第17話 恋は盲目、はた迷惑


 ヤスヤ説得のタイミングと方法に悩みながらも、平行して、蔵書の確認も進めなくてはならない。今となっては関係ないだろうとわかる一般医学書も、その理由を説明できないためスルーできず、無駄な時間が積み重なる。


 ……説得の時、できればエウラリアはいないほうがいいな。


 これまでのことを考えて、ページをめくりながらそう思う。

 すぐに感情的になる彼女がいると、ヤスヤも冷静さを欠いてしまう。同じ理由でフベルトもダメだ。あの小鬼は、人魚姫の意見に引きずられ過ぎる。


 ……そもそも、これまでそういう手段を取らずに来た二人だしな。


 ろくな期待も持てないだろう。

 それとできれば、ケイちゃんもいないほうがいい。彼女自身はともかくとして、呪いだなんだという話は、ヤスヤが聞かせたくないはずだ。そういう理由で逃げられても困るし、怒って話どころじゃなくなるともっと困る。


 ……ということはだ。二人きりで話せば、案外なんとかなるのでは。


 考えた結果、そういう結論に至ったものの、それがまた難しい話ではあった。なんせ彼らは仲良しこよしだ。いつでも一緒。どこでも一緒。この間みたいな機会があればと思っても、それもなかなかやってこない。

 ――そんなことをしているうちに。


「ちょっと、お時間よろしいかしら? ユッテさん」

「へ?」


 なぜかわたしが、エウラリアから呼び出しをくらってしまった。


「あの……エウラリアさん? わたしに、なんのご用なんでしょうか?」


 ケイちゃんの治療法探しを始めて丸二日。

 今日も一日なんの成果も得られなかった作業を終えて、帰宅しようとした矢先、出待ちしていたエウラリアに捕まった。傍にはヤスヤもケイちゃんもフベルトもいない。一人で待ち構えていた彼女に圧されるまま、中庭へと場所を移動した。


 薄暮の中、足元の照明がひとつ、またひとつ点いていく。その片隅で向き合ったエウラリアは、凛とした立ち姿で口を開いた。


「単刀直入に聞きますわ」

「はい」

「ユッテさん――あなた、ヤスヤさまのことが好きですの?」

「……はい?」


 なんか意味不明なことを聞かれた。

 理解が追い付かず、というより理解の方向性が定まらず、相手を見返したまま停止する。それをどう捉えたのか、腕組み仁王立ちでなんとも勇ましい佇まいをしたエウラリアは、ふん、と大きく鼻を鳴らした。


「しらばっくれても無駄ですわ。あなたがヤスヤさまのことばっかり見ているのには、とっくに気付いていますのよ。ちらちらちらちら、ソワソワソワソワと、一日のうちに何度も何度も何度も何度も!」

「えええ?」


 そんなことあったか? と首を捻ったが……思い出してみれば、十分そんなことあった。ここ最近、ケイちゃんのことをいつ話そうかと、ずっとタイミングを計っていたのだ。傍から見たら、確かに怪しかったかもしれない。


