10.5限目 教え子のピンチ(後編)
俺たちは携帯ショップから出た。
まだ空は青いが、時計を見ると午後5時を回っている。
俺たちがいる駅前のショッピングモールは、人が溢れかえっていた。
「今日はありがとな、白宮」
「いいえ。私も楽しかったですわ」
「何かお礼をさせてくれ」
「お礼?」
「お? クレープとかどうだ?」
俺は移動販売の車を指差す。
ちょうど人の波が消えたところなのだろうか。
さほど待たなくても良さそうだ。
「お前はここで待ってろ。買ってくる」
「あっ……。玄蕃先――お兄様!」
俺はクレープ屋に並ぶ。
車体の側面に貼られたメニューを見つめた。
げっ! こんなに種類があるのか。
しまったな……。あらかじめ白宮に聞いておけば良かった。
俺は白宮が待っている方に顔を向ける。
「なっ!」
俺は絶句した。
視界に移ったのは、白宮と学生服を着た男2人。
しかも、二色乃高校の制服じゃないか。
どうやら、白宮は2人にナンパされてるらしい。
白宮は無視してるが、随分しつこいナンパのようだ。
やばい! まずい!!
白宮を助けたいが、今ここで出て行ったら……。
人生が終わる。
「ねぇ! 聞いてる? ちょっと?」
ナンパする男子生徒の声が俺の方まで聞こえる。
白宮の肩に、男の手が触れた。
小さく「いやっ」という悲鳴が聞こえる。
その瞬間、頭がカッと熱くなった。
気がつけば、駆けだしていた。
「おい。お前ら……」
男子生徒に声をかける。
2人は同時に俺の方へ振り返った。
「俺の
自分でも驚くほど、冷たい声が口から出る。
完全に自分の職業とか社会的地位とか忘れ、男子学生の前に立ちはだかった。
すると――。
「あれ? 玄蕃先生じゃん?」
「ホントだ? 先生こそ何をやってるの?」
あ、こいつら!
よく見たら、サッカー部の部員じゃないか。
午前中試合だったのに、こんなところにまで遊びに来てんのか、こいつら。
明日も試合あるのに……。
元気なヤツらだ。
まあ、いい。
ちょっと灸を据えてやろう。
「俺のことはいい。お前らこそ、何をやってるんだ? 明日も試合があるんだぞ」
「いや、それはそのぉ。なあ……」
「な、なあ……」
痛いところを突かれたとばかりに、2人の男子生徒たちの顔が曇る。
俺は口角を上げた。
「試合の後も元気が有り余ってるみたいだな。これは猪戸先生にいって、追加メニューを付けてもらわないと」
「げげっ!」
「それは勘弁!!」
顔が真っ青になる。
人の威光を傘に来て情けないが、こいつらには猪戸先生の名前を使うのが、1番効果があるのだ。
「よし。なら、取引だ。お前たちはここにいなかった。そして、俺も美人の妹とここにいなかった。それでいいな?」
「しゃーないっスね」
「先生、絶対に言わないでくれよ」
「ああ。お前らもな」
「先生、いつか妹さんを紹介してくれよな」
「オレも! オレも!」
男子生徒たちは、最後には手を振って後にした。
はあああああぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁあぁあぁ……。
俺は思わずしゃがみ込む。
なんとかなった……。
よく知ってるサッカー部の部員でよかった。
この時ほど、副顧問で良かったと思う日はない。
土日の休みを潰して、試合に引率する甲斐があったというものだ。
「玄蕃先生」
涼やかな声が聞こえた。
はっとなり、俺は振り返る。
「白宮、大丈夫か? 怪我してないか?」
「大丈夫ですよ。何もされてません」
「そっか」
俺は胸を撫で下ろした。
「玄蕃先生、ありがとうございました。心配してくれて。それに――――」
本当にお兄様みたいでした……。
「か、からかうなよ」
「からかってません。本当のことですよ」
その俺に向ける目が、すでにからかってるんだよ。
ま――。いっか。
白宮が元気になるなら、それで。
いくらでも道化を演じてやろう。
ぐぅ……。
腹が鳴る。
しっかりと……。横の白宮に聞こえるほどに。
どうやら安心したのは、俺だけではないらしい。
緊張状態を脱したお腹が、急に抗議の声を上げ始めた。
「何か食べていくか? 食べたいものはあるか、白宮」
すると、白宮は首を振った。
同時に長い髪も揺れる。
「ここで食べたら、また生徒に見つかるかもしれません」
「そ、そうだな。じゃあ……」
「帰りませんか」
「え? 帰るって二色ノ荘にか?」
「はい。それに約束したじゃないですか?」
「約束? ――あ、カレー!」
「ふふふ。今日も一緒に私の部屋で晩ご飯食べましょう」
そう言って、白宮は天使のように微笑むのだった。
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