意してくれていたのだ。
中にはビールのつまみになりそうなものもあり、ほのめさんは「わかってるねぇ、このりちゃん」とご満悦だった。
俺も卵サンドをチョイスし、頬張る。
「うまい!」
さすがは白宮だ。
一見ただの卵サンドに見えるのに、市販で売ってるものとは違う。
マヨネーズと半熟卵、そこに刻んだキュウリが入っている。
前者2つの相性はいうまでもないが、半熟卵のとろりとした食感に、キュウリのシャキッとした食感が合わさるのは最高だ。
味も甘すぎず、粗挽きの胡椒がピリッと利いている。
そしてなんと言ってもパンだ。
レンジだけで作ったという自家製パンはモチモチしていて、パン職人が真っ青になるぐらいうまい。
耳まで甘く、もちろんカリッとした食感も素晴らしかった。
この卵サンドを作るのに、一体どれほどの手間がかかっているのか。
想像もできない。
まさしく珠
が、どうもおかしい。
いや、料理に関しては問題ない。
ただ――白宮がおかしい。
俺が食べてると自然と笑顔を向ける彼女が、今日は何か大人しい。
いつもなら何かと教師である俺をからかう口も、今日は機能を停止していた。
黙って、自分が作ったサンドウィッチを食べている。
ほのめさんと宮古城がいるから遠慮しているのか、と初め思ったが、そうではない。
事実、場の空気は悪い方へと向かっていく。
元凶はわかっている。
白宮だ。
ほのめさんが話しかけると、答えこそ返ってくるのだが、何か素っ気ない。
打てば音こそ鳴るが響かない鐘――そんな印象だ。
いつしか周りが気付きはじめた。
「このりくん……」
「は、はい。なんですか、ほのめさん」
「すまないが、雑草を入れる袋を買ってきてくれないか? どうやら、もうちょっといりそうなんだ」
「わ、わかりました」
ほのめさんは、白宮にお金を渡す。
白宮は二色ノ荘の敷地内に敷かれたシートの上で立ち上がった。
そのまま靴を履いて、二色ノ荘から出て行く。
すると、飛んできたのはほのめさんの鋭い眼差しだ。
「シン、君は一体何をやったんだい?」
「え? いや、俺は――」
「君と白宮くん……。どう考えたっておかしいぞ? 彼女、明らかに君を無視してるし。男が苦手というわけでもないだろう?」
質問の相手に選んだのは、宮古城だった。
こっちは先ほどから紅茶とスコーンを淡々と口に運んでいる。
特徴的な青い瞳が淀むことなく、空気などお構いなしといった感じだ。
「おそらく、玄蕃先生に問題があるかと」
「ほら……。宮古城くんもこう言ってるぞ」
「いや。俺にはさっぱり――」
「私だってさっぱりさ。なんで彼女が君に対して――――」
そうだ。
白宮は怒っている。
明らかに。俺に対してだ。
ただ俺にはさっぱりだった。
何故、彼女が怒っているのか。
いや、原因はなんとなくわかる。
きっと俺が不用意にいった言葉が原因なのだろう。
しかし、わからないのは、何故あいつは宮古城ではなく、俺とご飯を食べることに、こう――怒ってまで
「とりあえずだ」
ほのめさんは、俺に缶ビールをかざした。
「きっかけは作ってあげた。あとはなんとかしてこい」
「いや……。でも、俺は――」
「君は教師だ。そして、その前に男だろう」
薄く笑いながら、決してほのめさんの瞳は笑っていなかった。
(※ 後編へ続く)
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