 ……しかしまあ、こんな面倒な。


 思考回路は理解できないが、とにかく、こういう色恋の類いを拗らせると、後々もっと面倒なことになる。誤解はさっさと解くべきだ。


「ええとですね、ヤスヤくんを見ていたことは事実ですが、わたしはそういうつもりではなく……」

「あら認めましたわね。潔いこと。ですがあたくし、あなたにヤスヤさまを譲る気は、浜辺の砂粒ほどもありませんわよ」

「いや、ですから……」


 ビシイッと指先を突きつけられて、渋い顔をしてしまう。

 そんな場合でもないだろうにと呆れるけれど、どんな場合でも、恋する乙女とやらは止まらないのかもしれない。俗に言う『恋は盲目』だ。はた迷惑な。

 痛むこめかみをさすりながら、わたしは「あのですね」と言い返した。


「こちらも単刀直入に言いますが、わたしはヤスヤくんのことを、恋愛対象として見ていません。これから見ることもありません。どうぞ安心してください」

「まあ! そんな言葉、信じられるとお思いですの? あれだけヤスヤさまのことを見つめておいて!」

「ですからそれは、そういう浮かれた話ではないんです。ケイちゃんのことについて、少し相談できないかと思っただけで」


 ケイちゃんの名前を出した途端、荒かった相手の勢いがすっと収まる。不思議に思って見返すと、相手は一瞬の真顔を挟み、疑念の上目遣いを向けてきた。


「……本当ですの? あたくし、あなたの言葉を信じても?」

「もちろん、全幅の信頼を寄せていただいて結構ですよ。なんだったら、あなたの恋路を応援します。恋バナも聞きます。ヤスヤくんと二人きりになれるよう、いろいろと取り計らうつもりもあります」


 宣誓するように片手を挙げて早口でまくし立てると、エウラリアは、「あら」とまんざらでもなさそうな顔になる。

 それを逃さず、そろりとわたしの希望も告げる。


「……なので一度だけ、わたしがヤスヤくんと、二人だけでお話する機会を持たせてもらえないでしょうか?」


 こういう面倒事がすでに勃発した以上、勝手をするとさらに拗れる危険がある。それならいっそ公認でと思い切って口にしてみたら、意外や意外、エウラリアは難しい顔をして、悩んでいるようだった。


 ……一蹴されると思ったのに。これはもしかして脈ありでは。


 そう期待をした直後、にっこりと華やかな笑顔を彼女が浮かべる。


「あなたのこと、信じて差し上げてもいいけれど、あたくしやっぱり、ヤスヤさまが他の女性と二人きりになるのは堪えられませんの。応援してくださると言うのなら、その乙女心もわかっていただきたいですわ」

「…………なるほど」


 そうですよね、と頷くより他にない。ここで下手に食い下がって、彼女の爆発を呼ぶ真似はしたくなかった。後々いろいろ面倒なのだ。

 おとなしく了承の意を告げると、「約束しましょう」と小指を出される。


「約束?」

「あたくしの恋を応援してくれること。あたくしのいないところで、ヤスヤさまと二人きりにはならないこと。その代わり、あたくしもあなたの恋を全力で応援して差し上げますわ」

「……はあ」


 またなんか変なこと言い出した。

 相手の圧力に負け、小指同士を絡め合う約束の儀式を行いながら、一応こちらも、言いたいことを言っておく。


「……前半にとりあえず異論はないですが、後半は別に必要ないです。近日中に恋をする予定はないので」

「あら、好きな人一人もいませんの? でしたらフゴなんていかが?」

「フベルトくんには悪いですが、出会ったばかりでの異種族間恋愛は、わたしにはちょっとハードルが高いので」

「あら偏見ですわ。愛があれば、時間や種族なんて関係ありませんのよ」

「その愛がわたしにないのが問題なんですが」

「――まあまあまあまあ!」


 至極当たり前のことを口にしただけなのに、なにやらそれが、彼女の引き金となってしまったらしい。一気に距離を詰められる。


「愛は素晴らしくてよ、ユッテさん。愛があるだけで世界が輝いて見えますもの。ぜひともあなたにも、この素晴らしさを知っていただきたいですわ。ええ、そうですわ。ぜひあちらのカフェで、ゆっくりお話させてくださいませ」

「え? え? え?」

「さあ、行きますわよ!」


 愛をテーマにしたエウラリアの演説は、フードコート隣接のカフェへと場所を移し、小一時間以上にわたって続いた。戻らないことを心配したフベルトが探しに来なければ、閉城時間まで続いていただろう。ありがとうフベルト。きみはわたしの恩人だ。……きみの恋は応援できないけれど。


 仕事終わりに疲弊する事態ではあったけれど、翌日からエウラリアの態度が軟化してくれたのは、素直に嬉しい変化だった。


 ……でも当分、恋バナは遠慮したいかな。




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