第36話 子分は数えられないらしい

「それじゃあ親分、次はみんな連れてきますね!」


「おいしかったです親分、ごちそうさまでした!」


「子供たちも親分に会ってみたいって言ってましたよ!」


「かみさんたちも恋しがってました!」


「ではまた! 今度は何か持ってきます!」


総勢八名のブンブクの子分が去っていく。残されたのは米一粒も残されていない炊飯鍋と、空っぽの味噌汁の大鍋、それから綺麗に舐めたような野菜炒めの盛られていた皿、各々の食器である。

鶴はどうして、この厨に食洗器が内蔵されているのか、理解した気がした。

なるほど、もしかしてしょっちゅうブンブクの子分がご飯食べに来るから、だったりするのか?


「ブンブク……」


「おうなんだ?」


ブンブクはあの色男の姿に変身して、食器を食洗器に入れてスイッチを押している。


「ブンブクの子分って何匹いるの」


「ええとだな、百より先は数えてねえな、どんどん子狸たちは生まれて来るし、寿命でおいらより先に死んじまう奴もいるし」


百よりたくさんの子分を従えている鍋狸。鶴は想像しようとして、あまりにもすごい光景のような気がして、何も言えない。

それだけたくさんの悪獣を統率している、ブンブクって何者なんだろう。

山の主とかそういうのだろうか。きっとそうなのだろう。いかにもあり得そうだ、山の主の狸とか。


「これからは、あいつらも風呂が開いてるって分かってっから、色々うまい物たくさん持って来るぞ、あいつらはおいらに、それを持ってきたくてたまらねえんだからよ」


「何十年も留守にする親分に?」


「おいらたちからすれば、ちょっと出かけた程度差。百年二百年生きる奴もいるんだから」


ブンブクは一体何歳なんだろう。鶴は疑問に思った物の、聞けなかった。


「つる、明日はどこに行くんだ、やっぱり蚤の市か」


「靴を買いに行かなくちゃいけないから、蚤の市は後回しかな」


「そうか、気を付けていくんだぞ」


優しい声と親分らしい懐の広さが感じられる表情。

これがイケメンの顔でやられるものだから、やはり何度でも破壊力がすさまじいと思った。


「ブンブク、それ以外の人間に変身できないの」


「これが一番楽ちんなんだよ、化け慣れてっからなあ」


慣れるほど化けたのか。爺様のお気に入りだというその姿に。


「それに、厨はこの格好か鍋か、どっちかで動きやすいように作ってあるから、他のに化けると動きにくいんだ」


確かに、ブンブクの背丈にも合わせたように吊戸棚なども、ある気がする。

腰の高さに合わせたように、流しも設計されていそうだ。

それは、鍋の時には気が付かなかった気付きだった。


「修二郎も厨で料理するの好きだったけどよ、やっぱり疲れて帰って来るんだ、飯作っておかえり、って言ってやるのが一番幸せそうだった」


そういう物なのだろうか。きっとそんなものなのだろう。

爺様なら、そう思ったのだろう。実際に鶴も、疲れ果てて帰ってきた時に、ブンブクがご飯を用意してくれていると、肩の力が抜けて、ほっとするのだ。

ご飯がある、というだけでもう、気が楽になる。食事はそれ位大事なものだった。


「で、出かけるなら、住所書くから、そこに行ってもらえねえか? いい物仕入れたって連絡があったんだよ」


「自分で行かないの?」


「銭湯開けなきゃならねえだろ。この時期は汗ばむから、早めに開けておくんだ」


ふうん、そんなものなんだ。鶴は銭湯の事に明るくないため、そんなものなんだな、と思う事にした。

書かれた住所は、城島の中でも、外側に位置する場所で、船着き場から遠くはない。

お使いに行くにしても迷わなさそうだ、と鶴は判断して、その日は休む事にした。


その夜中の事である。鶴がトイレに行こうと屋根裏から下りて、台所を通り抜けようとした時。

何故か、ダイニングテーブルに、巨大な毛皮の塊が乗っかっていた。

こんな物一度も見たことがない。いったい何なんだ。

鶴はふわふわですべすべに見えるその毛の塊を凝視し、尿意から我に返って、取りあえず先にそれを済ませた。

そして手を洗ってから、もう一度その、薄暗がりでもわかる毛の塊に向かい合う。

なんだろう。

なんだろう、これは……

色味は暗いからわからないが、子羊くらいはある大きさだ。

その毛の塊は、丸まっていて、寝入っているらしく、背中と思われる部分が上下に動いている。

鶴は恐る恐る、それをつついてみた。

悪いものだったら、ブンブクが追い出しているはず、という信頼からだ。

毛皮に指が埋もれて、期待以上の柔らかな毛と、ふわふわした感触に、するりとなめらかな手触り。

これはすごい、と鶴は目を見張り、眠気なんて吹っ飛んで行ってしまう。

何回かつついても、何も起こらないため、鶴は今度は両手を押し当てて見た。

子供のような真似だが、こんな毛の塊を見たら誰だってやるに違いない。

ぼふっという音がしそうな位、手が埋もれる。

そして毛皮の中は温かくて、夢中で何度も撫でてしまう。

その時だった。

いきなり毛の塊の一部が動き、鶴の顔をこすったのだ。


「!!」


びっくりした彼女だが、その一部ははたはたと動き、しばらく動いてから、毛の塊に添うように丸くなる。


「尻尾だ……」


鶴は思わずつぶやいた。尻尾だ。暗くても多分わかる、これは尻尾……。

尻尾があるという事はただの毛の塊ではなくて、何かの獣?

余りにも魅力的な手触りに、手が離れなくなってしまった彼女だったが、その毛のかたまりが、もごもごと動き出した。


「んだよう……寝かせてくれ……」


毛の塊は、丸くなって眠っていたらしい。伸びた体から頭らしき部分が現れ、鶴はそれと目が合った。

その目は、鶴が知っている騎獣よりもはるかに長い時を生きる瞳で、目の奥で何かが燃えている。


「修二郎、寝れねえのか? しょうがねえなあ……」


ブンブクの声でそう言った毛の塊は、いうや否や、二本足で立ち上がり、鶴をよいしょと抱きかかえた。

予想しなかった鶴がそのまま抱えられると、毛の塊……きっとブンブク……は階段を器用に上がり、鶴を布団の上に寝かせて布団をかぶせ、その脇に伏せた。

そして、柔らかい尻尾で、何度も鶴を撫でたり、そっと寝かせるようにたたき、歌いだす。


「―――――――、――――――――」


それは優しい子守歌で、しかし鶴が分からない言葉を使った物だった。

その唄を聞いていると、色々な疑問や驚きや、その毛の塊をもっと触っていたいという願望がほどけていく。

だが、鶴はつい、その尻尾を掴み、腕の中に抱き込んだ。

物凄く気持ちのいい抱き枕のような感じで、そのまま鶴は寝入ってしまった。


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